続続・よいこの1日  -

08« 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 »09
--

--

--:--
--
--

No.0

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
08

02

10:32
Sat
2014

No.0578

ヤマダさん

ヤマダさんの退職は衝撃的だった。
ヤマダさんが体調を崩して休んでいる間に
私は名字が変わり、お腹が出始めた。
私が体調を崩して会社を休んでいる間に
ヤマダさんは退職を決意した。
そんな訳で、私がヤマダさんの
退職を知ったのは
彼女の退職日当日だった。


ヤマダさんは真面目な人である。
真面目過ぎるあまり
周りから敬遠されがちな面もある。
しかし私はそんなヤマダさんと
割とうまく付き合っていた方だと思う。


足の悪いヤマダさんは
片足を手術した後も
なかなか体調が戻らず
もう片方の足も手術をする事にし、
この際なので仕事を辞めて
ゆっくり休んで体調を戻すのだと言った。


もちろんそれも理由の
一つではあるだろう。
しかし、有給休暇が0になっても
しばしば会社を休み、
手術のための休暇をもらっている間に
彼女は居場所を失った。
これが1番の理由だった。


復職後、
「手伝いましょうか?」
「いえ、今の所大丈夫ですよ」
というやり取りをする度に
自分が必要欠くべからざる
人間ではないと実感させられた
彼女の気持ちが私はよくわかる。
来なくていい用事はないと
言われるのが私の仕事の大半であるし、
私も現状は窓際族に甘んじているのだから。


(忙しいけれど)あなたに
してもらう事は何もない。
と、言われる度に
私はいつからこんなに役立たずに
なってしまったのかと自問する。


長く続けた生活を
去らねばならないヤマダさんと
新しく始めたばかりで
去るに去れない私が
陥っている所は同じ。
今の私には良い解決策が思いつかないので
ヤマダさんがしばしの休息の後、
再び誰かの役に立つ喜びを
感じられる場所を見つけられるよう
願ってやまない。
私も然り。
スポンサーサイト
03

12

21:39
Wed
2014

No.0576

せんぶりの母

どんな人でも、必ず一生に1冊だけは
ベストセラーになる程の本が書けるという。
それは、自分自身の伝記なのだそうだ。


川沿いの東屋で物思いに耽っていると、
「どっこいしょ。」
と、すぐ前のベンチに1人の老婆が座った。
何でもこの辺りに住んでいて、
公園にある兵隊さんの銅像にお礼を言い、
歩いてせんぶりを買いに行って戻って来たのだそうだ。
どこにでもいそうなごく普通の老婆である。
しばらく天気の話などをしていたのだが彼女はふと、
「吸っても構わんかしら?」
と、タバコを1本指に挟み、どうしても止められなくてねと呟いた。
が、挟んだタバコに火がつけられる事はなく、
「アンタは知らない人だから」と彼女は長い話を始めた。


県西部の山奥で生まれ育った彼女は
家が貧しかったため進学を諦め、
中学を出るとすぐに神戸へ働きに出た。
住む所と食事は与えられるも給金は少なく、
休みは月に1日だけ。
工場での作業は手が血まみれになっても
休むことは許されずそれはきつい仕事だったそうだ。
重労働に耐えきれずに辞めていく同僚達を尻目に、
「ここで辞めたら地元の学校の先生や友人に笑われる。」
という一心で自分を奮い立たせて9年間を勤め上げた。
9年目にもなると休日は増えていたが、それでも月に2日だったという。


仕事を辞めて実家に帰る事となり、彼女は船に乗った。
そこで彼女は1人の清潔そうな好青年と出会う。
船中でその男性と話していたところ彼は突然、
「決めた。僕は今から君と一緒に君の田舎へ行き、
ご両親に挨拶して君と結婚するよ。」
と、言いだした。
恋愛など経験したことのなかった彼女は驚いた。
経験していても驚いたことだろうが。
当然のことながら彼女は、それは困るので帰ってくれと固辞した。
が、彼は聞き入れず、遂に実家までついて来てしまったのである。


さて、娘の帰りを心待ちにしていた彼女の両親。
帰って来た娘の後ろに見知らぬ男性がいたものだから
もちろん彼らだって驚いた。
玄関の方へ連れだって歩いて来る2人の様子を
破れた障子の穴からそっと覗き、父親は母親にこう言った。
「うちらの娘が男を連れて来たが
察するにあれはきっととんでもないやつだろうよ。」と。


後日、この話を聞いた彼女は、
一目で彼の本性を見抜いた両親はすごいと思ったのだそうだ。
何にせよ、彼女は仕方なくこの青年と結婚し、
この川辺の町に引越してきたのである。


結婚生活は神戸よりも辛いものだった。
男女2人の子供を授かったがその男性は全く働かず、
ヤクザとつるんでは彼女の稼ぎで毎日を遊び暮らした。
無論、生活は困窮し、食うや食わずの生活を送ることになる。
そんなある日、彼女は旦那と2人の男に強引に連れ出され、
繁華街のとある店にやって来た。


そこから彼女の生活はまた一変した。
毎晩入れ替わり立ち替わりやって来る
見るからにヤクザな男達の相手をすることで
一家の生活を支え、自分を売った旦那の飲み代を稼ぐ娼婦となったのである。
「あれは本当に怖かった。嫌だったけど男の人3人相手じゃ敵わないからね。」
彼女はそう漏らした。


それから数年後。
娘は幼稚園の年長組、息子は入園を控えていた。
旦那は突然、懇意にしていた酒場の女性に資金を出してもらい、
女性の故郷である九州へ一緒に帰ると言いだした。
問題は子供だ。
旦那は、子供を一緒に連れて行くと言うのである。
子供を手放したくない彼女は抵抗したが
話し合いは平行線を辿った。
そんな時、娘は父親にこう言った。
「私はもう大きいからお父さんと一緒に行く。
でも弟は小さいからここに置いておいてあげて。」
まだ幼い子供ながら弟を思いやる娘に衝撃を受けた彼女は、
何があっても子供達は渡さないと心に誓い、
母子3人での生活が始まった。


生活はそれからも決して楽ではなかったが徐々に好転した。
弟を思いやった娘は成績優秀で器量もよかったので
彼女は大学への進学を勧めたが、
娘は自分の家の貧しさを考え、就職することにした。
成績の良かった娘は学校の推薦で地元の銀行に就職が決まった。
入行に際しての保証人は、田舎に住む彼女の父親と、
近所に住むこの辺りの地主で資産家の男性が申し出てくれた。
そして数年後には県南部の資産家に見初められ、
盛大な挙式を挙げてもらい嫁いでいったそうだ。
息子も自力で大企業に就職し、結婚して幸せに暮らしているという。
孫もできた。
可愛い孫達は自分を慕い、彼らも幸せに結婚して家庭を築いている。


子供達が巣立った今、彼女は1人暮らしだが
孫が友達を連れて遊びに来たり趣味のカラオケに行ったりと
のんびりした生活を送っているのだそうだ。
「よかった。本当によかった。
人生は色々だけれど振り返ってはいけない。
振り返ってもしやり直せるなら、もしこれからいい事があるなら
私だっていくらでも振り返るけどそうはならないもの。
あなたも進む方向を見て、前を向いて歩きなさい。」
そう言って彼女はやっとタバコに火をつけた。


余談だが、九州へ駆け落ちした旦那からは一度だけ電話があったそうだ。
自分は父親なので子供や孫に会いたいというのが用件である。
彼女は、自分を売った事をどうしても許せないと告げると、
旦那は「若気の至りじゃないか。もう時効だろう。」と笑った。
「あなたは妻を売春宿に売った。それに時効などあるのか。」
そう言うと、旦那は受話器を持ったまま黙っていた。
彼女も受話器を握りしめ、黙っていた。
ひどく長い沈黙の後、彼はそっと電話を切った。
それが最後である。


「あの人は離婚の手続きをせずに出て行ったから
ずっと籍を抜けなかったんだけれどね。
どこでどうしているのか全くわからないけどね。
最近、自分の戸籍を取る機会があって見てみたら(籍が)抜けてたわ。
恐らく亡くなったんじゃないかと思っているんだけど。」
05

07

21:59
Tue
2013

No.0573

知己

CAI_0001 (2)

早朝散歩をサボっていたG.W.の間に
ご近所の桜の木のうちの一本がサクランボまみれになっていた。
ツヤがあって非常においしそうに見える。
しかしこの木の所有者は特段、興味がないのか、
木の下には無数にサクランボが落ちており、
まだ木に実っているものもムクドリがやってきては
小突きまわしては食べまくっている有様である。


それならばこのワタクシめも・・・
と、言いたいところではあるがこの木と私の間を
小さな土手とドブ川が隔てており近づくことすらできない。
「徒然草」の「神無月のころ、云々」という段の最後の一節、
「この木なからましかばと覚えしか」という箇所を思い出したり
大昔のNOVAのCM、"I wish I were a bird!!"というセリフを思い起こしたりしつつ
ムクドリがジェージェー鳴きながらサクランボを啄ばむ様子を眺めていた。


「これはサクランボかしら。」
と、背後から老婦人が声をかけてきたのはそんな折である。
彼女も私と同じくこの川沿いの道をお散歩コースにしているらしい。
「ええ、先月この木はサクラが咲いていたと思うのできっとサクランボですよ。
葉っぱもサクラの葉っぱですもんねぇ。」
「ええ、もちろんそれはそうでしょうとも。
でもこのサクランボ、あまりに小さいではありませんか。
あらあなた、この家の方じゃないの?」
「いや、おいしそうだからただ見ていただけです。」
そう答えると、老婦人はなんだかがっかりした様子で「あら、そう。」と言った。
「でもこのサクランボ、スーパーで売っているのより小さいじゃない?
おいしくないんじゃないかしら。それが一番の謎だわ。」
田舎の道の駅ではこれくらいの大きさのサクランボ売ってますよ、
という言葉は飲み込んだ。
話し方も何だか垢ぬけているしもしかしたら都会の人なのかもしれない。


この木の所有者がなぜたわわに実ったサクランボを食べないのかということについて、
相談に相談を重ねている我々の頭上を飛行機が一機、飛んできた。
やけに低い所を飛ぶんだなと思いながら再びサクランボ談義に意識を戻すと、
老婦人が突然、話題を変えた。
「あらやだわ。この飛行機、やけに低くない?近くに空港もないのにね。
周って飛びながら着陸待ちでもしているのかしら。」
ああ、何だかこの老婦人とは気が合いそうだ。
そんな事を考えながら、今度は飛行機が我々の頭上をなぜ低く飛ぶのかについて
二人で知恵を振り絞ることにした。


結局、サクランボについては、美味しいのか不味いのかは不明だが
所有者にしてみれば毎年の事なのでどっちにしても興味がない。
飛行機については、たまには飛行機も低く飛ぶものだ。
という極めて曖昧な女性的な結論に至り、談義は終結した。
そして各々の帰る方向へと歩き出したのだが、
私は去り際に老婦人が言った言葉が忘れられない。


「ごめんなさいね引き留めて。私、ヒマだからいつもこんな事が気になるのよ。
サクランボとか飛行機とか。いつもそんな事を考えて歩いているのよ。ヒマだから。」


最後の最後までまったく同感である。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。