続続・よいこの1日  -

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No.0

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02

28

23:24
Wed
2007

No.0153

お元気ですか。

会社の送別会で帰宅が遅くなったので今日はちょっと一休みさせてもらうことにして、
サファリツアーで出会ったコック、キクイ族の少年の話でも。
マサイマラで求婚してきた殿方とは別の人である。
私は彼とのある約束を破ってしまい、それが今でも心残りだったりする。

何人かが合流したことで車が定員オーバーとなったため、
一番小柄だった私と2番目に小柄だった彼が3時間ほど、
車の助手席をシェアすることになった。
キクイ語・スワヒリ語・英語・マサイ語などの多言語を操る彼に
日本語を教えたりスワヒリ語を学んだりしながら窮屈な車内を楽しんだ。

朝方暗いうちから一人で起きて火を起こし、私たちのゴハンを用意する所から彼の1日は始まる。
私は相変わらず場所が変わるとよく眠れずに
彼がごそごそと起きだす音が聞こえると外へ出て、
コーヒーを飲みながら彼の仕事を眺めていた。
働き者の彼は、手伝うと言ってもこれが自分の仕事だからお客人は座っててと言った。
彼の作るゴハンは素朴な味でとってもおいしかった。

サファリ終了後もツアー会社に滞在していた私は、ある日その少年と再会。
サファリ中、毎晩ビールを飲んでいた私に彼はナイロビのバーには行ったかと尋ねた。
夜は怖くて一人じゃ出歩けないので行ってないと答えると
ばばるがたくさんチップくれたからお礼にこのお金で飲みに連れて行ってあげると言う。
チップで生活が保てていると言っても過言ではない彼に
お酒をおごらせるのは気が引けるので、ご馳走になる気はなかったが
連れて行ってくれるという彼の厚意にありがたく甘えることにした。

「今日からまたサファリに行くけど明後日帰ってくるから明後日でいい?」
「いいよー。昼間はカマウさんとこ行くけど夕方にはいつも帰ってるから。」
「じゃあ、明後日の夜。7時くらいに。」
「お仕事、気をつけていってらっさい。」

さて、その約束の日。
いつもはマタトゥで行き、列車で帰るという交通手段だったのに
汽車に間に合わなかったのか同行者の提案だったのか忘れたが
なぜか帰りもマタトゥで帰ることになった。
夕方のラッシュなのかものすごい渋滞に巻き込まれて
帰り着いた時間は夜の八時を過ぎていた。

「polepole」(ゆっくりのんびり)なケニア人は
約束の時間を決めても時間通り来ないのが常であるから
待ってりゃその内来るかなと思いきや、
ついに彼は来なかった。

約束したことを忘れてて、彼は来なかった。
もしくは仕事で疲れてすっぽかした。
そうであってほしいと、時々未だに思い出すのである。
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02

27

23:54
Tue
2007

No.0163

親子の会話

「さっさと宿題終わらせなさいよー。」
小学生頃に一度はおかーしゃまから言われたことがある方も多かろう。
いや、私はないけど。
私は昔から青りんごゼリーは最後、セロリは最初に食べる主義である。

「さっさと宿題終わらせなさいよー。」
我が家では、火曜日か水曜日あたりにこのセリフが出る。
おかーしゃん→babarではなく、babar→おかーしゃんのセリフである。

私のおかーしゃんはお習字を習っている。
先生の個展をマメに観に行ったりお手伝いをしたり楽しそうである。
そして普段は介護の仕事に就いている。
お世話してる人を朝早くから市場へ連れてったりお茶菓子を土産に持っていったりなかなか忙しい。

木曜日がお習字の日であるおかーしゃんは、水曜日になるといつも
「あああ、、宿題せなんだら先生に怒られる。。。」
と頭を掻いて騒ぎ出す。
また、月末に介護のレポートを提出しなければならないおかーしゃんは、月末が近づくといつも
「あああ、、日記書かんなん。。。」
とこれまた頭を掻いて大騒ぎである。

おかーしゃんは習字を習う前からほぼ毎晩習字をしていた。
だのにどうして宿題となるとこうもしなくなるのか。
夕食後に夕寝してる間に書けばいいのに・・・といつも思う。

月末にバリバリ書いているレポートは、レポートというか観察日記である。
その日の体調や様子を3行~5行程度書けば済む簡単なものなのにどうして毎日書かないのだ。
「半月も前のことなんか覚えてないしー。」と言いながら、
「お腹が痛いと言ってました。」とか「眠そうでした。」とか適当過ぎることを書いては
「やっとできた!」と万歳している彼女を私はいつも冷めた目で見ている。

さっさと終わらせなさいと言うと、「だってー・・・」とやっぱり頭を掻いている。
そんなおかーしゃんに、ダニにやられてちょっとハゲてしまったかのんは
「おかーしゃん、そんなに掻くとハゲますよ。僕みたいに。」
と毛布のほっかむりで頭を隠しながら進言する。

おかーしゃんを見ていると、「夏休みの友」を
8月31日に急いでやってたpinguが重なる気がしていけない。
絵日記以外は7月中に終わらせていた私とは相容れないものがある。

明日は水曜日。
そろそろおかーしゃんに宿題しなさいと言わなければ。
02

26

21:10
Mon
2007

No.0162

音楽バトン

久しぶりにバトンに挑戦。
今回は「音楽バトン」である。
シンさんの偽哲学の小部屋の部屋主、シン@偽哲学者殿より頂いてきた。

思いつく曲や思い入れのある曲というのは、最近知った曲よりも昔聞いた曲ばかりである。
しかも挙げだしたらキリがなくて絞るのにとっても苦労した。

時間のある方はぜひとも挑戦して頂きたい。
きっと懐かしい思いに浸ることができるだろう。

では、早速...

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02

25

21:20
Sun
2007

No.0160

革小物

バッグや靴も好きだが私はベルトもこよなく愛している。
革の具合がどうとか、究極の拘りがあるわけではないがとにかく好きの一言である。
そんな私は昨日、イライラついでに新しいベルトを購入。
服屋のお姉さんは服を勧めるついでにベルトを売ることが多いのか、
ベルトだけが欲しいと言うとあまり上手にモノを持ってこない。

オンワードのとあるお店に行った。
私が黒で革で幅広だと何度も言っているにも関わらず黒の普通幅のベルトを持ってきた。
違うと言うと幅の広い茶色のベルトを持ってきた。
だから違うと言うとこげ茶のエナメルの細いベルトを持ってきた。
ひっくり返すと裏が合皮だった。
いい加減にしてくれと言って去った。
間違いなく店中のベルトを全部持ってきたと思われる。
が、何でもいいから見せてみれば何か一つは気に入るかもしれない
というダメもと精神は気に入らない。
オンワードの別の店で先日、へんちくりんなジャケットを売りつけられそうになった事を思い出し、
当分オンワード系のショップは行かないとヘソを曲げた。

フランドルに行ってみると、チェーンベルトか合皮のものしか置いてなかった。
合皮のベルト。これは私がこの世の許せないモノベスト5に入るものだ。
すぐに割れるし穴の横に妙な筋が入ってバックルの当たる所が色あせる。
合皮のベルトを買い換える間に牛革のベルトが1本買えそうである。
さも牛革ですよみたいな顔をしながら、買った翌月には使い物にならないベルトが
7000円や8000円で売られているのを見ると腹が立って仕方ない。
この値段、まったくもって法外である。高すぎる。
乳を搾られ肉を食われ、革まで剥がされてもう何も残らない程に
搾取されている牛さんのベルトさえ、1万5000円もあれば手に入るというのに
合皮のベルトがその半額もするなんて、牛さんに失礼だ。
合皮ベルトをぐににと曲げながら力んでいると店員さんが心配そうな視線をこちらに向けてきた。
ふん。ちょっと曲げたくらいでオロオロするようなちゃちなベルトはいらない。

こうなるとこの近くで残っているお店は私の敵、ワールド軍団のみとなった。
ワールド製品とはウマが合わず、商品回収や不具合の経験が多かったため
あまり買う気はなかったが冷やかし程度に入ってみた。
高校生じゃないのかと思うほど若そうな娘御がよちよちと寄ってきたので
とりあえず、黒の革の幅広の・・・と例の呪文を唱える。
入ったばかりらしく余裕のない様子だった彼女だが、
見事にクロコ型押しの牛革幅広ベルトを持ってきた。
ベルトはペラペラであまり良さそうなものではなかったが、
何より彼女の「牛さんと豚さんです。」というアプローチが気に入り、買うに到った。

そう。
命を奪われた上にこんなに細長くされてしまった牛や豚には
ぜひとも「さん」をつけねばならない。
02

24

23:47
Sat
2007

No.0159

青年期障害

車を買おうかとおかーしゃんと出かけた。

途中立ち寄ったパン屋で店員のおばさんにお尻アタックされて憤慨しながらパンを買う。
 怒りのバロメータ9。
車屋さんではコーヒーをカップ半分ほど飲むまで担当者に待たされ、再び憤慨。
 怒りのバロメータ12。
何だかおかしい。MAX10のはずだったのに見事振り切ってしまった。

こうなったらエステで昼寝・・・じゃなくてまつ毛パーマでもしてくるわと
おかーしゃんの車を途中下車した。

私は腹を立てるとお買い物をしたくなる。
エステの予約までまだ1時間ちょっと時間があるので
久しぶりにお買い物をしよう。

店員さんにぶつくさ言いつつトレンチコートとニットを購入。
 怒りのバロメータ5。
他に買いたいものを考えながらイライラと早足で歩くが思いつかずに
シャンプーとサプリメントを申し訳程度に買ってみた。
何だかもの足りないなと再び歩き、結局ベルトを一つ買った。
 怒りのバロメータ3。

普段鳴らない携帯電話は両手が塞がっている時に限って鳴るものである。
うもーといななきながら電話に出ると親しくも何ともない友人Y殿から
「株しようと思うんだけどどう思う?」というおもしろくも何ともない相談の電話だった。
いやもうどうでもいいからやればいいやないかと告げて電話を切る。
 怒りのバロメータ4。
一体、彼は何の権限があって私のバロメータの目盛を上げるのだ。
私が私財を投げ打ってこれを下げようと力を尽くしているというのに。

こうなると何だか歩いている自分のピンヒールの音が
ハラタツハラタツ・・・と言ってるように聞こえてくる。

そろそろ時間だ。エステに行こう。

もうだめだーと下がってきたまつ毛に喝を入れる機械を設置され、
目を塞がれると急に雑誌が読みたくなってきた。
あぁ、雑誌が読みた・・・ぐー。
一瞬にして眠ってしまった。

何だかんだ言っても怒りを鎮めるには眠るのが一番である。
 怒りのバロメータ0。
02

23

23:21
Fri
2007

No.0158

追憶

ばばる県には、とても素晴らしい音楽家がいる。
その昔、私が合唱をしていた頃の先生であり、
そのもっと昔はおかーしゃんの、小学校の音楽の先生である。
ばばる県の誇りであるあの先生を、最近あまり表立った場面でお見かけしないのは
彼が歳をとったからか私が音楽から離れているからか。

ここ何日か、その先生が私の職場へお客様として訪れている。
久しぶりに会った先生は一回りくらい小さくなっていた。
しかしベートーベンのような髪型は健在。
かなり歳をとっているはずだが相変わらずお洒落ないでたちだった。
燕尾服を着た先生が頭の中で蘇った。

しかしあまりにも歳をとった先生を見て、私はまず驚いた。
そして、機械の使い方を教わりに来た先生にこやってこうやってー・・・と教えた私は
もはや自分がかつての教え子だとは言えなかった。

「年取るとわからないことが多くなって・・・また教えてね。」
と気弱になっているこの方は先生ではない。
お客様である。

私の先生はプライドの高い、自信たっぷりの方である。
私の先生は私に歌を教えてくれる先生であり、私が教えるお客様ではない。

私の先生とはきっといつか、ここ以外のどこかでお会いできるだろう。
そんなことを考えながら、ありがとうと帰っていく
先生にそっくりなお客様の後姿を見送った。
02

22

23:11
Thu
2007

No.0139

Harambee

「ナイロビの街、特にダウンタウンは危険なので一人歩きはなるべく避けるように」
ガイドブックにはこう口を酸っぱくして言われていた。
ダウンタウンは私が滞在していたツアー会社があるビルの正面から
真っ直ぐ縦に通っている道である。
歩道に土がむき出しだったり車道のアスファルトに穴が空いているという
格段に悪い道路事情を除けば、お昼間は他の通りとさして変わらない(ように見えた)通りだが、
夕方になるとバス停に50人くらい(いや、もっとか?)の人が並ぶ不思議な光景が現れる。

スリや泥棒には十分気をつけねばならないが、ケニアの人たちは別に悪い人ばかりではない。
むしろ、泥棒を見つけると道行く人がこぞって袋叩きにするほど
ケニアの人々は犯罪者を嫌っているのである。
道に迷えば地図を指して教えてくれたり連れて行ってくれるし、
すれ違う人の多くが「jumbo!(やあ!)」と声をかけてくれる。

ダウンタウンのマーケットをぶらぶらしていたら小柄な青年に呼び止められた。
キャップ帽を売るその青年は、俺らがヒップホップのルーツだぜというような自慢話を始める。
まだ日も高いし特に予定もないので、ふんふんと聞いていると、
私を5人固めて縄で縛ったような恰幅のいいおばさんが現れた。
ボスキャラだ。間違いない。
彼女のでっかい声と早口に、英語を殆ど解さない私はただ無言で頷くのが精一杯である。

―ところでアンタ、タバコは持ってるかい。
嗜好品であるタバコは買えない人が多く、何かにつけタバコどうぞとあげると喜ばれるのだが
持ってるかいと聞かれたのは初めてである。
お買い物の値段交渉用にタバコだのボールペンだのはたくさん持っていることは持っているが。
いやむしろカツアゲってやつだったらどうしよう。
どどどどうぞとあげると、アンタと私は姉妹だと言いながら一掴み抜き取られた。
・・・え。そんなに?
何だかジャイアンに宝物を取られたのび太の気持ちになった。

が、そこにジャイアンはいなかった。
次の瞬間、彼女は大声でこう叫んだのだ。
「みんなおいで!私の妹(?)がタバコをくれたよ!!」
わらわらと群がってきたその辺を歩いている人におばさんは気前よくタバコを配っていく。

結局彼女の手にはたった1本、帽子売りの青年が半分吸ってしまったタバコだけが残った。
私は、ケニアのお姉さんまたねと手を振って別れた。
02

21

23:47
Wed
2007

No.0157

居場所

起きたら朝の10時だった。

・・・寝坊か。

「仕事はー?」というおかーしゃんの声が階下から聞こえる。
ハイハイわかってますよと返事をしてもう一度横になる。
会社は今日はいいやと思い、寝返りを打つ。
むしろ、このままもう2度と会社へは行かないんじゃないかという気さえしてきた。

もし7時とかに目が覚めたのなら、滑り込んででも走って会社へ行く所だが
今は10時。もうすでに会社は動き出している時間である。
今さら急いだところで遅刻は遅刻である。

休日の10時と違い、平日の10時というのは静かなものである。
やけに外が明るいのはなぜだろうか。
まるで雨上がりのような明るさですりガラスなのに眩しいくらいだ。

さて、今からどうしようか。
用意して会社へ行こうか。

しばらく考えていたが、はたと思い直した。
いや、やめとこう。

「夢の中でまで仕事なんかしなくていいだろう。」

そうか。

これは夢なのか。

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02

20

22:54
Tue
2007

No.0156

八つ当たり

いつも通り、帰宅途中のバスの中で寝ていた。
習慣というのはさすがなもので、降りるバス停の直前で目が覚める。
おっといけねぇ、寝過ごすところだぜ・・・
じゅるりと言いながら身なりを正して定期の準備をすると大概はバスが停まる頃である。
じゃあ降りますよというキンコンはと言えば、
大分手前でいつも乗ってるおばさんがちゃんと鳴らしてくれているので抜かりはない。

本日も例に漏れず同じ動作で降りる準備をしたところ、バスは停まらなかった。
寝ぼけてバス停を一つ間違えたのだろうか。
いや、いつも降りているバス停が・・・通り過ぎた。

私が乗り降りするバス停は道路の拡張工事中のため、
赤信号でもないのに後ろに続く自動車達を足止めしてバスを停車させる
身長約160cm弱ほどのもので、名を「西ばばる」と言う。
利用者の少ない国道周り経由なので平日の1日3回だけバスがやって来る。
そしてその次は終点でバス回転場となっており、名を「ばばる西」と言う。

バス停看板は小さく、利用頻度も少なく、最終バス停から近い上に名前がそっくり。
こんな悪条件が重なっているからか、時々その存在を忘れられる。
いくら近いと言えども、「西ばばる」は家から歩いて2分、
「ばばる西」は歩いて5分強になってしまうので
キンコンを押してあるにも関わらず素通りされたんじゃたまらない。
揺れるバスの中を運転手席に向かってにじり寄っていった。

「ヤバイっ」と言う運転手の顔が見えた。
バス停を50mほど過ぎたコンビニの前でバスは停車。
マイク越しに運転手が「西ばばるですす」と平然として言った。

「ちゃうで。」
定期を財布にしまい、運転手にそう言ってバスを降りた。
私は怒っている。
定期を見せてから降りろなんて言わせない。
だってこんな所で停まったらいつも使う近道が遠くなってしまって
家まで3分くらいかかってしまうじゃないか。
後ろに車がいなけりゃバックさせるところである。
オーバーランだ。オーバーランだよこれは。

まあ、怒りの一番の原因は眠いしお腹が空いている事にあるのだが。
それはこのバスの荷物棚の上くらいに置いとくとして、
むしろ間違えた癖になんだその間違ってませんよみたいな言い方は。
素直にバス停を見逃したって言えば笑ってあげたのに。

ステップを降りたところで運転手の顔を見てやろうと振り返ると
しょぼくれたおじさんが呆然としていた。
「ちょっと行き過ぎただけなのになんでそんな意地悪を言うの。」
そう顔に書いてあった。

空腹の私に粗相なんかするから自業自得なんだよと
私はスタスタと歩き去った。
02

19

23:51
Mon
2007

No.0155

かのんの災難

あれ、かのん。こんな所にデキモノが・・・

かのんのかわいいオデコに醜いオデキができていた。
気になるので救急獣医さんがないか探していると
おかーしゃんがバカじゃなかろかと背後から言葉の暴力を振るった。
じゃあ、夜中にかのんが車に轢かれたら誰が助けてくれんの!
と反論すると夜中に出歩かせちゃいけませんと一蹴。
確かにその通りである。
獣医に診せるのは諦め、おかーしゃんに相談することにした。

―ばばるや、これはきっとダニですよ。取ってやらなきゃ。

ダニってあのダニだろうか。
手も足も目もないしオデコから生えてるように見えるがほんとにダニ?
引っ張っても取れないしかのんが牙剥いて怒るけどそれでもダニ?
何だかちっさい干しブドウみたいで怖い。

お風呂になんか入れてもムダだと言うおかーしゃんの言葉を振り切って
かのんを洗ってみたがもちろん、取れてない。
明日、会社を半休取るから病院に行こうかと言うと、
かのんがけたたましく吠えて今すぐ頭をなでろと強要してきた。
ちょっと待て。このダニをなでろと・・・?
もうこれは自力で取るしかないと悟り、毛抜きを手にした。
かのん、おいでー。

かのんは、悪い予感がしたのか、
―ばばるは悪ーい事を考えてるよ、おかーしゃん。
とソファの下に隠れてしまった。
何だとコイツ。さっきまでなでろとうるさかったのに。
おやつを与えて捕獲し、びくびくと毛抜きで干しブドウを引っ張ってみる。

つるっといやな感触がした。全然とれない。ほんとにダニなのか。
つるっつるっ・・・

と、横目で見ていたおかーしゃんが吠えた。
―ちみちみ取ってないで一気になさい、人間だって一気にしてくれなきゃ痛いでしょうが!
一理ある。しかしこれだけ深く噛み付いてるならダニを潰せばいいのかなと
お尻の辺りを破こうと試みた。が、全然破れない。
この干しブドウ、なかなか頑丈である。
かのんは大人しくしている事からして、この干しブドウはかのんの体の一部ではなさそうだ。
じゃあやっぱりダニなのか。
かのんの養分を吸い取ってこんなに大きくなったのかと考えると
無性に腹が立ってきてぐいっともう一度引っ張った。

スポンと抜けた。
しかし、このダニの全貌を目にする心の準備が出来てなかったため、
毛抜きもろともぎゃーとかぎぇーとか言いながら投げてしまった。
ダニは弧を描いて毛抜きもろとも吹っ飛ぶ間、
きっとかのんとの楽しかった日々が走馬灯のように駆け巡っていたに違いない。
絨毯に落ちたダニをすかさずおかーしゃんがティッシュで拾う。
―何やってんのばかっ。
今日はおかーしゃんに何度バカと言われたことだろう。
あんまり私に暴言吐くと実家に帰るからね。
そう告げるとおかーしゃんは冷ややかに言った。
―あ、そう。アンタ実家どこなのさ。
えとえと。2階・・・。
―ばっかだねぇ。ねーかのん。かのんも帰れって言ってやんなさい。
おかーしゃんはそう言いながらティッシュの中を観察していた。
―やっぱダニだわ。動いてたもの。毛が・・・
それ以上は言うなとおかーしゃんの言葉を遮った。

ダニが去った後のオデコが少し腫れていたかのんは、
おかーしゃんに軟膏を塗られ、ロックンローラーの様に前髪を立てて眠りについた。

私はと言えば、こんなにダニが大きくなるまで気づかなくてごめんねと言いながら
かのんのオデコについた軟膏のカタマリを傷跡に刷り込んでやった。
02

18

23:16
Sun
2007

No.0154

サバンナの貴族

突然だが、私は殿方の締まった体が好きである。
この週末は天気も悪いということもあって「おうちでゆっくり」を堪能した。
DVDでも観ようかと借りてきたのは「MASAI」である。

パッケージを見た瞬間にガツンとやられてしまった。
赤い布から真っ直ぐ伸びた長くて細い手足。
DVDを持った手がぷるぷると震え、しばらく立ち尽くす。
私としたことが、目はもはやハートである。

「すいませんよ」
店員さんの声ではっと我に返った。
いぶかしげな視線を送りながら返却されたDVDを棚に戻す店員にその場を譲り、
くるりと後ろを向いて貸し出しカウンターへと直行する。

この映画、製作はフランスだが俳優は出ておらず、出演者は全てマサイである。
マサイの文化や暮らしを金もうけに使って・・・などという道徳的な問題はちょっと置いといて、
とりあえず夜中に一人でわくわくと自宅へ急ぐ。

体脂肪率平均3%、視力8.0という彼らの体はしなやかでムダがない。
昔、知り合いに体脂肪率が6%という殿方がいたがそのまだ半分とは、実に驚異的だ。
いやいやこのマサイの戦士たちの美しさは、
ウンタラ率だのカンタラ率だのと数値ではきっと表せないだろう。
そして私の目線は彼らの太モモに釘付けである。
なぜって私は殿方の太モモが好きなのだ。
骨と肉の分かれ目なんて目にした日にはもうたまらない。

殿方の引き締まった太モモってイイよねとかのんに同意を求めると
自分のモモも引き締まってると言って伸びをしながら見せてくれた。
かのんには悪いが、こういう毛むくじゃらのじゃないんだよなと思いながら、
肉球見えてるよと言ってやった。
かのんは恥ずかしそうに毛布の中に入っていった。

走りまくる象の映像が出てきても、夕日に照らされたアカシヤの木を見ても
やっぱりマサイの体は美しい。
体つきもさることながら、強い目力も魅力的である。

と、私はマサイの嫁になり損ねたことを少し後悔した。
そう言えばあのマサイ青年にもらったメールアドレス、なくしてしまった。
もらった時は電気もないこの地でメール!?と驚いたものだが
アレをなくさずに帰国後、メールを送っていたら
もしかしたら今頃はマサイの妻になれていたかもと
映画を観終わった後、あらぬ妄想が夜明けまで続いた。

マサイの生活なんてとてもできないわと断った癖に・・・
逃がした魚はもしかしたら結構大きかったのかもしれない。
02

17

23:23
Sat
2007

No.0151

人形

遠い記憶では確か、八段飾りのお雛様を毎年飾っていた。
雛人形はしまいっぱなしにするといけないと言うのにもう何年も見てない気がする。
そう言えば、雛人形の八段飾りは「破談」とか言ってよくないと聞いたこともある。

我が家には昔、人形が多かった。
父親のお姉さんは紙粘土で髪の毛の1本まで立派な人形を趣味で作っていたし
父親のお母さんはこれまた人形好きで日本人形やフランス人形を飾っていた。
そしておかーしゃんも・・・
最近は置いてないが昔ケースに入ったおかーしゃんの日本人形が
高い所に置いてあり、上から見下ろす人形の視線にビビっていた頃があった。

私はあまり人形が好きではない。
人形が好きな割に無頓着な祖母が、鞠で遊ぶ幼子2人の人形を鏡の正面に飾り、
何度直しても後ろを向いてしまうという大変怖い思いを小さい頃に経験したからである。
しかしやっぱりこの季節、お雛様くらいは飾りたいものだ。
これでも嫁入り前の娘なもので。

去年まで、自室の一角は季節のものを置くためにスペースを空けてあったのに
最近はゾウが幅をきかせてもう飾る場所がない。
ので、今年はおかーしゃんがTVの下に飾るミニお雛様を愛でることにした。

お雛様2
テレビ台の下に置いてある、
ガラスのお雛様。

なんだかふてぶてしい顔をしている。
このお雛様の好きな所はと言えば・・・
強いて挙げるとすれば、
写真には写ってない両脇のぼんぼりが
可愛いところ、、、かな。


お雛様1

こっちは焼き物の・・・と、これはお雛様ではないのだが。
おかーしゃんが、出入りしている怪しげなお店で一目惚れして買ってきたものである。
優しい表情と睦まじい様子が私も気に入り、買ってきたおかーしゃんにでかしたぞと称えた一品だ。

この人形達が魂を込めて作られてないとは言わないが
こういうお手軽人形の方が私は安心して眺められる。
「あんた達は壊れやすい素材でできてるんだからおいそれと勝手に動くんじゃないよ。」
と念のため、いつも言い聞かせてはいるが。

人形と言えば山岸凉子の「私の人形は良い人形」。
ページをめくった瞬間に本を落としそうになるほどびっくりした。
コワイコワイあの漫画を読んだのも小学校くらいか。

何にせよ、人形は愛してやらねばとても怖いものである。
そしてまた、愛し過ぎてもとても怖いものである。
02

16

23:23
Fri
2007

No.0150

猫又よや

「mix社のbabarと申します。実はこれこれしかじか・・・」
書類のやり取りを2往復した(らしい)にも関わらず
やっぱり不備があり受理できないという書類の処理を任された。
再度郵送する旨を連絡するとこのお客様、おキレになった。
「何言ってんだこのやろー
・・・
(中略)
ふがー。」
聞いてるこっちが息つぎしたくなるほど喋ってくれた。
今日は同じ課のリーダーが休暇中で、ネコの手も借りたいほど忙しいのに
文句を言われそうな仕事を回してくれるなんてS主任、謀ったな。
しかしそんな内部事情はともかくとして、
とりあえずはおキレあそばしているこのお客様をなだめねばならない。

おキレ殿は今からこっちに来る予定があるからと寄ってくれることになった。
どんなヤカラを言われるのだろうとびくびくしながら彼を待つこと30分。

オラオラ言われる覚悟を決めて座っていると、件の青年がやって来た。
わざわざお越し頂いてどうもすいませんぶきしゃーとネコ被って言うと、
彼は借りてきたネコのようにイエイエお気になさらずぶきしゃーと言った。
この人・・・ほんとにさっきのおキレ殿だろうか。
彼は黙って言われたとおりに書類を直し、目も合わさずに
面倒かけてすいません今後ともよろしくと言いながら帰っていった。

クレーム客には2種類ある。
電話やメールでは暴言を吐けどもいざ面と向かうと言えないヤツ。
電話やメールでは暴言を吐けどもいざ面と向かうとやっぱり暴言を吐くヤツ。

ちなみに私は後者である。
02

15

22:03
Thu
2007

No.0149

価値観の相違

まったく。朝っぱらから胃が痛い。

私は昔からよく胃だの横っ腹だのが痛くなる。
学校で授業中に痛くなったりしたらひたすら痛みを逸らそうと
手にいっぱい富士山を作って紛らしたりしていたものである。
ただ、手の痛みと腹痛は別の種類のものなのでこれをしたからといって
腹痛が緩和されるわけもなく、2種類の痛みが同時に起こるだけである。

babarさんどうかなさったのと、とりあえず聞いてくる人がいる。
ええちょっとお腹が痛くて・・・そう答えると10人中9人はこう答える。

トイレいってらっしゃい。

どうしてそうなるんだこの寒いのにトイレなんか行きたくないんだよ。
この輩、私の話を聞いているのか胃が痛いと言ってるじゃないか。

と、よく憤りを覚えたものだがつい最近、私は気づいた。
・・・「胃」が痛いなんて一言も言ってないな。

胃だろうが下っ腹だろうが横っ腹だろうが
私にとっては全て腹なので腹が痛い腹が痛いと触れ回っていたのだが
どうやら他人様の解釈では腹と胃は別モノらしい。
だから胃が痛けりゃ「胃が痛い」と言わなければ即刻トイレの刑なのである。

このことに気づいた時、私の世界は広がった。
しかし20年以上、腹が痛いと言いながら生きてきたのに
今更「胃が痛い」なんて恥ずかしくって言えやしない。
そこで、腹が痛いと訴えつつ手で胃の辺りを押さえてみた。
するとこう指摘された。

babarさん、そこは腹じゃなくってよ。

もうどこだっていい。
とにかく痛いもんは痛いんだから腹だろうが胃だろうがどうだっていいじゃないか。
それとも何かい。胃が痛いと言い直せば私の胃痛が治るとでも言うのかい。

キリキリとした痛みを書類にぶつけるかのように
ゴリゴリとボールペンを走らせ、デシデシっと印鑑を押しまくった。

今日は(も)、定時で帰らせていただきます。
02

14

23:15
Wed
2007

No.0148

戯れ

おかーしゃんが食後のヨーグルトを出すと、かのんが大慌てでやって来た。
いけないものが入ってないか毒見をしてやると言うのだ。
私は鋼鉄の腸を持つ女だから別にそんなに気を遣ってくれなくてもいいよと断ると、
じゃあ誰が毒見をするかじゃんけんで決めようと言い出した。

困った。
いくらかのんと言えどもじゃんけんで勝負をするなんて冗談じゃない。
私はじゃんけんが弱いのだ。
しかしかのんの親としてのメンツをかけて、ここは逃げるわけにはいかない。

1回勝負だからね。(babar)
望むところだ。(かのん)

じゃーんけーん・・・(mix)

ぽん!(babar)
ぽぽぽぽん!!(かのん)

あっずるい。"ぽぽぽぽん!!"って後出しじゃないか。
"ぽぽぽぽん!!"なんて掛け声、聞いたことがない。
男たるもの、フェアに戦わなくてはどうする。
しかしかのんは、犬の世界では掛け声は"ぽぽぽぽん!!"が主流だと言って聞かない。
ヨーグルトを挟んで険悪なムードが流れ始めるとおかーしゃんが仲裁に入った。

後出しでもいいじゃない。ばばるが勝ってんだから。

あ、そうか。
私はパーでかのんはグーだから私の勝ちだ。
ヨーグルトを手に取るとかのんが、私はフライングだからずるいと抗議した。
仕方ないので3回勝負にしてあげた。
しかし何回やってもかのんは後出しでグーを出す。

もう1回もう1回と、かのんがじゃんけんに夢中になっている間に
私はヨーグルトを平らげた。

空っぽになったヨーグルトの容器を恨めしそうに見つめながらかのんは、
ヨーグルトじゃなくてみかんだったら勝てたのに・・・
と呟いた。
02

13

23:34
Tue
2007

No.0147

父の思い出

天気予報では明日は雨だというのに洗濯機を回してしまった。
なぜか週初から寝不足で眠いのだが仕方ない。
乾燥機にかけるため、コインランドリーへと向かった。

夜になるといつも空に見えるものがある。
星でも月でもなくてもっと人工的な。そう、ライト。
幾筋かの光がワイパーのように夜空を動いているのである。
これらの出所は山の麓が多い。
何かと言うと、ホテルの客寄せである。
空室の時は光で開いてますよと知らせ、満室になると消える。
部屋が空くとまた光が走り出すのだ。

ケニアに行った時、夜中にヘリコプターが超低空飛行で街中を飛び、
サーチライトで建物を照らして何かを探している光景を見たことがある。
下向きに照らされる光は目的物を追い、上向きに照らされる光は人を呼ぶもの。
その上向きの光に若いカップル達がおびき寄せられていく光景は・・・
まったく。見れたもんじゃない。

しかしこの光を見ると、いつも小さい頃の思い出がよみがえる。
父親と夜道を散歩していた時のこと。
空をなでる光の筋を指して、あれは何かと問うたことがある。

「ちびbabarよ。あれは、ひこうきのためのひかりですよ。
よるはくらいから、ああやって てらしてあげないと
ひこうきのうんてんしゅさんは まえがみにくいでしょう。
ひこうきどうしが しょうとつしないように
てらしてあげているのですよ。」

「でも ちちうえ。
なぜにいろんなばしょから ひかりがでているのですか。」

「ちびbabarよ。それはね、そらはとてもひろいので
1かしょだけだと そらぜんたいをてらせないから
いろんなばしょにわけているのですよ。」

即答した父親をなんでも知っているすごい人だと思った。
そして中学校くらいまで私はこの話を信じていた。

私の父親は、何でも知っているすごい人ではなかったが
何かにつけて思い出す彼の口八丁は、
どれを取っても実に鮮やかなものである。
02

12

23:54
Mon
2007

No.0146

2人中3番目

行きたい国や行く予定の国の紀行文を読んで、
どこへ行くのか、そこで何をするのかを考えるのが私の旅の第一段階である。
昨日、新しい紀行文の本を買ったので早速お風呂に持ち込んだ。

小説なんかは時々読みながら居眠りこいて
気がついたら本が湯船に浮いてたりするのだが、
紀行文となるとお風呂に入っていることも忘れて
目の前に異国が見えるほど没頭するため、鼻血と湯冷めに注意が必要である。
そしてもう一つ、忘れ物には十分気をつけねばならない。

今日はいつもよりお風呂に入るのが遅くなってしまったため、
1時間くらい本を読んだ所で切り上げて浴槽を出た。
その後、いつもの順序で髪を洗ったり下着を洗濯したりする間中、
目の前にはずっと異国の動物達が走り回っていた。
しかし、後におかーしゃんが控えているので早々にお風呂場を明け渡すことにする。

さて、自室で毛づくろいをしていると、思いの外お風呂時間が短かったことに気づいた。
コットンで顔をしばきながら何か物足りなさを感じたが
頭の中では相変わらず異国の動物が走っている。
気のせいか。。。と思い直して異国の動物と再び戯れていた。

「ズザーッ!ズッシャーッ!!」
というおかーしゃんの風呂音で我に返る。

そうだ。体を洗うのを忘れていた。
足りなかったのはヘチマの手触りである。

こうして私は二人しかいない家庭で
異例の三番風呂を経験することとなった。
02

11

22:15
Sun
2007

No.0145

末法の世に

「弥勒菩薩はコチラ」
そうかコチラか。それはぜひともお会いして行かねば。

昨日に引き続き、実は今日も昼過ぎから八田町で遊んでいた。
山に登り、看板を見て現在地を確認しているとその横に手書きの立て看板があった。

しかし・・・
しまった。ピンヒールではないが今日はブーツを履いている。
寺社巡りをしようと思っていたので気を抜いていた。
ヒールは高くないし太いから大丈夫だろう。ということで、弥勒菩薩に会いに出発。

弥勒菩薩への道
まずは昨日の記事を訂正させてもらおう。
ガケっぷちガケっぷちと騒いでいたが、
こっちの方が断然ガケっぷちである。
悪意ある人が看板の向きを変えたんじゃないか
と思うほどにガケっぷちである。
倒木が道を遮るのをまたぎ、或いはくぐり、
落ち葉で足はすべり石がゴロゴロ落ちている。
岩よりも石の方が厄介なのは、
岩は四肢を使って進むものだが
石は2本足の下に偶然あるもので、
大きな石だとバランスを崩しておっとっとだからである。

いつまでこの獣道を進めばいいのか。
所々に石の階段はあるが、朽ちているように見える。
誰も通ってないしこの道は本当に今も使っている道なのか。
と言うか、弥勒菩薩に会う前に私ここから谷底に落ちて死んじゃう。
むしろ弥勒様はこの下に本当にいるのか。
怖くなり引き返そうと思ったが、また別の考えが巡った。
いや、そうじゃない。
こんな誰も来ないような獣道を決死の覚悟で降りて会いに行ってる私を弥勒様が殺すわけない。
きっと落ちないように守ってくれている。ハズ。
そして険しい道を超えてこそ弥勒様に会えるのだ。

でっかい石ころの上でぐらぐらしながら考えていると、下の方から水音が聞こえた。
この音は・・・ヲーターフォールだ。

弥勒菩薩
 眼前に見えたのは
 弥勒様ではなく観音様だった。
 観音様は、“自らの意志で
 あえて如来とならずに
 菩薩に止まり、衆生に
 救いの手を差し伸べるお方“
 なのだそうだ。
 やはり水量は少ないのだが、
 とても心を落ち着かせてくれる
 優しい滝だった。

 さて、弥勒様はと言えば、、
 この手前にあるはずだったが、
 水は完全に枯れており
 立て札も取り払われていた。
 台風の後なら流れるかもしれないが
 ぬかるんだ獣道を歩くのは
 本気で命がけである。


弥勒菩薩は釈迦の死後、ウン十億ウン千万年後に現れて衆生を救済する仏様だ。
よって、弥勒菩薩が如来となるのは私の子孫さえいるかどうかもわからない
遠い遠い未来のことである。
今は修行中の菩薩である弥勒菩薩が如来となってやって来る頃に
この滝にも再び水が流れるのかもしれない。

結局、弥勒様はいなかったのだが
頭の中が漢字でいっぱいになった私を
観音様が優しく癒してくれた。
02

10

22:31
Sat
2007

No.0144

市内観光

!

春までなんて待てるもんか。
お昼過ぎに思い立ち、かのんと車に乗り込んだ。
遅い出発でも行ける所、チェーンもスタットレスも必要ない所。それはbabar市内。

途中、通過した多家良(たから)町は、babar市内からはなかなか行くことができない。
「babar市多家良町」なのにbabar市を一旦出ねばその姿を現さないのである。
この町はタカラだけに、こうやって昔からお宝を守っているのかもしれない。

コブつき。
 八田町の端に着き、
 5つのヲーターフォールがあるという
 遊歩道を歩き始めた。
 5つなのだ。ヲーターフォールは。
 それも5つ横に並んでいるわけではない。

遊歩道は川沿いに伸びており、ヲーターフォールを目指して上流へと登っていく。
しばらく歩くと一つ目が現れた。
♀
雌鴨の滝。

この所、雨が降ってないせいか
水量が少なく
イマイチ迫力に欠ける。
どこかのHPの
写真では4~5列くらいの
広い滝だったのに。
後の4つはどんなだろうか。

babar2人分くらいの幅しかない道を歩いていくと次なるヲーターフォールが見えた。
ここの滝はそれぞれがドンツキにあるのではなく(自称)遊歩道の通り道にあるので、
小川をまたいで滝の前を通り、次の滝へと進むのである。

♂
雄鴨の滝。

やはり水量が少ない。
これではガッカリである。
しかし写真では白くなって見え難いが
後ろに次の滝が顔を覗かせており、
連続する滝に心が逸る。

次の滝は見えているが
この滝まで岩場を越えていかねばならない。
なにが遊歩道だ。
これはガケっぷちと言うのだ。

上流に行くにつれ、石は岩となる。
もはや私は歩いていない。岩を登っている。
そして岩と岩の間には落ち葉がびっしり埋まっており、古典的な落とし穴となっている。
要するに、見えている岩の上を渡っていかねば、
落ち葉の上に足など置こうものならガボンと足が埋まってしまうのである。

光の滝

 朝訪れると後光が射して見えるという御来迎の滝。

 高さ15mくらいののっぽな滝である。
 水量が多い時はもっと滝らしく見えるようだが
 今日は滝の筋の1本1本がとっても細くなっている。
 何だか私も心細くなってきた。

 遊歩道はこの後、険しい石の階段がしばらく続き、
 かのんがぶーたれだした。
 かわいそうだとは思ったが、
 自分で歩くかここで1匹で待つかどっちかになさい、
 と言うと尻尾を振ってついてきた。


ガケっぷちはまだまだ続く。
室内犬かのんはひょいひょいと見事な足裁きでもって岩を登っている。
さすがである。野生の心は一応持っているらしい。

布引の滝

岩を伝う滝の水が、
まるで布が垂れているように
見えるという布引の滝。

上に行くほど水が少なくなってきて
やれやれこれではボロ雑巾だ。
猫娘に引き裂かれた一反木綿といった所か。

それでもゆっくりと落ちてくる水が
とても心を落ち着かせてくれ、
岩の上に座ってしばし休憩を取る。

気を取り直して出発。
岩が大きすぎて落ち葉も多すぎて、これってほんとに道は合ってるのだろうか。
という不安とお疲れかのんを抱えた手がプルプルするのを堪えながら
最後のヲーターフォールへと向かう。

やっと着いた最後の滝は20mもの高さから落ちてくる多分いつもは立派な滝。
市内でこれほどの滝があるとは全くもって驚きである。
相変わらずのチョロチョロぶりではあるが、やったーとカメラを構え、
シャッターを押すと、他の観光客が入ってしまった。
ちょっとおじさん、ブログ載せるんだからのいてくれませんか。

かのん


 ・・・と思ったらかのんだった。
 後ろの方にかすかに見えるのが最後の滝、
 象の滝である。


ここから更に登ると山越えしてしまいそうなので来た道を戻ることにする。
日暮れ前にはこのガケっぷちコースから離れなければ
急流下りをしながら家に帰るハメになるであろう。

ところで。
こんなに長文でこんなに大変な思いをしたにも拘らず、
実のところ、遊歩道の入り口から最後の滝までは
わずか500mである。
02

09

23:26
Fri
2007

No.0138

スラムの女性達

マタトゥと呼ばれる小型バスでごとごと揺られてついたのは静かな田舎町。
そこはナイロビの郊外、シランガ。
行き先はスラム街で日本人が設立、経営しているストリートチルドレンのための学校、
設立者の名はもはや伏せるまでもなく有名な人物、浅田嘉一氏(愛称:カマウさん)である。

昼間は人通りも少なく静かなものだが、夜になると強盗や殺人が度々起こり、
警察も近寄らないほど治安が悪いというこの地域はボロボロの家が並ぶ。
政府の許可なく住みついているため水道や電気は通っていない。
家の前では何やら肉のようなカタマリを焼いて売っている人がいる。
しかしそのカタマリは焼きすぎ?で真っ黒、
もはや何を焼いているのか何のために焼いているのかわからない。

歩けどもなかなか学校へ辿り着かないので、その辺にいた女性に道を聞くことにした。
しばらく歩くと、近道だと言ってその女性は茂みの小道へ。
そうか近道かとスタスタついて行こうとすると、背中からおーいと同行者の声がした。
振り返ると彼はまだメインロードに立ったままで戻って来いと言っている。
どうやら妙な考えが頭を巡ったらしく、近道が嫌だとのこと。
しかしどちらかと言うと、挙動不審な我々の方が
ここの住民にとっては不審者であることに間違いはないだろう。
結局、学校はその茂みの向こうにあった。

さて、スラム街には女性と子供が多い。
恋仲になった女性が妊娠すると経済力のない殿方は逃げてしまうのである。
子供を抱え生活に困った女性は新たな殿方を探し、妊娠してはまた逃げられる。
子供は増え、ますます生活に困る。仕事はない。逃げる場所もない。
そんな悲しい過去を持つ女性が多く存在するのである。

カマウさんは、彼女達は今を楽しむことで精一杯なのだと言った。
明日の食べ物はないかもしれないけど、今が楽しめたらいい。
それほどに彼女達は貧しいのである。
明日や将来の事なんて、豊かさという余裕があってこそ考えられるのだとこの時、知った。
夜は明かりのない闇に覆われ、水は高くて買えず泥水で洗濯をする。
そんな貧しさの中にあっても彼女達が素敵な笑顔でいられるのは
1日1秒を必死で生きているからなのである。
02

07

23:07
Wed
2007

No.0142

一角獣

幼い頃の曖昧な記憶だからと言って
私が嘘をついているわけではないことを証明するため、
危険を冒して行動に出た。

検索でヒットした最初のサイトを開いた瞬間、
心の準備ができておらず、きぇーっと声が出てしまい
おかーしゃんとpinguとかのんの視線を一身に受けた。
検索を始めて2分後、怖くて手が震え出した。
心臓がドコドコ鳴り出し、寿命が10年縮んだ気がした。
4分後には続行不可能となり、諦めた。
アイツの正体は未だに謎のままである。

あれは確か、小学校の低学年の頃だったと思う。
私とアイツが出会ったのは体育館の前にある渡り廊下。
あまりにも衝撃的な容姿を持つ彼らに釘付けになってしまった。
長さ3~5cm、太さは私の小指くらいだから円周にして4cm程度。
体にはミミズのような横線が入っていたと思う。
色はクリーム色に近い白でお尻に同色で長さ1cmくらいの太い角が1本生えている。
手足はもちろん、目もない。

じゃあなぜ角のある方がお尻だとわかったのかというと、
角のつけ根は体と同じくらいの太さだったので頭に角だとビジュアル的におかしいからである。
ドリルじゃあるまいし、頭にそんなでかい角が生えてたら不便だ。
・・・いやいや、単に角と反対方向に向かって動いていたからである。

そんな奇妙なヤツが7~8匹ほど、渡り廊下の片隅でうごうごしていた。
発見した私はとんでもないショックを受けて休み時間中ずっと見ていたのだった。

翌日、再度そこに行ってみると彼らはやはりそこにいた。
数が少し減っている気がした。
相変わらず渡り廊下にしゃがみこんで見続けた。
翌々日もその次の日もそこに見に行った。
そして彼らは1匹2匹と日ごとに減っていった。

そしてある日、彼らはついにいなくなった。
その後二度と私の前に現れることはなかったのである。
02

06

22:25
Tue
2007

No.0141

誕生。

新しい命が誕生した。

最初に断っておくがそれはかのんの子でも、うさぎの子でも、
おかーしゃんの子でも、もちろん私の子でもない。
いや、ある意味私の子かもしれないが。

異変に気づいたのは確か、タイから帰った翌日か翌々日か。
あの時はおかあさん指がグレたと思い、恐れおののいたものだ。
それから半年弱、グレたおかあさん指と共に生活してきたのだが
彼女はいつしか日に日に太り始めた。

普段は窮屈な靴に押し込められて旅に出ると歩け歩けと酷使され、
おかあさん指の心の闇はどれほど深いものだったろう。
と、少しずつ醜くなっていくおかあさん指を眺める日が続いたのだった。

ところが本日のお風呂上り。
いつものように毛づくろいをしていると、おかあさん指に目が留まった。
その時、切れ長の私の目は普段の3倍くらいに開いた。と思う。
生憎、その瞬間に鏡を見てなかったので何とも言えないが
きっと私の目は端っこが切れそうなくらい開いていたであろう。

なぜかと言うと、爪の上半分が起き上がっていたからだ。
下半分は新しく生えてきた爪だが上半分はグレたおかあさん指の爪の成れの果てである。
新しい爪が生えてきて押し出された病んだ爪は倍程に膨れており、
新参者に居場所を侵されてやりきれず、ついに立ち上がった。
   もう、ワタクシ実家に帰らせて頂きます。

黒っぽかった爪がぷりぷりと出て行った後には
つるりとしたツヤのある赤さん爪がいた。
この赤さんも上半分だけなので何とも不自然な事になっているが、
私の足指には今、やっと平穏が訪れた。
02

04

17:20
Sun
2007

No.0137

住人

我が家の庭にはでっかい石がある。
この石が北の方からやって来てもう10年くらいは経つだろうか。

先日、滝を撮った写真の岩の模様が顔に見えるという話をしたが
その写真はおかーしゃんと姉のpinguにももちろん見せた。
すると2人とも口を揃えて気持ちが悪いと非難した。

何だよおかーしゃんが持って帰ってきた石にだって蛇が住んでるじゃないか。

私の反論に一瞬動きが止まったが、すかさずpinguが
嘘ばっかり言いおってからにとあたかも私に虚言癖があるかのごとく罵った。

10年もの間、私は蛇がいるいると思いながら生活してきたのに
2人とも知らずに蛇の上に布団だの枕だのを干してたというのか。
みんなこの蛇の存在を知った上でこの石を置いてあるんだと思っていた。
こんなに目立つ所に住んでいるのに知らなかったとは
ばばる生まれて二十ウン年目の新事実である。

翌日、おかーしゃんは石の上や周りを隈なく探したが蛇はいなかったとのこと。
そして私の虚言癖説はますます強固なものとなった。
しかしなんと言われても蛇が住んでることは間違いない。
絶対いる。
今もいる。

今日、外から何やらむにゃむにゃと声が聞こえてきた。
外で誰が何やってるんだと窓から覗くと・・・

蛇に向かって一心にお経を読むおかーしゃんがいた。

だからいるって言ったじゃないか。
02

03

17:55
Sat
2007

No.0136

夜はさやか

ばばる県にはまともな高速道路がない。
高層ビルのすぐ隣を走るこの道路から見える風景がこの上なく面白いと思う私には、
窓にへばりついて外を見ている小僧の気持ちがよく解かる。

都会の夜景は華やかだ。
ばばる県の夜景も捨てたものではないが都会の夜景はパヴェさながらである。
そしてばばる県のそれはさしづめ、パールと言ったところか。

飛行機の窓からパヴェを眺めるよりもバスの窓からメレダイヤを覗くといい。
メレダイヤの一粒はあまりにちっぽけなものであるが
そのちっぽけなメレダイヤにだって一つぶ一つぶの物語がある。
だからこそ、パヴェの輝きが増すのかもしれない。

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02

02

19:56
Fri
2007

No.0134

矛盾

ケニアにはいくつもの部族がいて、それぞれの民族が持つ特色を生かした仕事をしている。
例えばマサイ族は狩猟と遊牧を生業とする民族。
サファリではキャンプ地に野生動物が侵入してこないように
火を焚いて変わりばんこに見張っている。
そしてキクイ族は農耕民族。
ツアーでのコックはこのキクイ族が担っている。

さて、アフリカと言えども首都ナイロビは都会である。
そして治安が悪く、ガイドブックには一人歩きはしないようになどと書いてあったりする。
この治安の悪さゆえに宿泊施設の玄関には檻があり、門番がいるのである。
この門番をしているのはマサイ族の出稼ぎ者。

元々は遊牧をしながら移住する風習のマサイ族は、
政府によって住む場所を追われ、移住を禁じられて
政府が用意したちっぽけな土地に押し込められている。
生活に困ったマサイは観光客相手に土産物商売をしたり
ナイロビに出稼ぎにやって来て生活を凌いでいるのが現状だ。

ちなみにマサイの村のマーケットで
「マサーイ・・・ハンドメイドッ」
と売り込んでくる土産物の大半は街で安く仕入れたものも多いので気をつけよう。

しかしエセハンドメイドを法外な値段で売るのはまだかわいいもので
マサイ達の生活はそんなことではとても潤わないほど逼迫している。
出稼ぎにやって来たマサイ達の一部は職にありつくことができるが、
また一部はナイロビでさえも仕事がない。
失業したマサイの一部は暴徒と化し、ナイロビで強盗となる。
そしてこの強盗から家を守るために檻と門番がいるというわけである。

ここで、マサイから身を守るためにマサイがいるという矛盾が生まれる。
02

01

19:53
Thu
2007

No.0133

お嫁においで

ケニアの旅道中では未だかつてないほど殿方に求婚された。

マサイ・マラでコックをしているキクイ族の殿方と焚き火を囲んでおしゃべりをしていた。
自分のテントには毛布がたくさんあるから泊まりにおいでと
しゃあしゃあと言ってのけた彼に、ほんとはすごく寒かったけれど
暑くて仕方ないからいいと丁重に断った。
すると何をどう勘違いしてか、私が大学を卒業した暁には
再びここを訪れて彼の妻になると思い込まれてしまった。
この勘違いは決して言葉の壁なんかじゃなくて
ただ彼の頭がちょっとばかり痛かっただけだと思う。

マサイ族の村を訪れる。
お供がいないので一人でぶらぶらと歩いて
牛の糞でつくった家やきれいな布を巻いた婦人に抱かれた赤子などを
バシャバシャと写真に撮っていたところ、同年代くらいのマサイ青年に出会った。
マサイは大概がスリムなのにこの青年はがっしりした体格で
こんな体でほんとにあのCMみたいに飛べるのかと心の中で思いながら
2人で肩を並べて村の中を案内してもらったその帰り道。
「君はマサイの妻になりたくないか。」
ふいに彼が聞いた。ようわからんわとはぐらかすと
「僕は23歳だから年齢もピッタリだ。君は立派にマサイの妻になれると思う。」
誉め言葉なのか何なのかわからないが、マサイの血に誇りを持っている彼が、
よそ者の私にマサイの妻になれと言うのだからきっと誉めてるんだろう。
しかし、先ほど見て回った村の中でマサイの女性は
顔の周りにハエがたかっていても動じず、払いもしなけりゃ瞬きもしない。
私はマサイの妻になれる自信はなかった。

マサイ・マラを離れて別の地で夜を迎えたのはサファリも終盤に近づいた頃。
隣のキャンプを世話してるのか、この場所でただ働いているのか
洗濯物をしてくれる中年?の殿方を手伝った後、急に腕を掴まれた。
「僕と結婚して子供をいっぱいつくって小さな村を作ろう。」
むら・・・。
全力で走って逃げたことは言うまでもない。

6日間のサファリを終え、街に降りた。
車が停まるたびに土産物売りが群がってくる。
そんな中で手ぶらの青年が窓を叩いた。
私の隣にいるNZ人にその青年が何か耳打ちし、振り返ったNZ人がこう言った。
「彼はキクイ族でbabarに一目惚れしたんだって。
ラクダ3頭に水をいっぱい乗せてあげるから嫁に来いって言ってるよ。」
実家に水のたくさん入った樽を乗せたラクダが3頭届いた光景を想像した。
満更でもないか。とりあえず標準の相場を聞いてみる。
「うーん、牛が3頭かな。」
牛乳出るから牛のがいいんじゃないのか。でも水は貴重だ。
結局、私の実家にはラクダを置いとく場所ないからと言って断った。

ケニアはプロポーズの言葉さえも暑い国である。
一体どんな日本人女性が過去にこの地を訪れ、
どれほどのポカをやってのけたのか。
想像すると頭が痛くなる。
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