ビルマ記 for gumi ヤンゴンのタイ料理

2010年02月09日 23:03

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氏という人間は、体は大きいのにとても神経質で
歯磨きをするのに水の入ったペットボトルを持ち込むのを見た時は驚いたものである。
水道水で口をすすいでも腹壊したりはしないだろう…多分。
もしかしたら氏はとってもお腹が弱い人なのかもしれないので指摘はせずに見なかったことにする。
まあ、鋼鉄の胃腸を持つ私も、自分で言うのも何だけれど根は神経質な方なので
気持ちはわからなくはないのだが。

さて、ビルマはとんでもなくモノが安い。
ので私の論理からすると、あり得ないくらいリーズナブルな旅ができる。
しかし氏の論理からすると、日本の物価で考えると普通に旅行しても非常に格安だ。
こんな相違点が2人の根底にあるわけなので、食事をするにも氏の選択肢には
旅行者が躊躇なく入れる清潔なレストラン以外に選択肢はないのである。
というか、タイの屋台飯は安心だがビルマはちょっと…という恐怖心があると思う。
まあ、私もここの屋台飯は間違いなく危険だと踏んでいたので異論はない。

とにかく、夕飯はタイ料理の店に入った。
高い高いと言っても2人でお腹いっぱい食べてビールを飲んでも10$でおつりがくる。
私は鶏肉とご飯のセットメニューを、氏は丼物だったか別のセットメニューを頼んだ。
やって来たウエイターはこの上なく丁寧な殿方だったが、
私がコレと指さした先を見るなり、これはとっても辛いのだけれどそれでもいいかと聞いてきた。
酸っぱいのは苦手だけれど辛いのは平気な私は全く問題ナシと答えた。
ウエイターはそれでも食い下がって「いやいや本当に辛いのだ。本当に本当に本当に大丈夫か」と。
いいからいいからと自信を持って頷くと彼は引き下がった。

どんな辛いのが出てくるんだろうねと話しながらしばし待つ。
料理はすぐに運ばれてきた。
運んできたのはさっきの人とは別の殿方だった。
料理が盛られた皿をテーブルの上に置くなり私に向かって、
「この料理はとっっても辛いんだけど大丈夫か」と、聞いてきた。
さすがにちょっとビビり始めるも出来上がった料理を前に「いややっぱムリ」なんて言った所で
どうなるものでもないし、砂糖なんかをかけられても困るのでとりあえず大丈夫だと答えた。
そんなに店員がお勧めできない料理をなぜメニューに載せるんだ。しかも写真付きで。
この2度に渡る脅し(?)に氏もビビっているようだった。

で、とりあえず一口…そして感想はと言えば、
普通に辛い。以上。
ええーと言いながら氏も一口食べてみる。
うん。辛い。以上。
ずっと食べていると確かに辛いけれどそんな脅される程でもない。

これは恐らく、過去にこの料理を頼んだ辛いものが苦手な客が
「こんな辛い料理食えるかい」とクレームを言って店員達を震え上がらせたか
単にビルマの人達は辛いものが苦手かのどちらかだろう。
しかしビルマのローカルフードは何かと尋ねるとカレーだと答える人が
圧倒的に多かったことからして、きっと前者に違いない。

そして辛いものには口直しの生野菜が必須である。
が、キュウリを一つ食べたところ、中心部分(タネみたいなぶつぶつがある所)がゼリー状になっていて
口の中が途端に不快になったので、申し訳ないとは思ったが全く食べられなかった。

ビルマ記 for gumi ヤンゴンの夕暮れ

2010年02月08日 23:12

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散々、いやもう飽きたというくらい寺ばかり見て周り、
夕方5時過ぎにホテルへ送ってもらった。
今回の同行人であるマイケル氏は7時に空港へ到着する予定のため、
ここへ着くのはきっと8時頃になるだろうと踏んだ私は
土地勘をつけるために2時間程、ヤンゴンの街を縦横無尽にひたすら歩きまわった。

建物はどれも非常に古くボロボロ、でもベランダや窓に施された細工は
ヨーロッパの様式みたいで凝った造りをしており、
どれもこれも新しかった頃はとても素敵な建物だったのだろうと思われた。
そんなアパートの多くの窓からは何本もの紐がぶら下がっており、先端にはクリップがついている。
何のためのものかと訝しがっていると、前を歩いていた中年の女性が
とあるアパートの前で立ち止まり、ふいにその紐を何度か引っ張った。
すると鈴のような音がジャリンジャリンと鳴り、アパートの窓の一つから女性が顔を覗かせた。
どうやらチャイムの代わりらしい。
が、どの紐を引っ張るのか間違えないよう、慎重な対応が必要である。

町並みに目を向けると、屋台はもちろんあるしご飯屋さんだけでなく、
カフェなのだと思うが座っている客が皆揃ってコーヒーを飲んでいる店もある。
が、どの店の机といすもKIDS用か風呂椅子かというくらいのミニサイズで
大の大人が膝を折り曲げてコンパクトに座っている様子は何となく笑いを誘った。

若者たちが集っているカフェで客の一人に、一緒にコーヒーを飲んでいけと誘われたが、
ここで腰を下ろしてしまったら最後、氏が到着するまで動けなくなるに違いないと思い、丁重(?)に断る。
氏が来たらこのネスカフェ(?)屋さんでコーヒーを飲もうと考えながら、私は探検を続けることにした。
歩きまわってお腹は空いたが、氏だって空腹を抱えてやって来るのだから待っているのが礼儀である、
また、着いた頃には真っ暗になっている街を歩かねばならぬ氏のために
ホテル近辺くらいは迷わぬように道を覚えておくことは自分の使命であると思ったからである。
と、いうのは建前であって、実際に脳を駆け巡っていたのは
街の空気と屋台周辺に立ち込める食べ物の匂いから、いくら鋼鉄の腸を持つ私と言えども
ここでモノを食べてはいけないという警戒信号である。
仮に屋台ものを口に入れるとするならばせめて氏と一緒に。
死なば諸共、当然イタイタの苦しみも共有するべきだ。だって同行者だもの。

空腹に耐えること2時間、7時に一旦ホテルへ戻る。
ホテルのロビーでは氏があらかじめ手配しておいてくれた旅行会社の女性が私を待っていた。
依頼者である氏が来るまでロビーで待つからどうぞ部屋でゆっくりしていてくださいと言われるが
自分は特にすることもないし、氏はまもなく来るはずなので
ここで一緒に話でもしてましょうとゆったりしたソファに腰掛けた。

さて、全行程5日弱の私に対して9日間の旅行になる氏はスーツケースを引き引き、8時前に現れた。
そこで航空券やガイド料、車代を清算し、スケジュールをこれでもかというくらい丁寧に確認。
そしてようやくご飯を求めて夜のヤンゴンへと繰り出したのである。

ビルマ記 ガイド氏のこと

2010年02月07日 22:48

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ガイド氏の案内で、我々は昼食をとるためにレストランへと向かった。
少し値段は高いがクーラーがかかっているのでお勧めなのだそうだ。
値段が高いと言われて多少しぶってはみたが、結局その店に入った。
店内は本当にクーラーがよく効いていて涼しく、何と言っても清潔感があった。
メニューを開きながらガイド氏は、一番安いのは焼きソバであると教えてくれた。
そうなのかじゃあそれ…なんて言うわけもなく、
この店に入ってしまえばその中で何を食べようとも劇的に値段に差があるとは思えない。
コメ料理が焼きソバの2倍の価格になるとかは到底考えにくいと思ったので
ソバは嫌だチャーハンがいい、それからお茶を持って来てくれとウエイターに伝えた。

焼きソバでもチャーハンでもラーメンでもとにかく料理が決まったら次は
鶏か豚か牛かエビを選ぶようになっている。
これはこの後、どのレストランのどの料理を頼んでも
そういうシステムになっていた。
私はいつも鶏を選択していたのだが、後から聞いた話では一番高級なのはエビだそうだ。

お茶はポットに入ってやって来たのでガイド氏にも振る舞い、
チャーハンも軽く3人前かと思うほど山盛りだったので半分をガイド氏に食べてもらうことにする。
そうして始まったランチタイムの間は、ガイド氏が如何にしてガイドになったのかを尋ねてみた。

ガイド氏は、お坊さんに日本語を習ったのだそうだ。
観光客のガイドになるために3年の月日を費やしてお坊さんの下で日本語を習得し、
ガイドの資格試験を受けて合格、晴れて観光ガイドとなった彼は
よーしこれから日本人を相手にいっぱい仕事をするぞと意気込んでいた。
が、その直後、不運なことにそれまで日本⇔ヤンゴンの直通便を飛ばしていたANAが撤退、
途端に日本人が全くと言っていいほど訪れなくなったのである。

「ダカラボク、セーカツハ トテモ コマッテマス。デデデデモ ボクハ アキラメマセン」
びびびと音を鳴らしながらお茶を啜り、彼はこう言った。

タクシードライバーが簡単な日本語の単語を知っていたり
その辺のレストランで片言の日本語を話す人がいたり
日本語でガイドをする現地の人がいたりするのは
ANAと「ビルマの竪琴」のおかげで
過去にわんさと押し掛けた日本人達の遺したものなのかもしれない。

ちなみに、ヤンゴン市街地の中にあるとあるビルの看板には
他の航空会社と並んでちゃんとANAのロゴも入っている。