続続・よいこの1日  -

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06

05

21:06
Fri
2015

No.0582

見知らぬ知人

自宅の前にある中学校のグラウンドから少女が泣いているのが見えた。
4歳か5歳くらいの髪の毛が背中まである少女で
金髪だったような黒髪だったような気がするがよく覚えていない。
とにかくその少女は薄暗い中で助けを求めて泣き叫んでいるので、
私は家の中に慌てて戻り、夫に助けてあげなければと
掴みかかるほどの勢いで伝えた。
一方、夫は至極冷静で
「そういうの、俺は苦手なんだよな。お前やってあげろよ。」
と、言った。
ああそうねと納得し、私は急いで再び玄関の扉を開けた。

外は霧が立ち込め、真っ白になっていた。
目の前の中学校の塀すら見えなくなっており、空は黒い。
が、相変わらず泣き叫んで助けを求める少女だけが霧の中にはっきり見えた。
私はその少女に向かって早くこっちへ来るようにと呼びかけた。
何かに追われるように泣き叫びながら走って来た少女は、
私の腕を掴んだ瞬間、口角だけがニヤリと上がった。
その顔を見て私はしまったと思ったがその少女は
何か言葉を発しながら(恐らく一緒に行こうと言っているのだと思うが)、
すごい力で私を霧の中へと引っ張りこもうとする。
行けないのだ、いや行かないのだと必死に抵抗し、
2mくらい引きずられた所でようやく腕を振りほどくと
家に戻ってドアを閉めた。

ああ、危なかった怖かったと、
動揺しながら事の子細を夫に話した所、
「ふーん。まあ飯でも行こうじゃないか。」
という返答を得た。
ああそうねと納得しながら娘を抱き、夫の車に乗り込んだ。
娘はご機嫌に窓の外を眺めている。
夫は鼻歌を歌いながら山道を運転している。
私は先ほどの少女に見つからないかとドキドキしている。

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03

06

00:37
Fri
2015

No.0581

暗い木曜日

我が娘、babar Jr.は、泣く・乳・寝るの三拍子で毎日を生きている。
そして夜行性である。
昼間はコトコトと眠っているのだが、夜になると目は輝きを増し、
手足をバタつかせて活動的になる。
しかも、「起きている間は常に抱っこをするべし」と強要する。
そんなJr.に振り回され、彼女が生まれて間もない頃は
オラオラと泣くJr.を胸に抱き、茫然と何時間も座っていたものだ。

しかし最近、私は必殺技を編み出した。
と、言っても単に寝室のベッドで寝乳をして寝かしつけるだけなのだが。
とにかくこの必殺技は実に優れモノで、21時に布団に入れると
22時には寝入り、そのまま5~6時間を眠り続ける。
この手法を使い始めてからというもの、私の生活はとても楽になったのだが
週に一度、この必殺技が効かない日がある。
木曜日だ。

なぜか決まって木曜日は夕方を過ぎると泣き始める。
何をどうやっても泣きやまない。
声と涙が枯れるまで泣いてもまだ泣き、たまに笑う。
そしてまた泣く。
ようやく寝たと思っても寝言でやっぱり泣いている。
そんなわけで木曜日の夜はJr.を乗せて町中をくまなくドライブする。
(なぜなら赤ちゃんは車で走らせると眠るからである)
と、いうスケジュールが最近できた。

それでも泣き続ける木曜日のJr.をあやす事に力尽きた私の頭には
きっと木曜日は何か彼女にとって不利益な事がどこかで起こっているのだろう。
という考えがよぎるようになった。
そして、以前飼っていたハリネズミが癌に冒され病床に臥した時、
決まって水曜日に病状が悪化し、水曜日に亡くなった事を思い出した。

木曜日に何が起こっているのか。
それは私には知る由もない事だが知りたくもない。
生まれてまだ3カ月弱のJr.と私は今、一心同体のような生活をしている。
よって、彼女にとって不利益な何かは当然、
私にとっても不利益な何かであると思うからである。
03

05

01:58
Thu
2015

No.0580

ミニマリズム

服を捨てる
脱皮

この記事を書いてからもう8年が過ぎたらしい。
今、私は再び持ち物の処分を始めた。
つまり、あれだけ決心して色んなものを処分したにも関わらず、
やっぱりものに囲まれた生活に戻っているのだ。
やはり人間というもの、そう簡単には変わらないらしい。
いや、私の場合、変わりたくない部分だけ変わってしまった気もする。
あの頃の私は今よりも思い切りがよかった。
今はあれこれ迷いながら少しずつ処分しているため、
処分を決意してから1カ月経った現在もまだなお、終了の目処がたっていない。
が、とにかく私は前回と違う方法で・・・なんてまだるっこしい言い方はやめよう。
オークションという方法で思い出に値段をつける作業を再び始めた。

10か月前、新しい住居に意気揚々と自分のものを持ちこんだ。
大きいものから小さいものまで何から何まで全て。
併せて10畳弱のスペースによくぞこれだけ入っていたなと
自分で感心するくらいに大量のものを。
そして今、私は再び閉塞している。

捨てなければならないものを捨てず、
捨てなくてもいいものを捨てて後悔する。
手に入れなければならないものを手に入れず、
手に入れなくてもよかったものを手に入れて処分に困る。
自分に必要なものは何かがわからないうちは
こういう事を繰り返して人は幸せじゃないなと思うのかもしれない。

必要か不要かわからず、とりあえず保留しているものに囲まれて閉塞した自分と
必要か不要かわからず、とりあえず保留されながら留まっているものはどちらも不幸せだ。
私が執着し囲い込んでいる全てのものが私の手元から解放されることで
新たな持ち主に大事にしてもらって幸せになってもらいたい。
と、いう決意が揺るがぬうちに、此度はこれまでの一切合財を手放す所存である。
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