続続・よいこの1日  -

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04

28

23:37
Mon
2008

No.0364

負けるものか

と、まぁ目当てのヲーターフォールが見つからなかったとしても私はめげない。
滝巡りを始めてから約1年半、いたずらに周りまくっているわけではない。
こんな時は車の中でむーんと考えて、今まで行った滝の中でも
現在地から比較的近い場所にある場所へ向かうのである。
ヲーターフォールというものは、水量や季節によって色んな顔を持っているため
1回くらい行ったところでは彼らの魅力の一部しかわからないのである。

母衣暮露滝


さて、今回訪れたのは
今年一番の寒い日に
延々2時間歩いて
氷で滑って転びながら、
また雪に足を突っ込んで埋まりながら
大変な思いをして見に行った
母衣暮露の滝。
(ぼろぼろ)

氷結した滝を見たくて
延々2時間半歩いて行ったのだが、
普通であれば滝の手前100mくらいまで
車で行くことができる。

ただ私は、

「冬の凍った山道を一人で運転しちゃいけません。」

と、姉に厳しく言われていたためその言いつけを忠実に守り、
それならばと車をちゃんと山のふもとに置いてから

「冬の凍った山道を一人で歩いた」。

母衣暮露滝(氷瀑)


 おかげでいっぱい転んだけれども、
 でっかいつららや積もった雪を初めて見た。
 凍った滝の前では寒さも忘れて見入った。
 帰りは工事のおっさんに拾われてふもとまで
 悠々とトラックで下山した。


 と、そんな感動を覚えた場所だったが
 今回再び訪れてみると、
 前回と同じく巨大な岩盤には
 確かに圧倒されはするるものの、

 ・・・何だか水が少ない。

それでも、今回の再訪によって私は

 坂道だと思っていた遊歩道は実は階段だった。

ということを発見し、それだけでも何となくいい気分になったのである。
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04

27

20:23
Sun
2008

No.0363

本心

天気の良いにちようびは山へ行こう。

これが週末のお約束である。
私のヲーターフォール巡りを知る会社の人達は
一人で山へ入って怖くないのかと聞く。
そんな時私は、ひとつも怖いことなんかありゃしませんと平然として答える。

ユキモチソウ


 が、それはウソである。
 本当はすっごく怖いのだ。
 
 山を歩く回数を重ね、
 以前に比べると慣れるには慣れたが
 まず、植物が怖い。
 木や花は大丈夫だけれども
 変な植物はどうも苦手だ。

 例えばこれ、ユキモチソウ。
 めちゃくちゃ怖い。

名前のない滝は辿り着くまでの道が明瞭でないため、
5分前に通った道も覚えられない私には遭難の恐れがあるということで
今回は蛍滝とおとめの滝と、立派な名前のついた滝を探しに行ったのだが・・・

ソテツみたいな・・・


ばばばっっと音がしたので
荷物を全部放って逃げようかと思った。
私はこういうソテツみたいなのとか
シダ系がどうも怖い。
それが自分よりも大きかったらなおさらである。
この大きく開いた葉っぱに
食べられるんじゃないかと気が気じゃない。
ドキドキしながら辺りを見回すと
さっきの音は葉っぱが私を食べようと
襲い掛かってきたのではなく
シカが私にビビって逃げただけだった。
逃げたいのはこっちの方である。

野生の動物も一人の時は怖くなる。
普段、林道を歩いていてもなかなか出会わないシカだのサルだのと
恐れ多くも同じ道を通るなんてと思ってしまうのだ。

虫も苦手。
もう、ハエだのアタマムシだのは口にでも入らなければ気にならなくはなったものの
幸い、まだ出会ったことはないがでっかい昆虫やイモムシなんかが
急に現れたらきっと心臓が口から出てくると思う。

マムシ・・・は遭遇すると命に関わることなので
まして私は一人歩きなので
マムシの季節は山へは極力行かない。

そんな感じで私は毎回勇気を振り絞って山道を歩いているのである。
で、今日もビクビクと上流を目指していたのだが、
これらシカだの妙な植物だのにいちいち反応していると
自分の背丈よりも高い岩が目の前に立ちはだかった。
つまりどこかで道を間違えてしまったのである。
右も左も同じ風景のこの山の中で勝手に道を修正してみたところで
結局正しい道には戻れず、元来た道もわからず
途方に暮れることは目に見えているので出発点へ戻る事にした。

さて、気を取り直してもう一回やり直そうかとも思ったのだが
わさわさと風に揺れるソテツのようなでっかい植物が、
変な形でにゅっと伸びるユキモチソウが、
余りにも怖くてもうヲーターフォールどころではない。
ただでさえ足元は雑草で埋め尽くされていて
この緑の下には何が潜んでいるのかわからないのに。

今日はやーめた。

と、こんな感じでヲーターフォールに辿り着けずに
帰って来ることは珍しいことではない。
04

26

20:53
Sat
2008

No.0362

衣替え

ここしばらく、うさぎの毛がもわもわと飛び交い、
いくら掃除してもしてもしてもしても抜け毛が玄関周りを走っていたのが
近頃、ようやく落ち着いてきたようである。
抜けゆく毛は束になってうさぎの体のあちこちから飛び出ており、
何となくボサボサになっているうさぎのその背中は、
枝が伸びてきて不揃いになってしまった、丸く刈られた植木を思わせる。
そんなうさぎであったわけだが、今日見るとつるんと毛並みの揃った姿に戻っていた。
我々に先駆けて衣替えが終了したらしい。

と、うさぎが伸びをしたかと思うと足を伸ばして寝転んだ。
新しく買い換えたトイレにアゴを乗せて日向ぼっこをしている。
そんなものを枕代わりにできるのも今日だけですよと言いながら
私は玄関に腰掛けてうさぎのあくびを見ていた。

そこで、はたと気づいた。
うさぎのお尻がボサボサだ。
頭から背中にかけてはもう抜け毛の束はないのに
お尻だけが異様にボサボサだったのである。
抜け毛ブラシで梳かしてやるとゴッソリ毛が取れた。
束は相変わらずお尻にくっついているので指でつまんで取ってやったけれども
セクハラはやめてくれとうさぎが抗議したのでこれ以上は諦めることにする。
あんなに几帳面なうさぎなのにお尻のボサボサは特に気にならないらしく
相変わらず寝そべってうとうとしている。

そんな様子をぼーっと見ながら
うさぎの冬毛が頭から始まって徐々に
お尻に向かって剥けていく様を思い描いた。
そして、夏が終り、風が冷たくなる頃には、
お尻から始まって徐々に
頭に向かって冬毛を被っていくんだったらいいのになと思った。
04

25

22:54
Fri
2008

No.0361

山へ行く時はスタバの特大タンブラーだが、
会社に行く時はステンレスマグにはとむぎ茶を淹れていく。
飲み終わったら洗って会社のユニマットコーヒーを淹れて飲む。

会社に持っていくステンレスマグが最近、次長達の間で人気上昇中である。
お昼休みや朝、マグを片手にぐぴぐぴ飲んでいると
おっbabarくん、それいいね。と、次長達が言いに来る。
蓋がコップ代わりのピクニックか運動会風の水筒は仰々しいから持ちたくないけど
紙コップだと冷めるしぬるくなるし再々給湯室に継ぎ足しに行かねばならないので不便だ。
と、いう不満を次長達はお持ちのようである。
そして、魔法瓶はシルバーや黒と思っているオジサマ達の目には
こげ茶色という色がとても魅力的に見えるらしい。
babarくんがそれを持ってるの見るととてもスマートだようん。ボクも買おう。
どこそこで売ってますからお揃いのマグで並んでコーヒー飲みましょうよと
にこやかに勧めてあげるのだが実はこのタンブラー、私は余り好きではない。

まず、たっぷり入るようにと430mlサイズを買ったのはいいが、
底が深すぎて洗う時に手が底まで届かない。
試験管ブラシのような柄付きブラシがもれなく必要である。

そして次に、飲み口がない。
説明書によると、蓋を取るとダイレクトに飲めるというのが売りのようだが
捻って開けるタイプのこのマグの飲み口はどうも飲み口らしくない。
山へ行く時用のタンブラーには蓋に開閉できる飲み口の穴が空いているのに
蓋とかみ合わせるガザガザ部分が飲み口であるというのがどうも私には納得いかないのだ。
傍から見るとお行儀の悪い人か飲み方を間違っている人のように見えやしないかと心配である。

最後の問題は致命的である。
蓋を開けるとマグ。
しかし温かい飲み物を入れると湯気で口の周りがマグの形に丸く湿気る。
これが大変不快なのである。
しかも底が深いので残り少なくなるとどれだけ注意してそーっと飲んでも
思った以上の量が流れ出てきてあちっっっとなることが多々あり、
その瞬間にマグの中で熱いコーヒーが跳ねて鼻の頭がコーヒーしぶきで濡れるのだ。
また、マグを傾け過ぎないよう気をつけなければ、
我先にと出てくるコーヒーを受け止め切れず口の両端からアゴにかけて
コーヒーの線を作り、まるで腹話術の人形のような顔になってしまう。
顔は拭えばいいがそれがスーツに落ちようものならば
トイレにこもり、ズボンを脱いで情けない格好でシミ抜きに明け暮れることになるのだ。

口周りは常にしっとり湿っているかびしょ濡れで舌は火傷気味、
挙句の果てには身ぐるみ剥がされてトイレでお洗濯。
これの一体どこがスマートなのか私には甚だ疑問である。
04

24

23:28
Thu
2008

No.0360

疑惑 その後

先日の記事に書いた、近所で死体が見つかったという事件。
実はあの事件は本当の話だったらしく今日の新聞に記事が載り、
ばばる社の、とある課のデスクの一角に私は呼び出された。
ここってbabarさんの家の近くじゃないのと。
ああ、おかーしゃんはオレオレ詐欺紛いの被害者じゃなくてよかった。
その記事を見たとたん、私はそう思った。

見つかった女性は最近まで入院していたらしく、
外傷のないところを見ると殺人ではなく、別の場所で亡くなったのを
誰かがアパートの前へ運んで遺棄したのではないかと調べているとのこと。

それ、先週の事件でしょうけーさつが来たとおかーしゃんが言ってました。
噂話好きなオツボネ殿達にそう答えると、
そんな早くに知っていたのならばどうして教えてくれなかったのだと怒られた。
インサイダー情報ですから・・・なんて言うと冗談でもヒンシュクを買いそうな勢いである。
私は確かに彼女達に自分が知っている情報を与えなかった。
が、それはこの事件が事実であることを知らなかっただけで他意はない。
自分の身の潔白を証明するため、私は必死で
「いやね、あれからけーさつの人は何も言ってこなかったし
私はまたおかーしゃんがオレオレ詐欺に引っかかったんだと思ったので・・・」
と、弁解するとオツボネさまは
「babarさん、おかーしゃんがかわいそうじゃないのウソツキ呼ばわりしてっっ」
と、ますます自分の分を悪くしてしまった。

けーさつの人に早朝散歩のことは伏せといたと耳打ちしてきたおかーしゃんだって
私のことを疑っているのだと私は声を大にして主張したが
庇ってくれたおかーしゃんに感謝こそすれ、ウソツキ呼ばわりした挙句に
我々に情報を教えてくれなかったと、ますますますます私の分は悪くなった。

私は、そんなことより誰が遺棄したのかについて話し合いませんかと提案したが
皆、事件に対する興味は既になくなっていたようで
忙しいんだからそんなムダ口叩いてるヒマないのよbabarさんと
柔和な笑みを浮かべながらオツボネ殿達はてんでばらばらに去って行った。
04

23

23:07
Wed
2008

No.0359

牛乳パック2~3本分の甘え

お昼休みにコーヒーを飲みながら読書をしていると
Y殿がお疲れさまと言いながらやって来た。
お疲れさまですと返し、お相手仕ろうと本を閉じると
「babarさん、相変わらずお昼ごはんを食べないのね。太るわよ。」
と、おもむろに呟いた。
無論、私はカチンときた。
「日本人は節約型の体質だから規則的に食べてないと云々・・・」
どうもご親切にウンチクを言ってくださっているが
生憎、私が昼ごはんを食べないのはもう何年も前からのことである。
朝ごはんを食べないY殿とお昼ごはんを食べない私、一日の食事回数は同じだ。
要は私が太ったと言いたいのだろう。

確かに最近、よく飲みに行くし冬の間に蓄えた脂肪が落ちていない。
顔も丸くなったし夏物スーツのパンツはパツパツだしジャケットのボタンも惜しい所で閉まらない。
それでも頑張って背筋を伸ばして閉めようものならボタンが悲鳴を上げている。

そう、私は太った。

毎年のことだがこの季節は本当に着るものに困る。
なぜかというと、スーツでもオフの日に履くジーパンでも
購入時において1ミクロンも太れないくらいのジャストサイズを選ぶため、
冬だからとちょっとでも太ってしまうと洋服は片っ端から入らなくなるのだ。
じゃあ太らなければいいだけの話だがその辺は自分に甘いのでどうしても太る。
太ると言っても2~3kgなので大したことないじゃないかと言われることもあるがそれは違う。
身長152cmの体に2~3kgは結構大きい数値だ。
当然のことながら1ミクロンも太れないような服は着られない。

シビアな顔をしてクローゼットで眠るジーパン達を前に
もちろん私は現在、ダイエット中である。
04

22

21:41
Tue
2008

No.0358

わだかまり

今までにも散々書いたように私はケータイ不携帯な人間である。

時々、一緒に飲みに行く知人はとても時間にルーズであり、
またとても忙しい人でもあり、
21時頃にどこそこで待ち合わせと誘ってきても
誘った本人はその時間に来ない。
1時間ほどの遅刻はかわいいもので大概3時間は遅れてやって来る。
私は、待つことは一向構わないのだが
遅れるのであればその旨、連絡くれればいいものを
音沙汰なしのまま平気で3時間後にやって来るのである。

先日、あまり遅れないで欲しいと言ってみると
今度は絶対遅れませんと確かに約束した。
が、次の待ち合わせもやっぱり時間通りには来なかった。
3時間待った後、痺れを切らして電話してみると
「待ちきれないの。じゃあそろそろ行くわ」
と、平然として言ったもんだから
「もう来なくていいです」
とだけ言って電話を切り、店を出た。
その日の夜中、今どこにいるのかいと電話がかかってきたため
今から来るつもりだったのかと聞くとその通りだと言われた。
約束の時間から4時間半後の話である。
私は当然、家に帰っており既にベッドにも入っていた。
「怒っているわけではないがあなたとはもう二度と待ち合わせしない」と告げ、
それからは来る時間に待ち合わせ場所を決めることにした。

私は、別に遅くても構わないから来れる時間を言ってくれといつも言っている。
短気な私ではあるが、待つのは苦痛ではない。
しかし、来る気のない人を何時間も待つほどにはヒマではない。
この人の場合、到底来れない時間に来れると言って指定してくるのだから
どうせ来ないだろうと思いながら私は3時間を待つハメになる。
それは腹が立つのである。当然だ。

今日の夕方、「今夜遊ぼう」とメールが来た。
仕事が終わったら電話するから家にいてと。
もちろん私は家にいた。
ご飯の時も机の上に携帯電話を置いて
うさぎの小屋を掃除する時もお尻のポケットに携帯電話を入れて
私は連絡が来るのを待っていた。
が、ちょっと目を離した隙に電話がかかっていたらしい。
気がつくと着信アリの青ランプがついていたので
これはまずいと携帯を手に取ると、15分前の着信だった。
急いで電話しようとしたが、その5分後にメールも入っており、
メッセージはこのような内容だった。

「電話でえへんからもう帰るわ」

自宅までは恐らく10分なのでもう家に着いていることだろう。
一度家に入ったらもう次の朝まで出てこない人間であるということも
よくわかっているので出かける準備はその時点でやめ、
気づかなくて申し訳なかったとだけ返信した。

ぱたんと携帯を閉めて思ったことは、
店で3時間、じっと待たねばならないことと
家で3時間、携帯電話を見張り続けなければならないことは
どうも同じことなんじゃないか。
そんな事である。
04

21

22:13
Mon
2008

No.0357

疑惑

そう言えば先日、こんな出来事があった。

―もしもしbabarや、ちょっと話をしてもいいかい。
―よござんす。

仕事帰りに飲みに行こうとお化粧直しをしていたら
おかーしゃんから電話がかかってきた。
いつもならば言いたい事だけ勝手に言って
聞きたいことだけ聞いてしまえば
こちらの話など聞く耳も持たずにバチンと電話を切るおかーしゃんなのに
「話をしてもいいかい」だなんてこれは本当に私のおかーしゃんだろうか。

電話口でやや動揺気味のおかーしゃんに一体何があったのかと問うと、
何やら昼間、警察がやって来たのだと言う。
詳しく聞いてみると、話はこうだった。

昨日、家のすぐ近くのアパートで女性が死んでいた。
色々と調べているので何か変わった物音を聞かなかったか、
昨日そのアパート付近を通らなかったかなどを教えて欲しいとのこと。

殺人ですかと聞くと、おかーしゃんはそんなの知るもんかと鼻を鳴らした。
何で知らないんだいと再び聞くと、
「アパートで」ではなく、「アパートの前で」死んでいて死因はまだ不明らしい。
じゃ、病気か何かやねきっと。と、返答するが
おかーしゃんは死んだ原因についてあまり興味はないようだった。

で、私のおかーしゃんはドコモの家族通話が無料になったから
そんな世間話をするためにわざわざお化粧直し中の私に
電話をかけてきたのかと言うと決してそうではない。
その自称けーさつが、他に一緒に住んでいる家族にも話を聞きたいということで、
おかーしゃんは娘が一人いるが仕事で日中はいませんと答えたのだそうだ。
もし何か連絡があってbabarが驚いちゃいけないと思ってねと、ため息をついた。

物騒な世の中であるからこの住宅地だって何が起こるかわからない。
救急車だって3日に1回は来ているのだし。
殺人だろうが心臓発作だろうが行き倒れだろうが
何だって起こりうる可能性はある。
もちろん、けーさつを名乗るどこかの輩がオレオレ詐欺まがいの事をする恐れだって
十二分にあるだろうなと思いながら、
ふんふんよくわかりましたよところで今日は夕飯いりませんからねと
電話を切ろうとすると、おかーしゃんは最後にそっとこう言った。

―あのね、babarが早朝に散歩行ってることは言ってないからね。

・・・どうもありがとう。

私はおかーしゃんのお陰でオレオレ詐欺の類の人に早朝狙われることはないだろう。
が、真偽の程は定かではないけれども少なくともおかーしゃんは
本当の刑事さんだと信じている彼らに、私が早朝出歩いていることを伏せた所を見ると
おかーしゃんは何か私の早朝散歩にギモンでもあるのだろうか。
04

20

20:34
Sun
2008

No.0356

山開き

空

朝は何となく曇っていたのに昼前から青空が広がった。
そうだ山へ行こう。
先日、さるブログでかわいらしいツツジの花を見て
どうしてもあのツツジが見たいという衝動に駆られたのである。

雪の残る3月末、フキノトウを探しに来てから1ヶ月も経ってないのに
らくだのコブのような遠くの山にもりもりと緑が茂っており、
ついこないだまでカサカサだった様子は一変していた。

柵をすり抜けて歩いていると、去年はなかった鉄の柱がいっぱい立っている。
風車を立てているらしいのだが工事現場の傍を通るのはイヤなので、
いつもは牧場を横切る所を手前の方から早々に山道に入って歩くことにした。
とは言っても山道と牧場は殆ど平行なので
風がそよぐ草原とアタマムシがそよぐ山道とは
ほんの1mくらい右を歩くか左を歩くかの違いなのである。

イヤイヤと手を振り回しながらアタマムシを蹴散らしつつ歩いていると
いつしか牧場の気配がなくなっていた。
しかし歩いた時間からすると位置的には牧場の半分くらいの場所なハズ。
牧場がすぐ隣になさそうなところを見ると1本奥の道を歩いていそうな感じである。
・・・まあ、どうにかなるだろうとずんずん歩いていった。

次におかしいと思ったのは道が左巻きに下っていたからである。
山の上に車を置いたのに歩いて下山してしまったら何のための車かわからない。
しかも私の目的の山道は右登り方向なのに。
そこで、急いで来た道を引き返すことにする。
ある程度戻ってみると、牧場の方向へと進む右向きの道を見つけた。
何となく想像と違ってはいるがここを行く。だって右だから。
案内板の指していた場所よりも10m程手前だったが、この道は牧場の出口前に繋がっていた。
道は違っていたけれども知ってる道に出てきたのでまあヨシとしよう。

しかしどうにもツツジは見つからない。
再度案内板を見ると、ツツジは5月下旬ですよと書いてあった。
ガッカリしたがそのまま歩いていると、知らぬ間に登りの道にさしかかっていた。
あれ、また間違えた。。
今度は階段を使って下らねばなのにこの道は別の山に登る道である。
おかしいこんな所まで来たことなんてないのにと思いながらまた来た道を戻る。
戻るとちゃんといつもの階段はあった。
しかしその階段もいつもと違い、落ち葉や石ころがいっぱい落ちていて
気を抜くと足を滑らせて斜面を転がっていきそうである。
ドキドキしながら足元を見つつ地面を踏みしめていると、やっと階段が終わった。
やれやれあとはなだらかな道・・・がない。
確かにコンタクトは度が合ってないけれども、どう見ても道ではなくてこれは斜面。
もう意味がわからないけれども道がないんだから仕方ない。引き返す。

今日は何だか迷子になっただけだった。

さて念願のツツジだが、実は1株だけ見つけた。
紫色のちょうちょのような、あのブログで見た写真によく似たツツジだ。

サクラ
サクラを見ながらの帰り道、
山の斜面から1枝だけちょろりと出ていたのである。
車を停めて見入っていると後ろからやって来た車に
ぷぁぷぁーとクラクションを鳴らされやむなく素通りしたのだが。

だから、写真はなし。
04

19

21:16
Sat
2008

No.0355

親子の絆

麻酔が切れた後の痛さが怖くてその日はもらった鎮痛剤を飲んで早く寝た。
薬は毎食後に飲むルキソニンと抗生物質が3日分、
痛くなったら飲むボルタレンが3粒という心細い量しかくれなかった。
受付のおねえさんの説明は真剣に聞いたつもりだったのに
毎食後に飲む薬が痛み止めだと気づいてなかった私は
こいつがなくなった時に私は死ぬかもしれない・・・
と、小さな茶色いツブツブを前に腕を組んだ。

翌朝。
寝ぼけながらも早く薬を飲まなくっちゃと通勤前に2粒の白い錠剤を飲む。
会社では、昨日余りの痛さに暴れていた私を心配して
同じ課の人々が「ばばるさんだいじょうぶだったのだったの」と声をかけてくれた。
私は有無を言わさず歯を抜かれて今日はその傷で痛いこと、
痛いのに先生は鎮痛剤を3ツブしかくれず途方に暮れていること、
明日は顔が腫れるだろうということを涙ながらに説明した。

お昼頃、普段は昼食を食べないのだが薬を飲むために
ドーナツを一つ食べていそいそと薬袋を取り出した。
茶色いツブは当日の夜に飲んでしまったのであと2つしかない。
歯は痛いけれどもこれは最後の砦としてもしもの時のためにとっておかなくっちゃ。
そして白い錠剤を取り出すと、「ルキソニン」と書いてあった。
えぇっこれも痛み止めやないのーと、ここでやっと薬の正体に気づいたのである。
どうして気づかなかったのかと言うと、この「ルキソニン」という薬が
私の口内の痛みに対して何の癒しも与えてくれなかったからというのが
理由の一つに挙げられよう。

歯(正確にはハグキ)は痛いけれども今日は会社の上司と
飲みに行く約束を先週からしていたものでどうしても行かねばならない。
そして今晩飲みに行けるくらいなのだから明日は顔が腫れようが熱が出ようが
どうしても会社を休むわけにはいかない。
楽しみにしていたので飲みには行きたいけど歯(グキ)が痛い。
明日は顔が腫れるから会社を休みたいけど今晩はどうしても飲みに出なければ。
飲みに行きたいけど行きたくない。というジレンマを抱えて1日を過ごした。
ただ、幸運なことにこの日は1日中新人密着研修をするように言われていたため
社内ではずっと冷えピタを貼って過ごすことができたのである。

飲みには行った。
夕方5時過ぎに仕事を終え、上司の会合が終わる9時まで
ウロウロと歩き回ったり喫茶店で本を読みながらコーヒーを飲んだりして待つ間、
薬が切れて痛みと戦う4時間を一人で過ごす。
薬の効き目は4~5時間なのだから夜ご飯後の薬はなるべく遅く飲みたい。
そんな思いでひたすら耐えに耐えた。
と、いう私の結構な努力とは裏腹に、いつもは2時や3時まで飲んでいるのに
その日はなぜか早くにお開きとなり23:30にはタクシーに乗っていた。

さて、問題の金曜日である。
昨日の冷えピタが幸を奏したのか何と顔は腫れなかった。
その代わりと言ってはなんだが、
かのんの左頬が腫れていた。
えぇっと驚いて獣医さんに連れて走ったら
ハグキが腫れているとのこと。
私への投薬は土曜日までだが
かのんは日曜から10日間の投薬を受けることになる。
04

18

22:02
Fri
2008

No.0354

問答無用

おかーしゃんに勧められたその歯医者では、
メガネをかけた殿方がいろんな外人さんと温泉入ってたり
どこかの会場で肩を組んでたりする写真が至るところに貼られており、
オールディーズやハワイアンのやたら楽しげな音楽が流れていた。

ひざ掛けの端を握り締めて座っていると
向こうの方から「やあやあどーもどーも」みたいな声が聞こえてきた。
何だかやかましい歯医者だなーと思っていると、
待合室の写真に写っていたメガネの殿方が私の前に現れた。
「いやーどーも娘さんですかいつもお世話になってます
えっおかーさまのご紹介、あ、ボク院長のなんとかですよろしくお願いしますよ。」
「は、、、はぁ。せんせ・・・?ですか。どうぞよろしくお願いします。」
やかましい声の主はどうやら院長先生だったらしい。
先生はまだ何か喋りながら向こうの方へと遠ざかっていき、
別の診察台で相変わらず喋りながら治療をし、
声が聞こえなくなったかと思うとまた喋りながら奥の方から出てきて再び私の前へ。
「えっなに親知らず?うーんよし抜きましょうでも痛いよ前に上は抜いてるみたいだけど
それの15倍ですよいやだいじょうぶボクが抜くからねやりましょううん。
あ、ちなみにここの奥歯、ないじゃん。知ってた?セラミック欠けてなくなってますよ知ってた?」
いきなり歯を抜かれる事になったショックと高かった歯がないと言われたショックで
もう私は首を振ることしかできなかった。ただ、「痛くしないでくださいね」とだけ念のため。
「いやいやそれはできませんよムリムリ麻酔はしますけどね
あ、言っとくけど麻酔も痛いですからねわはははは・・・・」
わ歯歯歯歯・・・?
歯を抜くのは今度にしたいと言おうとした次の瞬間には歯茎に麻酔を塗られていた。

麻酔はとてもとてもとても痛かったけれども、
顔にタオルをかぶせてくれていたので大口を開けたしかめっ面をさらけ出す。
と、いう屈辱は免れた。
で、本番の歯はというと、
「下準備しますねーじゃあいきますよー心の準備はいいですかー終わってますけどね。」
と、言う具合でどうやら「下準備」が本番だったようである。
「最後に腫れ止めの注射もしときますね」と細い注射針の先から
ぴゃっと液を出しながら迫ってきた先生が突然腕を出してくださいと言った。
「えぇっっ」と驚いて仰け反ると、ウソですと笑いながら歯茎にぶさっと注射をされた。
「まあ、こんなのしても腫れるんですけどね仕方ないですねお疲れさん。」
わーわーと騒ぎながら先生は忙しそうに次の診察台へと移って行った。

「薬は出された分全部飲んでくださいねじゃないと効きませんから
今日のお風呂はシャワーにしてくださいね運動しないでくださいね
あと痛みのピークは今晩です腫れのピークは明後日ですから
イヤだったら夜とかは冷えピタでも貼って冷やしてくださいね気休めですがふふふ。」
受付のおねえさんは腫れたほっぺたを押さえるマネをしながらこんな説明をしてくれたが、
私は「腫れのピークは明後日」という言葉とほっぺたを押さえている手が
とても膨らんでいるのに「えっそんなに腫れるの」と大変驚き、
ぱんぱんのおたふく顔で窓口に座る明後日の自分を想像しながら
それを先に言ってよと麻酔の効いた唇をつねっていた。
04

15

23:00
Tue
2008

No.0353

親知らず

「おとーさま、さぶいねぇぇ。。」
星がたくさん出ている寒い夜に歯をガチガチ鳴らしながら
自転車の後ろに乗って父上に声をかけたのは
一体いくつの頃だったのかよく覚えていないけれども
あれはbabar銀行のビルの3階?4階?にある歯医者に行く途中だった。
と、これは私の中で一番古い歯医者の記憶である。

会社帰りのバスの中でほっぺたを押さえながら外を眺めていると
その歯医者さんは20年(ぐらいかな、いやもっと前かも・・・)経った今も健在らしく、
相変わらずbabar銀行のビルの窓に「なんとか歯科」と書いてあった。
ほっぺたを押さえているのは別にノスタルジックになっているわけではなくて
単に歯が痛いだけなのだが。

2年程前・・・
痛くもないのに気まぐれに歯医者に行ったところ、
とんでもなく悪化した虫歯を発見されて我慢強いコだねと先生に誉め(?)られた。
そして治療のために一つ奥にある親知らずを抜き、
銀歯にしなさいという先生の勧めを断ってセラミックのカブセをはめた。

その1年後・・・
「うーん何だか歯が痛いかもしれない。」
と、何となく思っていると間もなくすごい痛みに襲われた。
前回は痛くなかったのに手遅れでカブセをはめた。
こんなに痛いなんて今回は一体どこまで進行しているのだろう。。。
恐ろしくなって会社に遅れますと電話した後、近くの歯医者に飛び込んだ。
―うーん。虫歯じゃなくて親知らずですね。よし、抜きましょう!
―えーと。今日は心の準備が・・・じゃなくて仕事があって時間ないのでイヤです。
―そうか。残念だなぁ。じゃあ予約していってくださいね。私、抜きますから。
―えとえと、、わかりました。じゃあ土曜日の朝にまた来ます。
そうして迎えた土曜日の朝、歯は痛くなかった。
上に前日の夜飲んだアルコールでまだ酔っ払っていた。
「痛くないし虫歯じゃないし行かなくていいですよねおかーしゃん。」と問うた私を
「あらーいいわよいいわよ行かなくてー」と快く許してくれたおかーしゃんに甘えて
歯医者に行かなかった。
その日の昼頃、自宅の留守電には「歯を抜かせてください」と入っていたが
私は鼻歌交じりにそれを消去した。

それからはしばらく痛かったり治まったりを繰り返していたが
生えんとがんばる新しい歯にフレーフレーと心の中で旗を振って応援していた。
しかし。今回は頭痛も伴いどうにもこれは痛すぎる。
痛みのサイクルも2~3日おきと小刻みになってきた。
「おかーしゃん、歯が痛いのです。私ってば病人・・・」
と、弱々しく言ってみたが、
「何言ってんのバカたれ。おかーしゃんこそ風邪ひいてこっちの方が病人よぉ。」
と、冷たく突き放されてしまい、私は途方に暮れている。

そろそろ覚悟を決めて歯医者へ行こうと思う。
04

14

22:42
Mon
2008

No.0352

親の心子知らず

私には子供が3人、いや3匹いる。
彼らの世話をするのは普通に結構大変である。
世のうら若き20代女性よりも私が所帯じみているなと思う人がいれば
その辺のことをどうか考慮して欲しい。

長男のかのんは、私が眠い目をこすりながら
朝の5時に起きて散歩へ行こうと声をかけると眠いからイヤだという。
冬なんかは起こすとキバを剥いて怒り、毛布の下へと帰っていく。
春先~夏はまだいい。5分くらい揺すっているとそのうち目が覚めるから。
ただ、目が覚めたら覚めたでぐずぐずしないで早く外に出せと吠える。
外に出たら出たでしばらくというか10分も歩くとだるいと文句を言う。
それでも励ましながらお散歩を続け、やっと家に着いたかと思うと
最後の50mは突然猛ダッシュ。
お互いトシなんだからさ・・・と、毎朝この瞬間に思う。

次男のうさぎは、几帳面である。
おもちゃでも何でも出しっぱなしにするかのんと違い、
ご飯を食べるのも上品だし暇があったら毛づくろいするか水を飲むかだ。
もちろん、トイレだって大概はちゃんと決まった場所でできる。
私も実はキレイ好きなのでうさぎの家は毎日洗ってあげる。
トイレもちゃんとトイレ用洗剤で毎日洗ってピカピカ・・・なはずなのに。
ある日を境に粗相が多くなる。
粗相が多いと日々の掃除は格段に大変だ。
そんな日が3日ほど続くと私はトイレを買い換える。
すると、彼は新しいトイレの上にかしこく座って用を足すのである。
どうやらトイレが古いとお気に召さないらしい。
汚いトイレはうさぎがイヤだろうと私は毎日彼のトイレを磨いているというのに。
どうも、彼にとっての問題は汚れの有無ではないらしい。

末っ子のハリネズミは・・・
何というか、懐かない。
実はまだ懐かないのである。
ご飯を持って行った時にたまたま起きていても
目が合った瞬間に「やべぇ・・・」とでも言いたげないやーな顔をする。
そして動きが止まる。
しばらく見ていると、じりじりと少しずつ後ずさって
滑車の後ろとか寝袋の中とか牧草ハウスの中とかに逃げていく。
うさぎよりも小さい癖にうさぎよりも大きな豪邸に住み、
飲み水はミネラルウォーター。(うさぎはミネラルウォーターがお嫌いらしく
水道水の置き水しか飲まないだけだけど。)
私の月々の電話代より高い滑車で夜中回りまくり、
わざわざトイレを設置しているにも関わらずその滑車がトイレ代わり。
パイン材はダメとのことでポプラのおが屑をお取り寄せ。
寒さに弱いからと激高灯油のファンヒーターを独り占め、
暑さにも弱いからと夏場は大理石の上で寝そべる生活。
そしてせっかくおやつを買ってあげても気に入らなければ全て吐き出し、
もっといいものないかないかと手によじ登ってくる。
さすがは末っ子、大変な我がまま坊主(娘かも)である。

本日、風邪を引いてすぴすぴ鼻を鳴らしながら
寝ているおかーしゃんは、何を思って日々を過ごしているだろうか。
04

13

19:15
Sun
2008

No.0351

玉乗り

整骨院を(勝手に)卒業して約半年。
実はここ最近、非常に厳しい状況が続いている。
整骨院の先生に言われたとおり、(殆ど)毎日腹筋はしているが
やっぱりどうしても腰が痛い。
病院に通い続けるのはどうしてもイヤなので
相変わらず自宅でできる腰痛対策を根を詰めて調べては
余計に腰を傷めている毎日である。

先日、腰痛対策にはバランスボールがいいと聞いた。
バランスボールか。そう言えば・・・

いそいそと2階へ上がり、押入れの奥を引っ掻き回して
「そう、これこれ」とビニール袋を取り出す。
一昨年、会社の忘年会で行われた不用品オークションで
バランスボールを落札したのである。
エクササイズでもしようと息巻いて落札した癖に
一度も膨らますことなく眠っていたが遂に陽の目を見る時がきたようだ。

空気入れを踏んで早速膨らませてみた。
これくらいでいいかなと思い、説明書を見ると
「付属のメジャーと同じ大きさになるまで膨らませてください」
と、書かれていた。
袋の中には両端に穴が空いた白くて長い紙切れが入っている。
穴に空気入れを噛ませてみると、まだまだ空気が足りませんよといった感じだった。
再度ポンプを踏んでいると、腰が痛くなってきた。
腰痛対策のためのバランスボールを膨らませるために
腰痛になるなんて何とも皮肉な話である。

とにかく、メジャーと同じ大きさまで膨らませた。
が、できあがったボールは超特大サイズでどうも使えそうにない。
確かこの出品者は、転勤していったM次長だったはずだが
M次長が使うにしても大きすぎる気がする。
しかしせっかく苦労して膨らませたんだからとちょっと試しに座ってみる。
・・・足がつかなかった。
悔しいのでボールに乗ってTVを観ているとかのんに吠えられた。
「貸して欲しいのかいかのん。爪立てるからダメ。」
と、断るとより一層吠え立てた。おかげでTVの音なんて聞こえない。
うるせーと文句を言いながら玉乗りを続けていると
おかーしゃんがかのんにそっと耳打ちした。
「かのんや。明日babarが仕事言ってる間にこっそり遊びましょうね。」
そんな事言うなら私、明日はバスじゃなくてこれに乗って会社に行くからねと
ユラユラしながらおかーしゃんを睨んだ。

さて、あれから1週間。
超特大のバランスボールは私の部屋で転がっている。
使っているわけではないが空気を抜くのが面倒なのである。
もう、こうなったらかのんにあげようかと思う。
04

12

22:04
Sat
2008

No.0350

お土産

旅行と言えばお土産。
お土産と言えばスウィーツであろう。
初日、新千歳空港に降り立ったのは15時過ぎだった。
かの有名な「白い恋人」が、その時刻には既に完売しており驚いたものである。
復活を待っていたファンの多さが伺える。
そしてもう一つ、バカ売れしていて現物を見れなかったのが
花畑牧場とやらの生キャラメルである。

帰りの空港での時間待ちにもお土産スウィーツを物色。
昼前だったため、白い恋人はまだまだたくさん残っていたが
積み重なった箱の段が次々に減っていく様は見ていて大変愉快なものである。

スフレ、チーズケーキ、とうきびチョコ、ラング・ド・シャ、チーズケーキ、チーズケーキ、スフレ・・・
他の土産物はどこを見てもメーカーが違っても同じものばかりだった。
しかし買うのは"ルタオ"の絶品チーズケーキ「ドゥーブル・フロマージュ」と決めている。
が、とりあえず試食はしておく。念のため。

チーズ臭くなりながらも相変わらずウロウロしていると
初日はパネルの写真しか見ることのできなかった生キャラメルが1個だけ残っていた。
キャラメルは余り好きではないがそんなにおいしいのであればと購入。
これは後日、友人達においしいと大ウケだった。

何だか騒がしいなと思っているといつの間にかある店の前に長蛇の列ができていた。
なぜ皆さん並んでいるのと店員さんに聞いてみたところ、
カルビーが出している北海道限定のスナック菓子を買うためですよとの返答を得た。
キャラメルにスナック菓子に白い恋人にと北海道のお土産争奪戦は凄まじい。


ところで、私は小樽で購入したお土産を宅急便で送った。
お酒を買って重くなってしまったからである。
しかし何とも言えないことに私の方が先に帰ってきてしまい、
お土産は翌日到着した。
よって配るのが1日遅れてしまった。
しかしそれはまだいい。問題は次である。

宅急便の梱包や発送をお土産屋さんに頼んだところ、
包装もされてなければ紙袋もついてない丸裸の品々が
ダンボールに丁寧に入れられてやって来た。
大変憤慨した私は、入っていたお客様アンケートに
「せめて紙袋くらいは入れてくれなきゃぁ」
と、書いてポストに投函させて頂いた。
そしてその足で文具店へ行き、無地の包装紙を買って
かわいそうな裸のお土産達を包んでもらったのである。
04

11

22:02
Fri
2008

No.0349

閑散

親水広場への小道は大変な悪路だった。
と、いうことに気づいたが時すでに遅しだった。
雪を除けてくれていたのは下り口周辺のみであり
あとは下までずっと雪に埋もれていたのである。
写真で見る限りでは恐らく階段になっているのであろうが
私の見る限りでは雪の坂道である。
恐る恐る足を乗せてみるとツルリとした感触で
親水広場までまっしぐらに滑り降りていける滑り台になっていた。
確かに車道を辿るよりはずっと早く着くだろうが
何となく躊躇してしまうショートカットである。
しかしここで引き返すのもなんなので、階段の杭を飛石にして
とりあえずこのまま下へと進むことにする。

広場をしばらくそぞろ歩いた後、商店街(?)というか
宿や土産物屋さんが固まっている区画へ行くと
喫茶店が1軒のみ開いているのみで、他の全てのお店は閉まっていた。
まだ14時なのに・・・訝しがりつつも、
夕日が見られる時刻まで温泉にでも浸かろうと一旦部屋へ戻ることにした。
滑り台の道を登るのは難しかろうと思われるため、
帰りは川沿いの車道を辿って帰った。

支笏湖


ひとっぷろ浴びて再び白い滑り台の道から下へ降りる。
時計を見ると17時だった。
店は相変わらず閉まっていて、唯一開いていた喫茶店も閉店後の作業をしていた。
その様子を見ていたらコーヒーが飲みたくなったので
さっきと同じように車道を辿って帰った。

売店でお風呂上りに飲もうと特大ビールとポストカードを買っていると、
フロントの女性が「babarさま、明日も散策されますか。」と言いながらやって来た。
「ええ、朝ちょっと歩こうと思っとります」と答えると、周辺マップをくれた。

木々



翌朝5時。朝風呂に入った後、昨晩もらった周辺マップを片手に再度出発。
大して寒さは感じてなかったものの、
昨日は雪解け水で湿っていた遊歩道はスケートリンクと化していた。
くちばしが曲がるんじゃないかと思うくらい木を叩きまくるでっかいキツツキを見上げながら
今回は周辺マップに沿って2時間程歩く。
8時過ぎの商店街はやはり人っ子一人おらず、固くシャッターが閉ざされていた。

散策から帰り、4度目のお風呂を簡単に済ませてチェックアウト。
商店街の前にあるバス停まで送ってもらったのが9時半。
店はそれでも閉まっていた。

バスの車窓から景色を眺めながら、
結局開いている所を一度も見られなかった店のことを思う。
営業時間は1日何時間なのだろうか・・・とかそういうことを。

そう言えば・・・と、膝を打つ。
宿を取る時、殆どの旅館が5月まで休業でなかなか見つからなかったんだった。
道理で観光客も殆ど見かけないわけだ。
当然、店など開いているはずもない。
04

10

21:04
Thu
2008

No.0348

支笏湖へ

親水広場
 小樽では、
 その地を離れる日になって
 初めて晴れた。

 と、いうか支笏湖は
 訪れた初日から晴れだった。
 
 しかし、宿を探すのには
 本当に苦労した。
 お一人様プランが少ない。
 と、いうよりも
 空いている部屋はたくさんあったが
 開いている旅館が少なかった。


私が泊まったのは去年の大久野島に引き続き休暇村。
そう、国民宿舎である。

去年は10畳の広い和室で広々滞在だったが今年は洋室ツインのお部屋である。
チェックイン時間よりも大分早く着いてしまったが送迎車はちゃんと来ていた。
じーさん&孫グループと相乗りで車に乗り込み、宿へと向かう。
3分ほどで休暇村に着くと、玄関で迎えてくれたひょろりとした若い殿方が
小枝のような細腕で私の荷物を運び、ご親切にそのまま部屋まで案内してくれた。

和室の方がいいのになと思っていたのだが、
私の部屋は温泉と自販機コーナーの傍だったため一気に機嫌が直った。

湖面
国民宿舎のいい所は
従業員が親切な上に
動植物など自然の知識が深いこと、
そして客にワカモノがいないことである。

夜中に騒ぐ輩もいなければ
瑞々しいカップルに遭遇して
こちらが遠慮することもない。
だって客は中高年か
ワカモノはいてもクソガキ殿くらいだ。

規則正しい時間に動く彼らとは
殆ど会う機会はないため
広い宿で何人泊まっていようと
常に温泉は一人占め、
展望台にも誰もいない。


明るいうちに散策してみようと外に出るが、本来は芝生であろう場所も
歩道であろう場所も全て雪で埋もれていてもちろん森には入れない。
展望台から太陽の光がビシッと目に突き刺さる程反射する湖面を眺めながら
さっきの送迎車できた車道を辿るよりも
この山の真下にある広場へ真っ直ぐ下りる道はないかと探っていると
「親水広場→」という看板を見つけた。
ちゃんと雪も掻き分けてあって歩けそうだったため、ここから下りてみることにする。
04

09

20:34
Wed
2008

No.0347

町歩き

小樽運河

小樽での最初の仕事はドコモショップ探しである。
方向音痴の私は道に迷った時に宿に電話しなくっちゃなので
普段はケータイ不携帯者と言われるがこういう時はちゃんと携帯するのである。
が、充電してくるのを忘れたため充電器を求めなければならない。
大きな通りを縦横無尽に歩きまわり、小樽駅の前で見つけた。
ただ、今日はもう閉まっているので明日の朝一番に駆け込むことにする。

いくら暖かいと言えどもこの気温、私には冬の寒さである。
久しぶりに手がかじかんでしまい、夜道を一人で歩きながら
手袋持ってきたのに宿に忘れたことを悲しんだ。


ヴェネチア美術館岩永時計舗


2日目はまずドコモショップである。
充電器を買い求め、ポケットに入れて歩き出す。
さあ、町並み拝見・・・と言いたい所だが歩き出して30分も経たぬ間にイヤになってきた。
数歩歩けばタクシーのおっさんに捉まり小樽の海岸は素晴らしいので行こうと勧誘され、
また数歩歩けば人力車のにーちゃんに小樽運河は広いので
遠くへ連れてったげるから早くボクの後ろに乗りなさいと勧誘される。
交通機関を使って遠くへ行けばきっといいもの(場所)があるのは確かなんだろうが
こうしつこいと意地でも遠くへなんか行くもんかと天邪鬼を発揮。
そこで、観光はやめてお土産探しに没頭することに決めた。

お昼前、せっかく北海道に来たのだから
1食くらいはおいしいものを・・・と思い立った私は
少しでもお腹を減らそうと町中を歩いて店を探した。

なかなか入りたいお店が見つからず、
歩きすぎて思った以上にお腹が空いてしょぼくれていると
交番(?)の前で「こらっ!」と呼び止められた。
スイマセンスイマセンと振り返ると、おっさんが立っている。
おじさんは交番の前に貼ってあるヒゲ面のお巡りさんのポスターを指差しながら
「貴方は素敵なので逮捕します・・・」
というポスターに書かれた文言を読み上げた。

 ―出世前広場には行きませんか。
 ―(あなたがいるから)行きません。
 ―このポスターの前でみんな写真撮るのであなたも撮ってあげよう。カメラをお貸しなさい。
 ―イエ、写真に写ると寿命が縮みますので私は結構・・・

苦笑いをしつつ、お腹も空いたしあまり関わらないでおこうと早足で通り過ぎようとしたら
そのおっさんが後からついてきた。

 ―お一人ですか。
 ―えっ。お一人です。
 ―どこから来たのですか。
 ―babar県より参りました。
 ―ほう、私は生まれも育ちも小樽なんです。
 ―そうですか・・・
 ―で、おいしーものは食べましたか。
 ―ええ、先ほどたくさん食べてお腹いっぱいになりました。
 ―あ、そう。じゃ、楽しんでくださいね。

50mほどおっさんとご一緒したが、彼は諦めてまたポスターの前へ帰っていった。
ああ、お腹が空いた。

願いの叶う木光と香りの館出抜小路
04

08

23:20
Tue
2008

No.0346

小樽の宿

列車の中から


長い大阪での1日はさておいて。
関空を飛び立ち約2時間、降り立ったのは北海道である。
シーズンオフのこの地をなぜ選んだのかというと
せっかくもらった航空券で行ける最も遠い場所だから。

北海道は2度目の訪問である。
1度目は高校生の時、春の修学旅行だったのだが
IZAMU(・・・だったかな)を空港で見かけて"でけぇ・・・"と思ったことと
変な像の前で写真を撮ったような記憶がかすかにあるくらいで
観光した記憶は残念ながら殆ど残っていない。

最初の目的地は小樽。
硝子が買いたい小樽運河の夜景が見たいオルゴールが欲しい
などと列車の中で色々考えていたが
滞在中、殆ど観光らしいことはしなかった。
じゃあ何をしていたのかと言うと、私は宿にいた。

コテージ1

私が泊まった宿は
「坂の上館」というコテージで
昭和8年に建てられたものを
改装して使っているのだそう。

一棟だけなので1日1組だけなんだけれども、
平日のこんな季節にあまり旅行者はいないのか全然余裕で予約が取れた。
国内旅行ではいつもお一人様の宿泊できる宿を探すのに骨を折り、
ビジネスホテルに泊まるのが常だったが
今回は一人でとても広々とした一室を借りることができたのである。

コテージ2

 実は、この宿がとても気に入ってしまったため
 いつもの旅なら早朝から夜中まで
 ウロウロと散策するところを
 朝はゆっくり起きて昼間ちょろっと動き、
 夕方、早々に宿へ帰り
 お風呂に入って
 海を見ながらビールとご飯。
 と、こんな感じである。

宿に着き、管理人さんの家を訪ねてこんにちは寒いですねぇと言った。
管理人さんはえぇぇっ今日は驚くほど暖かい日ですよと言った。

コテージ3

残った雪を蹴りながら、
そちらの方は雪はもうありませんか。
と聞かれたため、
街中でこんなにたくさんの雪を見るのは
生まれて初めてでございます。
と、答えると
管理人さんは、より一層雪を蹴りながら
ほほほほこれでもがんばって
溶かしてみたんですけどね。
と、笑った。


溶かした・・・?
私はその時、管理人さんがヤカンを持って
一生懸命雪にお湯をかけている様を思い浮かべた。
04

07

18:40
Mon
2008

No.0345

待ち続け

大学時代の友人はとても名残が惜しいのではあったが
先ほど1時間で退散してきたボランティアの方の友人たちから
もう飲み始めたから早く来い来いとの催促メールが来ていたので
19時過ぎにそろそろこれにてと席を立った。
ボランティアの友人達は比較的よく会っているので
メインは大学時代の友人に会うことではあったのだが
さすがに今日の逢瀬を1時間で済ませてしまうのは申し訳ないと思ったからである。

さて、彼女達を追って居酒屋へ入ると
ご飯は既に終盤を迎えていた。
思えば今日はさっきのケーキ以外何も食べてなかったので
とってもお腹が空いている。
しかしこの居酒屋、何でもあるが欲しいものは一つもないため
野菜スティックだのミックスナッツだのを頼んでコーヒーで黒くなったお腹を慰めた。

途中、R殿から一度連絡が入ったが
東京なんでしょ今回はもう結構と冷たく電話を切る。
しばらくお酒と野菜スティックとミックスナッツについて談議し、
時計を見ると20時を過ぎていた。
そして21時を過ぎても夜に会う約束の人からは一向に連絡が来ず、
心配になったため何やってんのと怒りのメールをこっそり送信。
すると、意味のわからない文章がすぐさま返ってきたため
そもそも大阪までやって来たのは誰のためだと思ってるんだと
急に腹が立ってきた。
私は待てと言われれば何時間でも待てる人間ではあるが
時間や約束にルーズなヤツは大変嫌いである。

どうにもメールの趣旨がわからなかったため、
「来れなくなったということですか」
と返信したところ、なにやら予定が狂って現在は新幹線の中、
大阪に着くのは0時頃とのこと。
ふざけるなとグラスの焼酎を一気飲みしたのは言うまでもない。

結局、22時過ぎに友人達は各々帰っていき、私はホテルに戻った。
お風呂に入って本を読んで待てど暮らせど待ち人は来ず、
やって来たのは本当に0時過ぎだった。

明日から旅行だしコーヒーもお酒もいっぱい飲んだので
もう何も欲しくないし出て行くのも億劫だったため、
こんなに遅くなってはお相手できかねます。
と、寝返りを打って私は眠りについたのである。
04

06

17:57
Sun
2008

No.0344

大阪の夕べ。

行きのバスでたっぷり寝たのに
昼寝なんてできるわけないじゃないか。
と、思い立ち、本屋で文庫本を購入してからホテル入り。
実は、家からも3冊持ってきていたのだがその内の1冊は読み終えた。
これから飛行機や電車の移動を思えば足りない気がしたのである。

狭いホテルの一室で寝たり本を読んだりお風呂に入ったりしていると
3時くらいに行けそうだと言われていた友人の一人から
4時前にメールが届いた。
「遅くなりすんません。あと10分くらいで大阪駅へ着きます」
中央口で待つと返信し、外へ出る。
しかし私は困っていた。
別の友人が5時に来るからである。
仕方がない、何とかなるかなと駅へ向かった。

一組目の友人はボランティア仲間で年に2~3回は会っている。
今日はたまたま大阪で会う約束をしていたH殿とD殿に私が加わることになっていた。
お茶でもしましょと言われ、えのるめのコーヒーが踊るお腹を抱えてカフェに入る。
さっきはホットだったから今度はアイスにしようとやはりコーヒーを。
3人でやれやれと腰を落ち着け、話が盛り上がってきたところでメールを受信。

次の友人がもうすぐ駅に着くとのこと。
1時間てのは一人じゃなければ何とも短いもんである。
"えのるめ"の残るお腹に再度アイスコーヒーを流し込み、
すんませんまた時間があれば後でねと席を立ち
再び改札口へとダッシュ。

次の友人は何とも4年ぶり、大学の同窓生である。
彼女と落ち合うとやはりどこかでお茶でも・・・という話になりまたまたカフェへ。
しかし彼女はデザートを頼もうという提案をしてくれたため
これ以上コーヒーを飲んだら体内の水分は
全てコーヒーになるんじゃないかと危惧していた私は
こりゃ助かったと胸をなでおろす。

あまりにご無沙汰だったため、話は尽きず
喋りに喋りまくってもまだ足りなかった。
しかしこの後、貸切になるとのことで店を出なければならなくなり
2軒目のカフェへはしごをしてコーヒーを頼んだ。
別の飲み物にすればいいのにと思いつつ、
店員を前にすると思わず「コーヒー」と言ってしまう自分のこの口が憎い。
04

05

16:58
Sat
2008

No.0343

想定外

実は3月23日(SUN)~26日(WED)まで、旅行へ行っていた。
懇意にしている下着屋さんが往復航空券をくれたからである。

旅立つ前日の土曜日の晩に、大阪で人と会う約束があり、
夜までは暇だから懐かしい友人に会おうと募ったところ、
皆口を揃えて「夕方からなら・・・」と返事をくれた。
しかし親友R殿だけは、「自分は今、東京にいるがばばるのために必ず帰るからね」と。
だから朝出発のバスを取った。
昼~夕方はR殿に会い、夕方からは時間差で他の友人に会おうと
漠然と考えながら出発当日を迎える。

大阪は梅田に着いたのは朝10時40分。
懐かしい土地を踏みしめ・・・じゃなくてそう言えば年に1回は来ているんだった。
とは言え、田舎暮らしに慣れきっている私は人ごみの中で旅行かばんを下げ、
「ま・・・祭り?」
と、初めて関西に出てきた10代の頃と同じ感想を抱いた。

あまり荷物は多くない人なので旅行かばんと言っても大したことはない。
何が入ってるのかわからないでっかいかばんを持ち歩くOLや高校生と違う点は
形がボストンであるという事を除けば大きさ的にはさほど変わらないのだが
とにかく荷物を置いて身軽になりたい。
ホテルのチェックインタイムまではまだ4時間ほどあるため
荷物だけ預けることにする。

さて、気を取り直してR殿に電話。もしもし・・・
しかし彼女はまだ東京から帰っていなかった。
思えば彼女はそんなヤツだ。
もう何回同じことをされたかわからない。

ああヒマだヒマだとバッグを振り回しながら喫茶店に入り、
「ホット!”えのるめ"で!!」
タ〇ーズでいつか覚えた"えのるめ"はここでもやはり"えのるめ"だった。
「ちょーデカイ」を意味する英単語はないのだろうか。

ここでの滞在時間は読みきった本と空になったでかすぎるカップが物語っている。
しかし「夕方」と名のつく時間までまだあとどれくらい待てばよいのか。
R殿を恨みつつホテルで昼寝でもしよう。
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