続続・よいこの1日  -

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No.0

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09

30

19:53
Sun
2007

No.0299

凸凹4人組

DSC01549.jpg
さて、このアマゾンツアーに参加した4人組は
30代くらいのイギリス人夫妻と
60歳手前のドイツ人のおっさん、
そして20代半ばのメイドインジャパンである。

着いた日の夜は
アリゲーターウォッチングの予定だったが
その日は別のグループも行くらしく、
人がたくさん騒がしいのは
ガイドさんの好みじゃないということで
2日目の夜に変更することになった。

食事はビュッフェ形式でアマゾンの魚やフルーツがずらりと並ぶ。
こういうツアーでは食事は大変おもしろい。

イギリス人夫妻の奥様はベジタリアンである。
でっかい皿に野菜をちょこんとのせてナイフとフォークで食べていた。
2人ともパンを握って席に返ってくるとパンはテーブルの上に直接置く。
そして食べ終わったお皿は夫婦共に未使用の如くキレイなのである。

私は小さめの皿にパンから野菜から全部乗せて戻ってきた。
幾分窮屈そうに見えるが気にせず手を合わせていただきますをした。

ドイツ人のおっさんは、一通り料理を見て周った後、
何とスープだけを入れて持ってきた。
えっっそれだけ!?と聞くと、これは食前のスープだから
メインは後から持ってくると笑った。

早食いの私にとっては気が遠くなるような夕食の後、
バーでお酒を飲もうと誘われ、移動した。
ブラジルの代表的なカクテル、カイピリーニャに挑戦。
ライムと砂糖をすりつぶしたものにカシャーサというお酒を入れて飲むのだが
ガイドさんは、1杯だけなら飲んでもいいけど
2杯目飲んだらポルトガル語を喋り出すから要注意と言っていた。
とても強いお酒だが大変おいしいのである。

さて、ガイドさんからは水のphの関係で蚊はいないと聞いていたが、
それでも多少は飛んでいる。
虫除けスプレーのおかげであまり寄ってはこないが
何やらぷいぷいとうっとうしい。

アリゲーター

 カイピリーニャに刺さっていた
 ストローをくわえながら
 飛んでくる蚊を叩いていたら
 "ばばーr アリゲーター・・・"
 と拍手をされた。

凸凹4人組は他愛のない話で笑いながら長い夜のひと時を
2日ともこのバーで共に過ごすのである。
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09

29

20:38
Sat
2007

No.0298

アマゾンを行く

イグアスからサンパウロへ戻り、マナウスへと飛行機を乗り継ぐ。
マナウスはブラジルの上の方にある町で同じ国内にも関わらず
時差が1時間あり、気温も全然違う。
サンパウロやイグアスは日中こそ真夏のような暑さだが朝晩は肌寒い。
日本とは季節が逆なので昼間は暑いながらも今は夏ではないからである。
しかしマナウスは年中通して気温が高く日中は37~38℃くらいまで上がり、
湿度も75~80%とまるで水中やないかというくらい高い。

空港でガイドさんのお迎えを受け、アマゾン滞在中に行動を共にする
イギリス人夫妻と対面して車に乗り込む。
ガイドさん曰く、マナウスのホテルであと一人"boy"を拾ってから
市内で1箇所観光をしてアマゾンのロッジへ向うとのこと。

その"boy"がいるというホテルはマナウスで一番大きなホテルだった。
豪華なホテルに泊まっているその"boy"って一体何者なんだ。
しかも一人で。
ホテルの入り口を見上げながらそんなことを思っていると、"boy"が出てきた。

赤さんが3人くらい入ってるんじゃないかというくらい
お腹の出っぱったドイツ人のおっさんだった。
定年を前に早期退職して旅をしているらしい。

一同、船に乗ってアマゾンへ。
船着場でも日本人ツアーに出会うがやっぱりじーさんやばーさんだった。
一人の上品な初老の貴婦人が声をかけてきた。
「アナタ、日本からいらしたの?」
そうですと答え、船まで一緒に歩いた。
彼女達は14日間のツアーでこの後はギアナ高地まで行くとのこと。
一緒にギアナ高地へ参りましょうよと誘う彼女に、
イエ、仕事がありますからと辞退して別れた。

2河川合流地点


2時間ほどかけてアマゾンへ向う船の上からは
黒いネグロ川と茶色いソリモエンス河の合流地点を見ることができた。
温度差(ネグロ川は26℃くらい、ソリモエンス河は20℃くらい)などの関係で
2つの河川は混ざり合うことがないらしい。
妙な4人組は川を眺めながらガイドさんの話に耳を傾けていた。

IMG_5408.jpg
 立つのも座るのも
 腰が痛いししんどいなと
 思い始めた頃には
 周りの景色が森になってきた。
 水の中から生えている木や
 川に浮かぶ家を
 凸凹4人で見つめる。

夕方、アマゾンのロッジへ到着。
ロビーでスケジュールやロッジの説明を受けるが
英語なので何を言っているのかよくわからない。
とりあえず、コンクリートで舗装されているところは好きに歩いていいが
ジャングルへは入らないようにということと
電気はないが夜だけバッテリーで明かりがつくということと
カギを部屋の中に置いたまま外へ出ないようにということだけ何とかわかった。
部屋のカギとろうそく用のマッチをもらいながら、
夕食に来る時は懐中電灯で照らしながらおいでねと言われたので
持ってるよと大きく頷いた。

DSC01537.jpg
忘れ物は私の得意技である。
もちろん懐中電灯は持ってきた。
ただ、電池を忘れただけである。
09

26

22:21
Wed
2007

No.0297

お別れ

突然だが、ハリネズミを1匹手放す事にした。
我が家にやって来たばかりでとてもかわいそうなのだが
昨日の夜、一晩悩んだ末にこうする事に決めたのである。

そもそもハリネズミが我が家にやって来たのは
会社の人の友人夫婦が、コドモができたので飼えなくなったから
貰い手を探しているという話を聞きつけて立候補したからである。
2匹いるとは聞いていたが詳細についてはまったく聞いておらず、
「ただ2匹いる。」のだと思っていた。

我が家へやってきたハリネズミ達はとてもかわいそうだった。
ケージは、他人に渡すからと気を遣ってくれてくれてか
外側はきれいに洗って?拭いて?くれていた。
が、中はとても汚くて滑車なんかもう使い物にならない程だった。

しかし、突然周りの様子も匂いも違う異国の地に連れてこられて
今まで毎日ご飯をくれていた人はいなくなった。
代わりに何やら鼻の長い妙なヤツが
ちょっちょっとかふざけた事を言いながら寄ってくる。
そんな緊張しまくったハリネズミ達をいきなりひっくり返して
家を洗い、慣れた匂いを消してしまうなんてとてもじゃないができないので
とりあえずしばらくはそのままそっとしておく事にしたのだ。

しかし見ていると何やらケンカをしているようだ。
噛み付いたりして大変なので1匹を別のケージに入れてみた。
ら、急に寂しがって金網にしがみつき、お互いを見つめ合って動かなくなった。
その様子がとてもかわいそうだったので再度同じケージに入れる。
ケンカする。離す。見つめ合う。戻す。ケンカする。・・・
結局、これはきっとじゃれているんだという事にして
同じケージに入れておくことにした。
だがそれにしても2匹のじゃれあう様子がおかしいと思ったので
会社の人に2匹の関係を問いただしてみた。

「2匹は兄弟でオスとメスらしいです。
別々にしなきゃいけないのはわかっていたけど
世話が大変でできないから一緒に飼ってたらしいですよ。」

という返答が返ってきたので
それを早く言わんかいと慌てて帰って別々のケージにした。
繁殖されては困るのである。

そもそもハリネズミは単独行動の動物なので
カップルか親子でなければ一緒には暮らせない動物である。
兄弟だけれども前者に属する2匹が一緒にいるのは問題だ。
赤ちゃんができても貰い手がいないし、何より近親婚は良くない。
しかし金網で隔てられた2匹はまるで織姫と彦星のように悲嘆に暮れるのである。

どうしたもんかと悩んでいるところへ、
そう言えば会社の後輩も欲しいと言っていたことを思い出す。
早速、彼女に1匹もらってくれないかと聞いてみた。
ら、2時間ほど考えた末、もらってくれるとの返答を得たのである。
なるべく早い方がハリにもいいだろうということで、
今週中には彼女に渡す約束を取り付けた。

たらいまわしはよくないと思う。
が、同じケージでは飼えない。
2匹を別々に飼うことは、私にとって苦ではないが
近くにいるのに一緒にいられない2匹の悲しみ様は見るに忍びない。

今日、2匹のために一つずつ飼った滑車と寝袋が届いた。
箱を開封する気になかなかなれず、物思いにふける。
動物を飼うことがとても悪い事のように思えてならない。
09

25

21:54
Tue
2007

No.0296

お疲れ。

さあ、これからアマゾンだ!
・・・と言いたいところだけれども今日は旅日記を少し休憩。
というか、とても疲れているのである。
旅から帰った翌日から仕事に行き、4日間を耐え抜いて
3連休はゆっくり休もうと思っていたのにどうもそうは行かなかった。

旅の前からしつこく記事に書いていた通り、
私は今、とても腰が痛い。
パソコンの前で長時間座ってられないくらい
私は今、とても腰が痛いのだ。

土曜は先生が学会に出席するため昼まで。
日曜は通常営業で19時まで。
月曜は祝日ダイヤなので昼まで。

というむつかしい事を先生に言われ、覚えられませんと言いながらも
どうしても病院に行きたいので泣きながら診療時間を手に書いた金曜日。
その後、行きつけのバーへブラジル土産を持っていくが
腰痛がひどいのでビールを2杯と焼酎2杯を飲んだところで早々に退散。

午前中にびょういんへ行き、昼からびよういんへ行った土曜日は
新しい家族を迎える日でもあった。
新しい家族。それはハリネズミ。
友人の友人夫妻が子供ができたとかで飼えなくなったという
かわいそうなハリネズミを2匹、引き取ることにしたのである。
引き取ったハリネズミたちが即座になついてくれるわけもなく
シーシーと鼻息荒く威嚇されながらも温かく迎え入れた。

その日の夕方、かのんと一緒にお風呂へ入っていたら
かのんのお尻がとても大変なことになっていた。
最近よくお尻を掻いてるなと思っていたら、掻きすぎてハゲていたのである。
こりゃ大変と慌てて閉まる寸前の病院へ駆け込んだ。
ただの虫刺されだった。

相変わらずシーシーと鼻息の荒いハリネズミは気になるが
我が家に慣れて落ち着くまではそっとしておこうと決めた日曜日。
この日はわが甥っこのお食い初めの日である。
pinguの家ですくすくと育った甥っこを突付いたりしながら
ご飯ができるのを待っていたところ、これまた腰痛がビキリとやってきた。
そこで今日は行かないと言ってあった病院へやっぱり行く事にする。

先生の所でわーわー言って帰ってくると食事はもう始まっていた。

ゆっくり過ごしたい連休最後の月曜日。
・・・は、起きたら12時だった。
病院は13時までなのでこれまたわーわーと言いながら走って行くと
なぜか院内がイモ洗いの如く混んでいて大変なことになっていた。
根気強く待って終わった後、先生にブラジルの写真を見せる。
家に帰るとハリネズミが滑車で遊んでいた。
ご飯もモリモリ食べるようになっていたことだしと、お部屋をキレイに掃除した。
家ごともらったのだがちょっと掃除が行き届いておらず、
ニオイと部屋の中の汚れが気になっていたからである。
ハリネズミたちはまたもシーシー威嚇するが、
「こんなニオイではとても家へはあがれませんよ」
と諭して掃除に取り掛かる。
と、針で刺されて涙が出るほど痛かった。

掃除はうさぎの部屋も併せて洗っていると夕方までかかり、
この日の私の1食目のご飯は何と19時だった。

私、とても疲れているのである。
09

24

20:06
Mon
2007

No.0294

イグアスの滝~アルゼンチン編

バスの窓から
 お腹が裂ける程朝ご飯を食べ、
 早速ホテルを飛び出した。
 今日はアルゼンチンへ行くのである。

 バスへ乗り込み、座っていると
 一人のおっさんに声をかけられた。

しかし言っていることがよくわからないのでふんふんと頷いていると
サンパウロは行ったかとかそんな事を聞いているような気がした。
「ヤキソバ!」とか「スシ!」とか「サシミ!」という単語が聞こえるので
多分、サンパウロで食べた日本食がおいしいとも言ってるんだろう。
そのおっさんとはアルゼンチンの出入国手続きから滝へ行くバス乗り場まで
とても親切に案内してもらった後、バスターミナルで別れた。

遊歩道
アルゼンチン側のイグアスは
滝の入り口まで列車で向かうのだが
列車の音はタンゴのリズムに聞こえる。
一つ目の駅で「悪魔ののどぶえ」行きに乗り換えた。
この列車では蝶の乱舞が見え、
虫が苦手なのにもかかわらず心が躍る。

列車を降りるとのどかな川の上を
ずっとずっと歩いていく。
しかし今日も暑い。
日本と季節は逆のはずなのに
すごい日差しでやっぱり首が痛い。
そこで、今日も日焼け止めを
この痛い首に投入するためベンチに座った。

長い長い道のりを歩いて行くと、人が多くなってきた。
いよいよか。

悪魔ののどぶえ
 人が集まっている方へ方へと
 タオルを振り振り歩いていくと
 見えてきたのは
 夢にまで見た(?)
 悪魔ののどぶえ。
 平静を装いつつも
 足が速くなっている。

早く早くと歩いていくと、風向きが変わったらしく
突然雨のようなしぶきに襲われ、若干ひるむ。
風がやむのを待ち、悪魔ののどぶえの真上まで走っていった。

悪魔ののどぶえ

ブラジル側の滝も素晴らしい眺めだったが、
このピンポイントの迫力はすごい。
下を覗きこむと、水しぶきで真っ白なので何も見えない。
そんな中を豆粒のように見える大きな鳥たちがブンブン飛んでいる。
あの鳥達は大丈夫なんだろうか、それが一番心配である。

ついさっきまでゆったり流れていた川が突然まっさかさまに、
スローモーションのようにゆっくりと落ちていく様子を見ながら
これが世界遺産なのかと一人でフルフルと感動していた。

はっと我に返り、まだ別の滝を見に行かねばともと来た道を戻る。
列車で来た道を歩いて戻って蝶をもっと見たいと思っていたが
この長い遊歩道を1往復しただけで疲れてしまい、
列車代も込みで入場料払ってるんだしと自分を甘やかしつつ
1つ目の駅までの列車に再び乗り込んだ。

滝の上から

こちらの遊歩道は、滝の上へ下へと張り巡らされており、
歩きながら色々な滝を見ることができるがどれもこれもあり得ない程でっかい。

滝の下から

色んな表情の色んな滝が大中小と落ちまくっているのだが
小さい滝でもばばる県にある滝と同じくらいか少し小さいくらいのもので
もうこの辺りが来ると、腰痛のことなどすっかり忘れてしまっていた。

夕方が近づき、来る時に1時間ちょっとかかったことを考えると
4時過ぎにはここを出なければ遅くなりそうである。
帰りはあのおっさんもいないことだし、用心のため帰ることにした。

入場料のお釣りをアルゼンチンペソで返されたため、
水や軽食で使い切ろうと思ったが、例の"言葉の壁"により
迅速に買う事ができる自信がない。
バスの発車まで間に合うかなと5分くらい考えていると
考えている途中でバスが発車した。
5分もあったら水くらい買えただろうのに
私の手にはもう使い道のないたった5ペソが残った。

フォス・ド・イグアスの夕暮れ
ホテルのある街へ着き、水を買うと
何となく薄暗くなってきた。
早めに帰ってきてよかったと思いながら
汗だくでホテルへと戻る。

ブラジルの1日は短い。
いつもの旅なら朝早くから夜中まで
フラフラと歩き周るところだが
人通りの少ない早朝と
暗くなってからは出歩かないようにと
ホテルの隣にあるツアー会社のお兄さんに
口を酸っぱくして言われているからだ。

結局、色んな情報を教えてもらっただけで彼のツアーは使わなかったけれど
"murderous!キッ"と言いながら首を切る仕草をする彼の顔が
今でも目に焼きついているのである。
09

23

23:31
Sun
2007

No.0293

イグアスの滝~ブラジル編

日本⇔アメリカ、日本⇔ブラジル、アメリカ⇔ブラジルという
時差の変化についていけず、今日は何曜日なのかよくわからないのだが
出発前、事前に数えておいた記憶によると確か月曜日である。

月曜はイグアスの滝がある国立公園が昼から開園になるため、
すぐ手前にあるバードパークに寄ってみることにした。
こんな遠くまで来てわざわざ動物園?とも思ったが
このバードパーク、せかせか歩いてもしっかり2時間はかかってしまうほど広い。
そして今回は旅程に動物が見られる場所が入っていないため
毛?好きの私としてはぜひとも毛の生えた動物を見たいと思ったのである。

オオハシ


 ブラジルと言えばオオハシ。
 ぬいぐるみみたいでかわいいなと思いきや、
 種類によってはあまりかわいくないヤツもいる。

 野生のオオハシに出会うことは叶わなかったが
 網越しじゃないオオハシを至近距離で見れるなんて
 バードパークって素晴らしい。

ここは色んなゾーンに別れていて、アフリカコーナーとか
北米コーナーとか南米コーナーとか世界各国の鳥達が集まっている。

オウム?
これは・・・オウム?
いや、ワシの顔をかぶったインコ?
もしくはワシが体に色を塗ってるか。
とにかくワルイ顔をしながら
何やら赤い実を食べていた。
オウムって手で持って食べるのか。

バードパークからイグアス国立公園までは徒歩で行ける。
入場券を購入しようと窓口へ行くと、どこから来たのかと聞かれた。
ニッポンですと答えると、ふーんと言いながら入場券をくれた。
レシートには"Japones"と印字されていた。
国別料金とかがあるのだろうか。
だとしたらこの公園の料金体系は複雑極まりない。

2階建てのバスに揺られ、3つ目の停留所で降りる。
ここが遊歩道の出発地点なのである。

イグアスの滝

階段を降りていくとすぐに水音というかドドドドという音が聞こえてきた。
草食動物の私は視界は広い方だと思っていたのに
それでもその視野に入りきらないほど大きな滝が現れた。
こんなに水量も多くてでっかい滝なんて初めて見た。
ショックを受けていると、幾分周りが騒がしくなる。

アナグマ
 何だ何だと振り返ると、
 アナグマがトコトコと歩いている。
 これがアナグマか。
 何だかタヌキみたいである。
 しかも人に慣れて過ぎていて
 これではまるで飼いアナグマだ。

アナグマはブラジル側でもアルゼンチン側でも至る所にいるのだが、
ゴミ箱を漁ってパンを食べたり観光客に愛想を振りまいて
エサをねだったりしていて、何となくイヤな気分になった。
旅好きの獣好きな私ではあるが、自然の秩序を乱さぬ観光客になりたいものである。

イグアスの滝
ジリジリと暑い遊歩道を
汗を拭き拭き進んで行くと
今度は虹が見える滝に着いた。

この辺りが来ると
もう長袖なんか着てられない。
しかしピリピリと首が痛いので
上着を脱ぎ、日焼け止めを刷り込んだ。

日本語が聞こえるなと思っていると
ツアーでやって来ているらしい
じーさんやばーさんがたくさんいた。
遊歩道は1本だけなので、この後ずっと
ツアーじゃないのにこの日本人達と
微妙に行動を共にする。
というか、共にはしてないが
傍から見ればきっと同じだと思われている。

「悪魔ののどぶえ」周辺では川の上へと遊歩道が伸びており、
水しぶきを浴びながら滝へと近づくことができる。
風向きによっては霧雨のような水が飛んで来るので涼しいのはいいが、
「この水が口に入ってお腹を壊したりしないだろうか」
という考えが頭をよぎり、慌てて口を閉じた。
こんなにたくさんの人がいるんだから、
同じ事を思って口をつぐむ人達もきっとたくさんいたことだろう。

イグアスの滝

イグアスの滝


この川の対岸はアルゼンチンである。
明日はこの2枚目の写真、上の方にかすかに見える遊歩道を渡って
アルゼンチン側のイグアスへと向かう。
アルゼンチン側イグアスでは、「悪魔ののどぶえ」を
目の前で見下ろすことができるらしい。
09

19

23:18
Wed
2007

No.0292

言葉の壁

22時間のフライトの末、やっと降り立ったサンパウロのグアルーリョス空港。
しかし5時間後にはフォス・ド・イグアスへ向けて再び飛び立たねばならない。
両替をしたり空港を探検して時間をつぶすことにする。

まず売店へ行き、ポストカードを購入。
旅の恒例、家族や友人に送るためのものである。
早速マクドで手紙を書こう。と、空港内のマクドへ向かった。
笑顔で迎えてくれる現地の少女店員に向かってオーダーを。

コカ・コーラ!」
あ、しまった。何時間も喋ってなかったので"コカ"の声が小さくなってしまった。
「オラ!」
少女店員はニコニコしながらこう答えた。
オラ!というのは英語でいうHi!みたいなものである。
聞こえなかったみたいなので再チャレンジ。
「コカ・コーラ!ください。」
あああ、上手に喋れない。しかし少女店員はニコニコと
「オラ!」
とだけ言った。
「コカ・コォーラ・・・・くださいぃ。」
「オラ!」

もしかして、通じてない?
これはショックである。
仕方なく、メニューの写真を指差しながら再度コーラをくださいと頼んだ。
彼女はあっと言ってポルトガル語で何か喋りながらうぷぷと笑った。

コーラを注ぎながら他の店員さんに何か喋っている。
「コーラ」と「オラ」という声が聞こえたので多分、
「コーラとオラ!を聞き違えちゃったわ」みたいな事を言ってたのだろう。
何はともあれ、無事にコーラを飲むことができた。
なんて大変な国なんだ。

大変な国。まさしく。
両替や飛行機のチェックインは難なく英語で大丈夫だが
町へ出るとそうはいかないのである。
幸運にも、イグアスのホテルの人はたまたま英語ができたので
他所でも同じように英語が通じるものだと思い込んでいた。

しかし、飲み物を買うにも何をするにも
現地の民間人は1・2・3を英語で言うことさえできなかった。
2レアルのジュースを買うのに店員さんはうんうん悩み、
結局は電卓で金額を打ってもらってお金を払うのである。
こんなんだからお腹が空いても食堂になんかとてもじゃないが入れない。
お金とモノを交換するという方法でなければ不安なので
店先に並ぶパンやパイのような1~2レアルくらいの安いものを
どうしてもお腹が空いた時に買う。
後はホテルの朝食をなるべくたくさん食べる。
そんな食生活をイグアスでは送ったわけである。
しかし水やタバコを買ううちに、1~5くらいまでと
50という数字(3.50レアルなど端数は50か25が多い)だけは徐々に覚え、
これが後に飛行機のフライトNo.を聞き取る時に大いに役立つこととなる。

そんな私が一番最初に覚えたポルトガル語は
"correio"(コヘイオ)
郵便局である。

郵便局
まったく。
こんなに解かり難い
郵便局も初めてだ。
普通ならポストが前にあったりして
見たらすぐにわかるのに
まず入り口は狭い。
それに開店前からすごい行列で
まさかここが郵便局だとは
思わなかったのである。

さて、数字も少しは数えられるようになり、手紙も出せた。
次はいよいよイグアスの滝へ行ってみることにしよう。
09

18

22:50
Tue
2007

No.0291

空を飛ぶ

The Magic Red Carpet
 ブラジルの話を始める前に一つ。
 私は飛行機が嫌いである。
 そんな私が今回の旅の4分の1は空の上にいた。
 ・・・翼と共に。
 延べ10回のフライトで
 9回は翼の横である。


伊丹→成田まではJALの飛行機。
若干152cmの私でさえ荷物棚で頭を打つ程の小さな飛行機で
出だしからヨロヨロと飛び立った。

成田→ダラス→サンパウロの国境超えはアメリカン航空(AA)。
このAAが曲者で、最も長時間のフライトであるにも関わらず
何とも言えないサービスと何とも言えない機内食で大変な思いをした。

ドキドキしながら席に着くと、
向こうの通路に立っていたスチュワーデスさんが一人の男性客へ話しかけた。
「ちょっと、このドア閉めてくれない?」
男性は快くバタムと荷棚の蓋を閉めた。
ボロボロのJAL機にたった一人で乗っていたスチュワーデスさんでも
ドアは彼女が自らチェックしながら閉めていたのに
通りがかりの客に頼むとはさすがレディファースト?
・・・まあいい。

さあ、いよいよ離陸だとコブシを握っていると
頭上のやはり荷棚に目が留まった。

荷棚が半分開いている!!

どうするんだろうかと手に汗握りながら見ていたが
半分開いた荷棚には誰も手を触れず、
何度もスチュワーデスさんが通ったにも関わらず素通りされていた。
落ちる落ちる。荷物だけじゃなくて私も落ちる?
結局荷棚は半分開いたままダラスまで飛んだ。
ただでさえ飛行機が怖いのに荷棚が開いてるなんて
私にはどうしても理解ができない。

イグアスへ
さて、私の飛行機嫌いは乗ることだけではない。
チェックイン手続きも荷物検査も
バッグを預けるのも嫌いなのだ。
入出国審査だってもちろん怖い、
つまり空港自体が苦手なのである。

今回はアメリカ経由ということもあり、荷物検査は大変厳しく
靴まで脱いであのトンネルをくぐらせねばならなかったので
ピンポンこそならなかったものの、チェックインには右往左往した。

チェックインでは預け入れ荷物の有無以外に聞かれることはない。はず。
黙ってチケットを出し、荷物はないと言う。
カウンターの人が怖い顔でパソコンを叩くのを眺め、
ゲートとボーディングタイムだけ教えてもらう。
それだけのはずだったのに。

―何語がいいですか。
フォス・ド・イグアスを去る日の空港でメガネの爽やかな青年が
パソコンを叩きながら聞いてきた。
―えとえと、にほんご・・・はダメですよね。じゃあ英語でお願いします。
荷物はないかといつもの質問をされた後、早く立ち去りたいので
うずうずと待っていると青年は続けた。
―電話番号を聞いてもいいですか〇▲※~?
最後がよくわからなかったが、とにかく電話番号らしい。
―08・・・ん?電話・・・番号ですか。
チェックインで電話番号なんて初めて聞かれたのでパニックになった。
滞在先の電話番号か自宅の番号か一体どっちだ。
とにかく最後が聞き取れなかったので
最後まで同じ声の大きさでもう一度ゆっくり言ってくれと頼んだ。
しかし何度聞いても電話番号を教えてくれと言う。
えとえとと慌てていると、
―ポルトガル語で言おうか?スペイン語?ドイツ語?フランス語?何語ならいいのさ!
きーっと青年は早口になった。余計にわからない。
ので、日本語なら・・・と照れ笑うと、苦笑しながらもういいと言われた。
電話番号は不要?
結局、どこの電話番号かわからずじまいでその場を去った。

サンパウロの夜明け
 最終日。
 出発時刻の3時間前に
 チェックインカウンターを覗いてみると
 長蛇の列ができていた。
 これはいけないと慌てて並ぶと、
 1時間ほどで自分の番が来た。

チェックインの前に何やら手続きがあるらしい。
パスポートとチケットを渡すと、お姉さんが色々と質問してきた。

―どこから来ましたか。
―その荷物は誰のものですか。
―誰かにその荷物を預けたり、預かったものはありませんか。
―エジプトへはいつ、何の用向きで行ったんですか。
―その荷物は何時何分にどこで誰が詰めましたか・・・etc

周りが騒がしい上に早口の英語もよくわからないので悲しくなった。
アメリカには絶対行かないぞと心に誓う瞬間だった。

飛行機も空港もアメリカも当分勘弁してくれと途方に暮れて始まり、途方に暮れて終わる旅である。
09

17

23:26
Mon
2007

No.0290

生還

どうにかこうにか無事に戻ってまいりました。
明日からしばらくの間、
長文駄文の旅日記に入りますが
どうかよろしくお付き合いください。

時差のおかげで今日という日が36時間もある上に
なおかつ明日から平常通り仕事なので
今夜はこれにて失礼・・・
09

07

23:02
Fri
2007

No.0289

前夜

いよいよ明日の朝、旅立ちます。
伊丹空港から成田、そしてアメリカのダラスを経由してサンパウロへ。
トランジットタイムの3時間を除けば片道20時間のフライトに
私の腰がどれだけ耐えられるかどうかはわからないけれど
とにかく私は旅立ちます。

10日後にお会いしましょう。
09

05

23:27
Wed
2007

No.0288

踏んだり蹴ったりどつかれたり。

腰の痛みを耐えに耐えてようやく定時が近づいた17:00過ぎ。
「全然ダメだ。今日は残業するぞー。」
と、急に次長が言い出した。
病院や先生が遠のいていく。
わなわなしながら、病院へ行きたいのでそんなの無理だと言うと
最近ずっと痛がってるしばばるは帰っていいよとのお許しが出た。

いそいそと更衣室へ向かっているとンマさんに呼び止められ、
唐突に「3000円早く払ってよ」とキレ口調で言われた。
何のことだと聞き返すと、昨日の飲み代だという。
ロッカーに財布置いてあるから持って来ると告げて更衣室へ行くと
早く払えと内線電話がかかってきた。
だから今から行くってばとイライラしながらガチンと電話を切った。

お風呂へ入って一休みした後、じゃあ病院行ってくると車を出すと
何とまあ、ご近所の車にぶつけてしまった。
えらく長い車をお持ちのご近所殿は停めてある車庫(?)から
車のお尻が出ていた上に黒い車だったため、全く見えなかったのである。
病院行きたいのに・・・と焦りつつ車の持ち主が帰宅するのを家の前で待ち、
すんませんと平謝りをしてから病院へ急いだ。
事は穏便に済みそうだったが心配のあまり、余計に腰が痛い。

色んなモノが私の病院通いを阻害しているような気がした。

あんなに嫌がってたのにもう戻ってきたんかいと驚く先生に、
今日は車をぶつけましたと言うと、
知恵の輪で遊んでいた隣の患者が怪物を見るような目を向けた。
先生は、かわいそうに・・・と言いながらいつもより痛いマッサージを施してくれた。

先生、それはとても痛いのでイヤです。
イヤでしょうけど我慢しなさい。
先生、そこもとっても痛いので勘弁してください。
ダメ。
痛くて耐え切れず、先生の腕をのけようと試みたが無駄だった。
一人でイヤイヤと騒いでいたが、先生の発した独り言でしょげて黙り込む。

うーん。当分通わなきゃな。

今日の所はこれで終りと言われたのでほっとして起き上がると
そのままちょっと座っててと待たされた。
戻ってきた先生はあの恐ろしいガムテープを手にしていた。
背中にテープ貼りますねと。
先生、かぶれるのでそれはイヤですと首を振ると、
じゃあお腹に貼りますと迫ってきた。
お腹の方がかぶれにくいと言われたので
観念してそれじゃお願いしますと寝転んだ。

背中テープもお尻の辺りから貼られるので結構恥ずかしいのだが
前に貼られるのは大変屈辱的だなと思った。
お腹もかぶれろ。お腹もかぶれろ。
心の中で呪文を唱えながら500円を払って病院を出た。

帰っておみくじを引くと中吉だった。
今日という日の一体どこが中吉なんだ。
09

04

23:38
Tue
2007

No.0287

リバース

17時10分の定時になると書類をトントンと片付けるやいなや
一目散で走って帰り、お風呂へ入って髪も半乾きのままで病院へ駆け込む。
ピリピリと電気をあて、先生にマッサージをしてもらって500円払って帰る。
こんな生活を1週間ほど続け、ようやく習慣化してきたと思ったら
腰は治ったのでもう来なくていいよと言われてしまった。

毎日通うのは面倒だとぶつぶつ言ってた割に、
案外すぐに元通りの生活に戻ることとなった私であるが
元通り・・・?
夕方から寝るまでの時間が今日からすっかり暇になってしまった。
仕事も今は暇な時期なので今日は殆ど1日を座って過ごすと
腰のことばかり考えるもんでやっぱり少し痛くなってきた。

鉛筆を鼻に挟んで遊びながら
今日も病院行きたいなーあと思い始めた。
来なきゃいけませんと言われれば行きたくないのに
来なくていいですと言われると行きたくなる。
そう、私は天邪鬼なのである。
しかし残念ながら今日は火曜日、病院は休みである。
行きたいけどどうしても行けない状況で長い1日が終わった。

やれやれ、帰ってクリーニングでも行こうかなと
IDカードをぶんぶん振り回しながら更衣室へ向かっていると
もしもしばばるさん。
と、呼び止めるものがあった。
振り返るとンマさんが申し訳なさそうに立っていた。
どうやら以前に転勤していった会社の上司が用事でばばる県へ来ているので
ンマさん主催で飲み会を催すらしい。

ばばるさんは飲み会嫌いなのはよーく解かってるけども
自分も早く帰るから一緒に来てくれないかね。
確かにダーツの旅が来るような山奥に住むンマさんだから
早く帰るということにウソはないだろう。
どうせ今日は暇だしなと思い、お供しますと返事をした。

結局、いつもの通りたいして飲まずたいして食わず、
あまり喋らず久しぶりの次長にどうもと挨拶をしただけで帰った。
しかしこの座敷での2時間のお陰で
ようやく陽の目を見始めた私の腰はあり得ないほどに逆戻りである。

帰り道、迎えに来てくれたおかーしゃんに
やっぱり腰は痛かったと告げると
ばかたれ。座敷も悪いけど腰が痛い時に酒なんか飲むからですよ。
と、叱られた。
うむ。一理ある。

でもまあいい。
明日は水曜。
いつものように病院へ行こう。
09

03

21:02
Mon
2007

No.0286

突然ですが

腰が治った。
昨日までは立てないんじゃないかというくらい痛かったのに
会社でも快適で痛みはなし。
若干の余韻は残るものの今日は1日通常の快適ライフを送ったのである。
でも先生はまた明日ねと言っていたので
とりあえず行かねばならんなとアセアセ病院へ行った。

治りましたよと先生に言うと、それは良かったと一言。
そして一通りのマッサージの後、もう通わなくていいと言われてしまった。
えーとガムテープを貼って1週間も通い詰めた私の労力は。
うーんと考えながら微妙な顔をしていると
今日はよく来てくれたねエライぞーと先生が誉めてくれたので
エヘヘと照れ笑いながら帰ってきた。

一つ心配事があるとすれば旅行中の飛行機が
行きも帰りも丸1日座りっぱなしなので
せっかく治ったこの腰が再発しないかという事だけである。
09

02

22:52
Sun
2007

No.0285

鞍替え

「(男は)強くなければ生きていけない。
しかし優しくなければ生きている資格がない。」
などと言ったのはレイモンド・チャンドラーである。
生きていく資格がないまでは言わないがお医者さんだって
ある程度の逞しさは必要だ。

と、いうわけで僭越ながら整骨院を転院した。

いや、先生に不満があったわけではない。
今の先生よりももっと素敵な先生に出会ったからである。

昨日、病院へ行った折に背中のガムテープがかぶれ気味であることを訴えた。
確かに赤くなってるので今日は貼らないでおきますねとおっさん先生は言った。
するとどうしたことか、今日は腰が痛くて痛くてたまらない。
ペラペラテープの有り難味をひしひしと感じながら一人でもがく昼下がり。

しかし、日曜は病院が休みなので駆け込んでいくわけにはいかない。
明日の夜までこの痛みを我慢せねばならないかと思うと
会社なんて休んじゃおうくらいの勢いである。
そこで、日曜診療をしている整骨院へ行く事にした。

新しい整骨院は感じのいいおばさんが受付にいて、
やっぱりおっさん達でごった返していた。
先生は体格がよく快活、マッサージも豪快である。
痛みのメカニズムについての話を聞いているだけでも
何て頼りがいのある先生なんだと顔の下に敷くクッキングペーパーに
空気穴を開けながら感動していた。
そして、診察後には驚くほど腰の痛みは和らいでいたのである。

今通っている整骨院の先生は細身で穏やかな感じだが、
マッサージも何となくコネコネするだけで終わってしまう。
しかもガムテープはすごい威力だがお尻の真ん中辺りまで貼られるので
貼ってもらっている最中はとても屈辱的な気分になるのである。
穏やかで優しい先生はいいが、逞しくて優しい先生の方がいい。
ということに気づいたのが鞍替えの理由だ。

紹介してくれたK殿には悪いが、ガムテープがなければ痛くなるようでは困る。
しかも週に2日も休まれても困る。
そして何より、頼りがいのある先生が私は好きなのである。
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