続続・よいこの1日  -

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05

26

21:32
Mon
2008

No.0386

抜粋

上へ下へと張り巡らされている道路を暴走。
早く帰らなくっちゃと心は焦っているのだけれども
上手に運転できなくてなかなか家まで辿り着かないのである。

途中、駐車場を横切る。
近道でもなんでもなくてこういうルートなのであり
ここを通らねば行けないから通っているだけのことで
この駐車場も言わば道。
しかしながらそれでもやはり駐車場なので
当然の事ながら車が停まっている。
その停まっている車の横を通り過ぎようとしたところ、車をぶつけてしまった。
しかも、事もあろうにその車をそのまま押し続けて
何と駐車位置まで変えてしまった。
まずいんだけれども私は急いでいるので
そのまま放置して先を急ぐことにする。
車の位置が変わったところで支障はない。はず。
持ち主は驚くかもしれないが。

いつしか民家や畑のある場所へとやって来た。
車の対向なんてできそうもない細い道を畑よりも少し高い所で走っている。
右に曲がる短くて急な坂道の辺りでトタン小屋みたいな家が畑の向こうにあり、
顔よりもでっかいひまわりが何十本も咲いているのを見つける。
ああ、カメラでも持ってきたらよかった。
素朴な風景に心を奪われて急いでいるにも関わらず坂道の曲がり角で車を降りる。
と、その坂道をバスが登ってきて私の前で停まった。
バスの中が黄色いなと思って中を覗くと
中に乗っている人がそれぞれにたくさんの大きなひまわりを握っている。
で、その中に乗っている人というのは目も口もぽかんと空き、
空を見つめて青白い顔をしているおばあさん達だった。

死んでる・・・?

おばあさん達の顔がとても怖くて固まってしまったのだけれども、
同時にあの大きなひまわりを持っていることがとても羨ましくなった。
どうやって手に入れたのか聞きたくなったが、
どうにも怖くてとてもじゃないが声なんてかけられない。

そんな夢だった。

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05

25

21:07
Sun
2008

No.0385

ミステリー

大神子海岸


山を超えると海がある、ここは大神子海岸。
昔は海水浴場だったらしいが現在は地形の変化により
ドザエモンが耐えない非常に危険な海。
ただ、バーベキューの施設や公園、テニスコートなどの設備があり
いつもたくさんの人が訪れている場所である。
で、写ってないけどこの隣には小神子海岸がある。
大神子海岸とは対照的に大変静かな海岸となっている。

看板
 この大神子海岸の展望台から
 遊歩道のコースを発見、
 ちょっと歩いてみることにした。
 海だと言いつつ、
 結局今回も山の中である。

 お四国の道から入り、
 もちろん最初は阿波の道。
 讃岐→伊予→土佐の順路とする。


お四国の道は10mおきくらいに地蔵が立っている。
88体あるのかねなどと思ったりもするが数える根気はない。
しかもクモの巣が常にふわふわと浮いており、
払いのけるのに必死でお地蔵さんどころではない。
ここへ来るまでの車道では山歩きの方々がたくさんいたが
どうしてこんなに整備された徒歩者のみの道を通らずに
車と同じ道路を歩いているのか甚だギモンである。

遊歩道は殆ど階段でできている。
運動不足の体にムチ打って歩いていると一人の少年とすれ違った。
こんな所で何やってるんだしかも一人で。
しかし、かく言う私も一人なのでこういう人もたまにはいるのだなと
なぜかアセアセしている少年に小さく会釈して通り過ぎた。

所々、ベンチなども置かれている親切な遊歩道だが
座る者は雨か虫くらいなものらしく、非常に汚い。
石でできたタヌキや竹輪?巻物?のようなものやクジラ、カメなどの
変なオブジェがあったり四国の名所の写真がパネルになって
点々と設置されているのを一つ一つ眺めながら
遊歩道は海に向かって下へ下へと降りていく。

そう言えば、大神子海岸と小神子海岸の間には
忘れられた海岸がもう一つあると聞いたことがある。
道はなく、海から船で行く以外は山側からは辿り着けない場所とのこと。
この遊歩道からその海岸が見えるのではないかと思いついた。

相変わらずクモの巣にかかりながら、
「一人のぞうさんくもの巣に かかって遊んでおりました・・・」
なんて歌なんかも歌いながら階段を降り続けた。
クモの巣にかかっても愉快でもなんでもなく、
むしろ不快な私は、もう一人おいでとは呼ぶ気になれずただひたすら歩いた。

木の枝からぶら下がっている青虫の襲撃を半泣きで交わし、
でっかい蚊を払い、実はTシャツで歩いていたので長袖のシャツを羽織り、
讃岐の道に差し掛かったところで今度は作業服のおっさんらしき人に遭遇。
と、いうかおっさんは日当たりのいいベンチの上であっちを向いて眠っていた。
彼の奥に名所パネルが1枚あるのにお陰で見られない。
見られないとなるとどうも見たくなるものだが彼はぴくりとも動かない。
起きたら実は鬼でした。みたいなことになってもイヤなので
ここはそのまま素通りすることにする。
にちようびのこんな1本道の遊歩道で作業服のおっさん?
まあ、何を着ていようとカラスの勝手ではあるけれども
どうもこの遊歩道にいる人はみんな変。

階段を降りきった伊予の道はじめじめとしていて植物も他の道とはちょっと違う。
タケコプターのようなシダが鬱蒼と茂っていて水の音も聞こえる。
沢に沿って歩いていると向こうの方に海が見えた。

海1



うーん・・・・

海2



 うぅーん・・・

海3



んーんん・・・

どうも見えない。
遊歩道をそれて小神子方面への脇道に入ってみたら見えそうな感じもしたが
そこら一帯が湿地帯になっていてぐにゃぐにゃしたので途中で怖くなって引き返したのである。
海の方を気にしながら土佐の道へ向かって登りの階段に差し掛かると、
足が20本くらいある白い虫がアリに運ばれていた。
怖すぎる。足がいっぱいなのはムカデとネコバスだけで十分だ。

土佐の道から
最後の土佐の道からは
讃岐の道?の一片が見えた。
こうやって見てみると
遊歩道は噂の海岸に結構接近している。
伊予の道をもう少し下へ伸ばせば
海岸へ下りられそうなのに
道を作らないのは故意なのか。
いわくつきなこの土地だけに
何となく不信感が残る。

もう一つ、讃岐の道にいた
あのおっさんはちゃんと起きて
帰っただろうか。
暗くなってあの道を歩くのは
さぞ怖かろうに。
05

24

23:56
Sat
2008

No.0384

ルール

久しぶりに姉pinguと行ったゲームセンターで
姉がスロット(・・・と言うのかもよくわからないけど)で楽しむ様子を
カップジュースを飲みながら隣に座って眺めていた。
あいにく私にはこういう遊びを嗜む習慣がないもので
何をやっているのかまったくわからないのだが、
とにかく「当たり」になると台がぴかぴか光ってそのうちに下から
景品が出てくるものだということだけ知っている。

今日の姉はその「当たり」が出たと喜んでいた。
私は下から出てくる景品を取って開封するお役目なので
景品が出てくるまでは特にすることはない。
スツールの上で退屈そうにしていると、
「遊び方」と書かれたシールが目に入った。

「硬貨を投入するとクレジットが増え、クレジットがなくなるまで遊べます」

みたいな事が最初に書いてあった。
次の段には、

「真ん中の3つのボタンを押すと回っている絵柄が止まります」

みたいな事が書いてある。
最後の段には、

「景品が欲しい場合は、硬貨を  枚入れると、
携帯ストラップなどの景品をご購入いただけます」

姉pinguに、何枚入れたらいいのかは書いてないけど
どうやら景品は買えるみたいですよと教えてあげた。
pinguは、景品が出てくるクレジット数から計算して700円やねと教えてくれた。
1つ目の景品は可愛らしいロケット鉛筆、
2つ目の景品は小さな飛行機のおもちゃだった。
ここに700円を入れるくらいなら私は今すぐ文房具屋さんへ走っていくだろう。

今日、私はスロットというものの遊び方を初めて知った。
100円玉を入れ、クレジットがなくなるまで
真ん中の3つのボタンを押して回る絵柄を止め続け、
景品が欲しくなったらば700円を入れる。
どうやらそんな遊びらしい。

しかし私には、この遊びの一体どういう点が
姉pinguをそこまで魅了するのかが、皆目わからないのである。
05

21

22:41
Wed
2008

No.0383

昔取った杵柄

かのんはご飯を食べる時、必ずおすわりをする。
と、言うと結構お行儀よくしてるように思える(かもしれない)けれども
果たして本当にそうだろうか。
私は最近、育て方を間違ったんじゃないかと思うことがある。

かのんは生まれて1ヶ月の時に我が家へやって来た。
私は大学へ行くまでの2年間、心を込めてかのんの躾をした。
で、一番最初に覚えたのが「おすわり」である。

ご飯の時に、「かのん。おすわり、おーすーわーりー」と座らせて
ちゃんと座れたらご飯を前に置いてあげる。
お腹が空いているかのんは急いでご飯を平らげる。
立つことを忘れて必死に食べているかのんに
「ちゃんと座って食べるなんて、なんてお行儀のいいわんこなのでしょう」と、
私は喜んで頭をなで、そんな私を見てかのんも喜んで座って食べた。

その後、みるみるうちに大きくなったかのんは、
おすわりだけでなくお手や伏せや待てなど色んな事を覚えていった。
しかし相変わらずご飯の時には座って食べる。
頭と地面が近かった子犬時代のかのんであれば、
座って食べるその様子は普通にお行儀のいいわんこだったのだが、
段々と背も伸びてきて、頭と地面が遠くなってくると、
頭を下げてもそもそと食べるその様子は何となくしょぼくれて見えるようになった。
後ろから見ているとあまりに情けないシルエットである。

「かのん。怒られたわけでもないのにしょぼくれるのはやめなさい」
そうやって立たせようとしてみたけれども、
かのんの中では「食べる時に座るとbabarがよろこぶ。」
という思いがどうも強いらしくどうしても座ってしまう。

相変わらず座って食べることをやめないかのんは、今ではもう10歳を超えている。
そうやって座って食べる自分の姿は、昔と変わらず
とても賢くて愛らしい様子に見えていると思っているのかもしれないが
人間でいうともうおじいちゃんの部類に入る彼の食事姿はもはや、
肩を落としてしょぼくれているおじいちゃん以外の何者にも見えない。

この事実を知った時、きっとかのんの世界は広がる。
05

20

23:33
Tue
2008

No.0382

待ち伏せ

自販機の前で張り込みをしていたのは
別につり銭泥棒を捕まえるためではない。
一応断っておくが私の仕事は事務職であり、
尾行や張り込みは業務の中には入っていない。
ではなぜ、勤務時間中に自販機の周辺でチョロチョロしているのかと言うと、
そろそろ次長がタバコを吸いに喫煙室へ行く頃だと思ったので
ジュースを買ってもらおうと思ったためである。
いや、お金がないわけではない。
これには深いワケがある。

お金は持っている。
が、小銭がないのである。
1000円札であればお釣りが出てくるのに
今日は1万円札しかお財布に入ってなかった。
私は、お金の補充を忘れてお財布の中にお金が足りず
モノが買えないことがしょっちゅうあるのだが
会社の自販機についてはお金はあるのに買えない事の方が多い。

例えばつり切れ。
80円のパックジュースがお気に入りなのだが
大概は100円玉を自販機に入れて買う。
が、時々つり切れで80円ぴったり持ってないと買えないことがある。
しかもジュースの補充は頻繁にしてくれるのに
つり銭の補充をしてくれないので一度つり切れになると
社内の人間が入れる10円玉が溜まるのをひたすら待たねばならない。
これは大変気の長い話である。
私は今、飲みたいのだ。今すぐに。
100円あげるからジュース出してと自販機に頼んでみても
融通が効かない自販機はどうしてもジュースを売ってくれない。
腹が立つのでその自販機とは別の自販機で100円のジュースを買う。

そして今日、私がジュースを買えない理由は
1万円札しか持ってないからである。
1000円札であれば若干小銭入れが膨らむものの
難なく目当てのものを買えるのに
今日は80円のパックジュースはおろか、100円の缶ジュースも
130円のペットボトルさえも買えない。
何て事だと自販機の前で頭を抱え込んでしまう。

お金が足りないのであれば諦めもつく。
お金がなくて買えない時よりもお金はあるのに買えない時の方が
大変もどかしく、悔しいものである。
しかし私はどうしても今、ジュースが飲みたい。
そんなわけで自販機の前で張り込みをしていたのである。

ガコガコと缶が落ちる音がしたので自販機の方を見ると次長がいた。
あ、ジチョー。とかなんとか言いながらかけよって隣に立ち、
無言で自販機のボタンをビシビシと押してみる。
「おう、babar。キミもコーヒーが欲しいのかい。よっしゃ買うたる。」
シメシメと満面の笑みでありがとございますとお礼を言った。
05

18

21:58
Sun
2008

No.0381

バースデイ

babar県民の私が"県民の森"を歩いたことがないなんて
恥ずべきことであると思い立ち、いそいそと出かけたにちようび。
揺れに任せてぶつかろうとしてくる毛虫や
ヘリコプターのような音を立てて追いかけてくるハチに怯えながらも
1日で一番暑い時間帯にのんびり歩き回っていると、

おかーしゃんのたんじょうび・・・・・

と、思い出した。
こうしちゃおれないと急いで車へ戻り、財布の中身を確認。
・・・またやってしまった。
お財布の中身は364円。何てことだ。
お金を下ろそうにも実は私、地銀の口座を持っておらず
メーンバンクはbabar県に1つ、駅前にあるのみ。
事故があったらしく車は混雑していてどうも時間的に余裕がない。
上に何を買うかも考えてなかった。
今からご飯に・・・なんて言ってももうおかーしゃんは夕飯の用意をしているだろうし
近所で懇意にしているお花屋さんはクレジットカードが使えない。
以前、おかーしゃんにお金を借りて花を買ったことがあるが
さすがにおかーしゃんへのプレゼントのお金をおかーしゃんには借りられない。
考えれば考えるほど大変な事態である。

考えた末に思いついたのがおかーしゃんの大好物、健康ドリンクである。
急いでドラッグストアに行き、ケースを抱えてレジへ並ぶ。
ラッピングしてもらおうっと。なんて悠長に考えていると
後ろに覆面?をしたおばさんがやって来た。
私の前には2人の殿方がいて1番はおっさん、2番は青年だ。

おっさんはサロンパスについて何やら相談をしていた。
おっさんが去り、青年の番になるとクレジットカードの支払いで若干時間がかかった。
その様子をぼーっと見ていた私だが、何やらぶつぶつ聞こえるなと思うと、
待ちきれなくなった覆面のおばさんがイライラしていた。
ここで私がラッピングなんて頼んだら間違いなくおキレ遊ばしそうな勢いだ。
プレゼントなんだしラッピングはぜひともしてもらいたい。
でもこんな重いケースだし面倒臭そうだ。
そしておばさんが非常に怖い。

どうしようどうしようと悩んでいるうちにとうとう私の番が来てしまった。
順番を譲ろうとも思ったがタイミングを逃してしまった。
アセアセと財布を開けて・・・ああ、おばさんごめん私もカードなのだ。
しかもこんな時に限ってなかなかカードが見つからない。
結局、私はラッピングを頼めなかった。

せめてケーキを買おうとケーキ屋さんの店舗があるショッピングセンターへ。
が、ここでも車が長蛇の列で、入ったが最後、これでは当分出られそうにない。
ご飯を作って待ってるおかーしゃんがいる家へ早く帰らなくっちゃなのに
今度は私が覆面おばさん並にイライラしそうなのでケーキも断念。

去年はお寿司屋さんでご飯と両手に余るほどのカーネーションを、
一昨年はおかーしゃんが欲しがっていたのでポーチと大きな花の寄せ植えをあげた。
なのに今年はケーキもなくてプレゼントは健康ドリンクしかもラッピングなし。
朝から外で遊びまわっていたくせにまともなお祝いの品も用意できず、
おかーしゃんはガッカリするんじゃなかろうかと肩を落として家に帰り、
たんじょうびプレゼントだと言いながらおずおずと健康ドリンクを差し出した。
で、おかーしゃんの反応はというと、

え。たんじょうび。誰の?

という意外な返事だった。
05

17

18:37
Sat
2008

No.0380

写真

私は写真を撮られるのが嫌いである。
会社の集まりなんかでカメラを向けられると何が何でもお断りする。
旅行へ行くと何百枚と写真を撮って帰って来るが
自分が写っているのは1枚もなかったりする。

この度、私はパスポートの更新手続きが必要となり、証明写真を撮りに行った。
いつものカメラ屋さんで顔なじみの人に撮ってもらうのは気が進まないので
別のカメラ屋さんで撮ってもらうことにした。
鏡を貸してくれたので前髪だけちょちょいと直して早々に椅子に座る。
私は人前で髪の毛や化粧を直すのも嫌いなもんで
こういう時、あまり真剣に鏡を覗かない。
だから証明写真の顔がいつもテカってたり髪の毛が妙だったりするのかもしれないが。

3枚撮ってその中で好きなのを選ばせてくれると言われ、
どれがいいですかとご機嫌に聞いてくれるカメラ屋さんの隣には
私の顔が3人、おっきな画面に並べられていた。

・・・どれもイヤ。とかなしですか。

と心の中で呟きながら、自分の顔をまじまじと吟味している姿が
どうも我慢できなくなって適当にじゃあコレと選んだ。
案の定、できあがった写真は悲惨なもので
こんな顔が5年もの間、パスポートに載るのかと思うと
旅行に行きたくなくなってしまうほどに大変な顔だった。
いつも渋々カメラの前に座るため、免許証でも健康保険証でも
人様に見せられるような証明写真なんかないのだが、
パスポートだけはなぜかよく撮れていて気に入っていた。
なのに有効期限が切れたというだけでこんなオタフクみたいな写真に
取って代わられるなんてどうも納得がいかない。

家に帰ってもう1度見直してみたが見れば見るほどイヤになった。
撮ったカメラ屋さんは憎いけれども、適当に撮るなよという心の叫びは
適当に写るなよという心の叫びに負け、取り直しを決意する。
問題はどこへ行くかだが、ブサイクに撮った同じカメラ屋さんを再度訪ねるくらいなら
恥を忍んでいつも旅行の写真を現像してくれる顔なじみのカメラ屋さんにお願いしよう。
そんなわけで再度、写真を撮ってもらうべく車に乗り込んだ。

いつものカメラ屋さんも3枚撮ってくれた。
しかしどれがいいですかと向けられたのはカメラの小さな液晶画面である。

・・・ちっせー。。。顔なんか見えないじゃないか。

と、思ったものの馴染みの店員さんに文句なんか言えるわけもなく、
結局さっきと同じく適当にじゃあコレと選んだ。

15分後。
撮ってくれた馴染みの店員さんが良かったのか
先ほどのカメラテスト(?)で慣れたのか、
若干怒っているように見えなくもないものの
ようやくまともな写真を手に入れることができた。
パスポートの写真に採用することとする。

ちなみに、1回目の写真は別に要らないのだけれども、
いくらオタフクでも自分の顔を捨ててしまうのもかわいそうなので
たんすの奥にそっと閉まっておいた。
05

15

21:16
Thu
2008

No.0379

母は強し

一昨日は久しぶりにたっぷりの雨が降った。
雨に溶けるといけないので、こんな日は
仕事が終わるとおかーしゃんにお迎えをお願いする。
そして実は、この日の私にはある"たくらみ"があった。

先にも述べたが私のおかーしゃんはとてもせっかちなので、
用があって電話をかけるといつも決まって
私の話を聞き終わらぬうちに電話を切る癖がある。
たとえ、携帯喪失時の公衆電話や会社からかける電話であっても
途中で「わかったよー」とかなんとか言いながら
一方的に電話を切って私を怒らせる。
何度言っても直らない。
一緒に住むおかーしゃんへの用件は
大概が「雨だから迎えにきておくれ」というものなのだが、出ると第一声は
「雨だから迎えに来てでしょ。わかったよー今から行くからほな。ガチャ。」
私が今どこにいるかくらいは聞いてから電話を切るようにといつも言っているのに、
何度言っても直らない。

そこでひとつ、仕返しをしてやろうと思った。
その仕返しとは、おかーしゃんよりも先に電話を切ること。
おかーしゃんより先に切る切ると心の中で反芻しながら電話をかける。
「あ、babar-。迎えに来てだ・・・」
と、いつもの第一声を言い終わらぬうちに
「うん。そうー。ハーゲンダッツの前にいるからよろしくー。ほな!!ガチャ。」
・・・やってやった。遂におかーしゃんの電話をこっちから切ってやった。
勝ち誇ったように電話をパチンと折りたたんだ。

おかーしゃんは、近くまで来るともうすぐ着くよの電話をかけてくるので
仕返しはもう1回できるはずである。
私は、わくわくしながらおかーしゃんからの次の電話を待った。

案の定、電話はかかってきた。
心を落ち着けて通話ボタンを押す。もしもしー・・・
「あ、babar-。今そっちに行ってるからねー。で、〇▲~×※◇、、、ガチャ。」
・・・切られた?
おかーしゃんの声が遠くなっていくなと思った瞬間、
突然、電話を切られてしまった。
何だか負けた気分である。
かけてきた当の本人が喋っている最中に自ら電話を切るなんて。

そんなわけで私の謀は、見事失敗に終わった。
こんなおかーしゃんにはとてもじゃないけど敵わない。
05

13

23:12
Tue
2008

No.0378

バイリンガル

私はよく、話し方がばーさんぽいねと言われる。
大学で県外に出るまでは気にした事などなかったのだが、
関東の人には関西弁と別に大して変わらないじゃんと言われる私の方言は
大阪や神戸の人々にとっては何となく異質であったらしい。
在学中の4年間、私は周りの人々にbabar弁を撒き散らし、
悠々と一人故郷へ帰ってきたわけなのだが
帰ってきてなお、同じbabar県民からも指摘されることが多々ある。

誰しも、自分の言葉は万国共通で使われていると
信じていた時代があったと思う。
もちろん私もその一人だが、絵本などで読んだ知識として
別の言い方の存在についても単語としては知っていた。
ただ、自分の使っている単語と本に書いてある一般的な単語は
まったく別のものだと認識していただけなのである。

例えば、「おじゅっさん」という職業がある。
絵本で読めば「和尚さん」になっている。
私の町のお寺にいるのは「おじゅっさん」だが
「和尚さん」というのは山の上とかのお寺で鐘なんかをついている、
また別の職業を持つ人の事でイコールではないと思っていた。

例えば、「めいぼ」という病がある。
絵本で読めば「ものもらい」になっている。
私の目に時々できるのは「めいぼ」だけれども
「ものもらい」はまた別の、もっと大変な病の事でイコールではないと思っていた。
ちなみに「めいぼ」と「ものもらい」が一つの線上で繋がったのは
大学の頃、「めいぼだメイボができた」と騒いでいたら
「なんだそりゃ"めばちこ"やね」と初耳な呼び名を教えられた時である。

今日は、どこでもすぐにしゃがんでしまう会社の後輩に、
「コンビニ前のヤンキーようにどこいでもつくまむんやめない」
と、注意した。
「前後の文脈から言わんとしている事は何となくわかりましたが
babarさんの言ってることは相変わらず意味がわかりません。
一体"つくまむ"って何語ですか。」
と、言われてしまい、彼女とは同郷であるにも関わらず言葉の壁にショックを受けた。
「ココ・・・コンビニの前にいるヤンキーのようにどこででもしゃがむのはやめなさい・・・」
再度言い直してみたがその時後輩は既に立っていた。

そう言えば、babar県の今時のワカモノは"めいぼ"ではなく"めばちこ"と言うらしい。
いつかできたあの橋は、人だけでなく方言も渡しているらしい。
何十年かの後、私の使う言葉を同じように使うbabar県民が少なくなってしまうと、
私の使うbabar弁はもはやこの土地の言葉ではなく
babar語になってしまったらどうしようと私は今、心配している。
そうなってしまうと、日本語に妙な英単語を混ぜて使うどこかの芸能人のように
日本語に妙なbabar単語を混ぜて使う変なばーさんになるんじゃないかと不安になり、
どうも私は落ち着かないのである。
05

10

23:17
Sat
2008

No.0375

"No"と言えない日本人

何度やっても懲りないもので、
またまたいい加減な約束を取り付けてきて
こんな夜更けにどうしたものかと悩んでいる。

金曜日、飲みに行った折に
日曜は県西部までゴルフに行かねばならないが
道中が大変退屈で眠いとこぼしていた上司がある。
私も県西部はよく行くが確かに遠い、日曜は天気も悪そうだし大変ですねと言うと

 にちようびの6時ごろ、電話するからな。

と、言われてしまった。
今週は雨だから寝坊したいのでやめてくれと答えるも
雨が降らなかったら同行しなさい、好きな山の登り口でおろしてあげるから
夕方まで山を楽しんでゴルフが終わったら迎えに行ってあげよう、と。

では雨が降らない事を条件に行き帰りの道中、マスコット人形役を仰せ仕りますと返事をした。
どうせ日曜の午前中は雨、やんでも昼からだという自信もあったし
上司に向かって面倒臭いなどと口が裂けても言えない。

さて、夜中に帰ってきて天気予報を見てみると案の定、雨がやむのは昼からになると出ていた。
だよねーと頷きながら顔を洗って眠りにつく。

今日は朝から結構な雨。
昨晩は久しぶりによく飲んだのでいつもより寝坊をしたが
一通り用事を済ませるとヒマになったので昼寝をすることにした。

21時。起きてしゃばしゃばという水の音を聞く。

23時。やや雨が小降りになるのを気にしつつブログを書いている。

0時。ネコが鳴く。

一旦ブログを書くのを中止して天気予報を確認。
降水確率がぐっと下がっている。で、雨のちくもり。
運良く雨に見舞われなかったとしても空はどんより、地面が悪いのは間違いない。
しかし6時の時点で雨が降っていたらセーフである。
が、念のため少々の雨でも楽しめそうな場所を探しておくことにする。

これが晴れの日であれば楽しみにでもするのだろうが、
どんよりした日に緩い地面の山を歩くのはただ面倒くさいだけである。
雨もいつどこで降ってくるかわからないわけだし。

1時。・・・雨がやんだ。
誰かドライヤーで道を乾かしておいてくれないかなと思う。
05

07

23:56
Wed
2008

No.0374

白い歯っていいな

「えぇぇえ何それ。イヤだわちょっと若いからってアンタ・・・
おかーしゃんもう赤さんのとこ行ってやるから。」
そんな暴言を私に投げつけてどどどどどぅっとおかーしゃんは階段を駆け上がっていった。
そんなこと言われても・・・

一人でしょんぼりとかぼちゃの煮物を食べていると
姉のpinguが赤さんを迎えにやってきた。
が、いつもの如く私のいる部屋は素通りして赤さんのいる2階へ直行。
と、3分ほど経ってから、ぅどどどどどっと階段を駆け下りる音がした。
ばちゃんとドアを勢いよく開けたのはさっき2階へ上がっていったpinguだった。

危うくかぼちゃを落とすところだった私に彼女は握りこぶしで唾を飛ばす。
「アンタっ。おかーしゃんに全部聞いたんやけんね。
ほんとにもう、アンタ歯医者で値切ったんやって?そんな人初めて聞いたわ。
もう、私、、、知りゃん・・・」

・・・

言葉を失った。
肩を落として出て行こうとするpinguを呼び止め、
私は別に値切ってなどいないと弁解した。
私がおかーしゃんにした話はこうである。

今日は歯医者の日だった。
治療室に通された私は口を張って先生に歯を見せびらかしていると、
先生の方からこう切り出したのだ。
「ばばるさん、ボクが白い歯を入れてあげるからね。
結構見える位置だし銀歯じゃかわいそうだから。
あ、銀歯代は頂きますよ。でも入れるのは白い歯を君には特別サービスします。」
タオルで目隠しされている上に色んな機械が入っている不自由な口でもって私は
「しぇんせひ。。。ありふぁほ・・・」と、言葉にならない言葉でお礼を言った。
先生は、「いやーお母さんも来てもらっていい歯をいっぱい入れてもらったしね」と笑った。

だから私はそれをありのまま、おかーしゃんに伝えたのだ。
おかーしゃんがいい歯をいっぱい入れてくれたお陰で娘の歯はサービスになりました、と。
それなのに。

事の仔細を切々と語った私にpinguは、
「で、値切った相手は院長先生なの女の先生なのどっちなの」
と、まだ詰め寄ってくる。
だから値切ってなどないってばでも診て貰ったのは院長先生だ、と答えると
「私も院長先生なのに奥歯4本とも銀歯にされちまったわよ。
私もおかーしゃんの後から行ったのに。それにしてもまったく値切るなんてぃっ。」
なんてまだ値切った値切ったと人聞きの悪い事を言う。
そう、あそこはpinguも通うbabar家が家族ぐるみでお世話になっている歯医者さんなのだ。
小児歯科もやっているのでもちろん赤さんの健診もお願いしている。
で、一番最後に訪れた私が体よくサービスに与ったというわけなのだが。

私の歯は比較的前の方だから白い歯にしてくれたけど
奥歯だったらきっと私も銀歯だったことですよと嗜めるも
pinguは値切った値切ったと泣きながら再び2階へと駆け上がっていってしまった。

先生のせっかくの厚意は
我が家に不穏な空気をもたらす結果となったようである。
05

06

23:20
Tue
2008

No.0367

2周目の憂鬱

去年から始めた3年日記が
丁度、今日で2年目を迎えた。
今日からまた1ページ目に戻るのである。

さて、ここ2ヶ月ほどの私は谷崎潤一郎にハマっている。
実は私はこれまで「春琴抄」くらいしか読んだことがなかったのだが
「細雪」を読んでから何となくずっと読んでおり、
G.W.前に「鍵」という話を読み終わった。
これが文章も内容もなかなか曲者で読み難く、大変苦労した。
夫婦の日記が交互に出てくる手法で話が進んでいくのだが、
今日は、この小説について語りたいわけではないので
話の筋は取りあえず置いとくことにして。
とにかく、夫が最終的に病で死んでしまうのだが
この小説と関係のないところで私はとても心配になった。

もし私が不慮の事故とかで死んでしまったら、
いや、どこかで変死体になって見つかったりしたら、
ベッドの上にいつも無防備に置いてある私の3年日記が
人の目に触れることになるだろう。
それは、とても、困る。

こうやって毎日ブログを書いて自分の日記を
他人に読ませている私ではあるがそれとこれとは話が別だ。
汚い字で殴り書いていたり妙な妄想(?)を綴っていたり
とてもじゃないが人様に見せるような代物ではない。
きっとそこには事件に関する手がかりなんてこれっぽっちも入っていないのに
捜査だ何だと赤の他人に回し読まれるなんて、
もしくはおかーしゃんや姉pinguが夭逝した私を偲んで
この子ったら・・・ううぅぅとか何とか涙ぐみながらページを繰るなんて、
そんなことになったら恥ずかしくて死んじゃう私。
いや、死んでしまったから読まれているのだけれども。
要するに2回くらい死んでしまうほど、読まれるのは、困る。
本当に、困る。

鍵をかけようにもこの日記にはそんなものついていないし
隠そうにも天井を剥がして・・・なんてことをやるのは毎日寝る前に忙しい。
人間、いつ死ぬかわからないのに週末だけ隠してみたところで
平日に死んでしまったら意味がない。
仕方がないのでやっぱり今もベッドの上に置いてあるのだ。

どうしたものかと悩ましく日記をペラペラめくっていると、
おや、と思った。

何を書いているのかわからない。

書いた自分でさえも何のことだかわからない部分が多々あり、
何となくでも意味のわかる日記は半分くらいしかなく、
これでは2周目の私が去年の今日を懐かしむなんてできそうにない。
ましてやけーさつの人やおかーしゃんやpinguが読んだ所で
手がかりも掴めなければ涙も誘わないことは間違いなさそうだ。
それで私は少しだけ安心し、
2周目もこのまま意味不明の日記を書き続けようと
決意を新たにしたのである。

が、やっぱり日記は日記、どうも読まれるのはイヤだ。
「ベッドの上にある日記には何もいい事は書いていないので、
これを読んだ人は私の腕時計をあげるから
1ページも開けずに日記を棺桶に入れること。」
と、遺言でも書いておこうか。
05

05

23:52
Mon
2008

No.0372

腰痛<ゾウ

1年に1度の私の楽しみ、9月の海外旅行。
きっと私はこれだけのために働いている・・・かもしれない。
何となく旅に関して1年のサイクルが決まっており、
訪問国は旅から戻るとすぐに漠然と考え出し、
年が明けると3月の国内旅行について準備をするため休憩、
国内旅行から帰ってから訪問国を確定し、
4月の末には航空券の代金が出てくるので金額を比較して予約を入れる。
5月はその航空券に関するこまごまとしたスケジュールを旅行会社の人と相談し、
6月7月は旅先での日程を詰めて予約が必要であれば
辞書を片手に泣きながらたどたどしいメールを打つ。
8月は旅に向けて必要なものを買い揃える。
そして9月、いよいよ行ってきます、となるのである。

さて、去年はゾウに会う旅をお休みして
ヲーターフォールを見に行ったので
今年はぜひとも再びゾウに会いたい。

ここで一つウンチクを言わせて頂くと、
一口にゾウと言ってもアフリカゾウとアジアゾウがいて
その2種類にもまた亜種がいてと種類は多い。
それぞれ特徴を持ったゾウたちが色んな場所で生きているのである。
本当はコンゴにいるという幻のマルミミゾウを見てみたいのだが、
アフリカはさすがに遠いことと治安に不安があることと
行ったら必ず会えるわけではないという諸々の事情により、
今年は近場にいる小型ゾウ、ボルネオピグミーエレファントを探すべく
マレーシアのボルネオ島へ行くつもり。いや、行く。

で、4月の最終週にいつもの旅行会社に問い合わせをした所、
なんと、満席で航空券が取れなかった。
こんなことは初めてなので若干、動揺してしまう。
せっかく今年も祝日を繋げて10日間で日程を調整しているのに
希望日の翌日も満席、週の途中から行って何とか9日間を死守しようとするもそれも満席、
取れそうなのは休みに入って3日目の日しかなく、それでは8日間になってしまう。

今までアジア方面の旅行は経由地を入れても7日間で行っていたので
全行程8日間もあれば十分ではあるのだが、
敢えて香港経由の便にして日本でも買えるペニンシュラホテルのチョコレートを
わざわざ香港で買いたいなどとやましい考えを起こしていたのと
飛行機はどうも苦手で怖いので、移動をなるべく陸路にしたかったため
どうしても日数を多く取りたいと思っていたのである。

そこでタイムアウト、G.W.に突入した。
次回の返事は休み明けになるため、
経由便も売り切れということから望みはなさそうだが
マレーシア航空でも無理なのかという内容と、
出発日を大幅に変更した9月下旬の空席状況を尋ねるメールも併せて送っておいた。
後は祈るのみ。

愛するゾウに会うためにはこうなったらビジネスクラスでもいいかな。
と、夜中に布団の中で考えていると
痛む腰を延べ23時間、エコノミーで耐えた去年の私が、
会えるかどうかもわからないゾウのためにビジネスクラスなんて
まったくふざけるんじゃないよと遠くの方で喚いている気がした。
05

04

20:41
Sun
2008

No.0371

脱・独りよがり

銚子が嶽

今日もダメだった。もう帰ろっと。

山の中腹で2時間程彷徨い歩き、一旦諦めて民家の方まで戻ったものの、
方向的には間違えていないことは確かなのでどうしても諦めきれず
田んぼをしていたおっさんに尋ねて道を聞き、再び登ってきた。
途中、林道がどうしても怖くて上がれずに車をその辺に放置して
歩いてヲーターフォールを目指す。
10歩進むたびに1匹ずつトカゲが尻尾を切っては置いていく。
草むらに逃げ込む音がする度にビクリと肩を震わせる。

峠までは難なく来れた。が、三叉路でどの道をゆけばよいのかわからずに
岩の上にビッシリ咲いているツツジの中に一旦埋もれて考える。
よし右だ、と歩を進めるもいつまで経っても谷が出てこない。引き返す。
三叉路のもう一つの道をゆく。開けた野原に出た。谷はない。引き返す。

今日もダメだった。もう帰ろっと。
そう決心して顔を上げると、正面の山がピンク色だった。
何だあのキレイなのはと眺めていると、さっきの野原の方からおばあさんが二人やって来た。
そっちの方には何か楽しいものがありますかと聞いてみると、
私たちはあなたが見ているあのピンクのところから来たのですよとおばあさん。
えええあそこに行けるのですかと私。
おばあさん達は、野原を過ぎてずっと歩けば30分くらいで着くと教えてくれた。
どうもあのピンクはアケボノツツジという高山の花でこの辺じゃ有名な名所らしい。
で、滝はありますかと念のため。
えっ滝・・・?あなたツツジを見に来たんじゃないのと怪訝な顔をする。
ツツジは初めて知りました。小さな滝があると聞いてやってきたのですと説明すると
変わった人ねと言いながら、あのピンクの真ん中が窪んでる辺りが滝ですよと指差した。

ありがとうとおばあさんにお礼を言い、歩き出した。
野原を超え、凸凹のなだらかな道をひたすら進む。

そうこうしているうちに谷が現れた。
嬉しくなって自然と早歩きになり、小川を渡った辺りで足を止める。
私としたことが、何と鼻水が出てきてしまったのだ。
鼻水垂らすなんて私ってばと、とっさに持っていたタオルで拭うと鼻血だった。
どうやら帽子も被らずに歩いたためらしい。
自分では日陰を選んで歩いていたつもりだったが、
無意識のうちに日向へ日向へと歩いていたことに初めて気づく。。
白いタオルに水玉模様をつけながら、それでもピンクの谷を目指した。

銚子が滝ツツジの見ごろは先週だったらしい。
いざピンクの谷間に着いてみると、
他の木々たちが育ちすぎていて
見上げてもピンクは殆ど見えなかった。
滝も木々の後ろに隠れている。
ツツジが生えている岩に登れば
こんな近くで見れるわよと、
すれ違い様におばさんが顔を近づけてきたが
私にはあの絶壁をよじ登る体力などもうない。

しばらく滝の前に座り込んでいると
次に通りがかった2人組みのおばあさんが
温かいお茶とお菓子をくれた。
また岩登りを勧められたため
今日は滝を見に来たのだと告げると、
ツツジじゃなくてこんな名もない滝を見になんて
変わった人ねと笑った。

お茶やお菓子のお礼を言って立ち上がるとおばあさんも立ち上がり、
次回は別のルートからも来てぜひとも岩の上でツツジを見なさいなと言ってくれた。

何時間も迷って歩いていたため、夕方が近づいていた。
初めて来た山はお昼の明るさがあるうちに下りなければと、
車を放置した場所までの1時間程を早足で戻っていく。
もう、トカゲが尻尾をおいてカサリと物音を立てても驚かなくなっていた。

今日は滝が見えた。きれいなツツジも遠巻きながら見えた。
そうか。人に聞けばよかったんだ。
05

03

23:08
Sat
2008

No.0370

お釜の話

「F6」!と液晶表示で主張する炊飯器を前におかーしゃんは困っていた。
そう、おコメが炊けないのだ。
おかーしゃんは取扱説明書を出してきたがよくわからないらしく
私が読んでも・・・よくわからなかった。

「故障かなと思ったら・・・」という章の「ご飯が炊けません」の回答にあったのは、
「炊飯ボタンを押し忘れてませんか」とか「停電じゃないですか」とか
とんでも役に立たないことだけだったのである。
説明書の癖に困った時の対応策をちゃんと教えてくれないと
プラグを抜いてまた差し込めだの炊飯ボタンを押してみろだのと
その変の主婦が苦し紛れにやる事しか書いてないのでは困るじゃないか。

と、下の欄外に
「R1、R2、E0、E1、E2、E3、E5、E6、E7、E8、F4、F6、F8」の表示がある時は
販売店もしくはカスタマーセンターへ問い合わせしてくださいと書かれてあった。
故障の原因は結構多彩であるなと思いながらカスタマーセンターへ電話。
とても感じのよい貴婦人が「インバーター基板の不具合でございます」と教えてくれた。
要するに、普通に壊れたということか。

保障期間も終わっているし来月はボーナスだし
炊飯器は私のなすびを狙っているのかと腹を立てても仕方ない。
冬はおかーしゃんに掃除機を買ってあげたので
今回は炊飯器を買ってあげようと電器屋さんを訪れた。

店ではご飯を毎日炊いてそうなおばさんがいて、
おかーしゃんに炊飯器を買ってあげるのですと告げると
じゃあ張り込みましょうと10万円もする炊飯器を勧めてきた。
お宅の家では娘からのプレゼントに10万円の炊飯器をもらうのかいと言い、却下した。
おばさんは、そうですよね確かにこの炊飯器で炊いたおコメはおいしいけれども
内釜だけでも3万円もする上にこの内釜とても割れやすいんですよねと笑った。
笑い事であるかと思った。
次に持ってきたのは内釜が厚いのが売りですという炊飯器。
重すぎてコメと水入れたらおかーしゃん大変ですねとそれも却下。
どうもこの人は主婦っぽい容貌の割りに実用性のあるものを持ってこない。

悩んでるのでしばらくほっといてと言ってからまた炊飯器の前で腕組みをしていると
後ろから「迷ってますか」と青年に声をかけられた。
振り返ると見たことのある顔・・・
そうだ、掃除機の時に布団ブラシをしきりに勧めてきたあの青年だ。
彼は炊飯器の機能に加えて甘みのあるのはコレ、固めに炊けるのはコレ、と
コメの炊き上がりや味について語り始めた。
彼が布団ブラシで布団を干している様子や炊飯器のスイッチを押している様子を想像しながら
ふんふんと話を聞いたが、私はそんなに舌が肥えているわけではないので
コメが立つとか冷えてもコメとコメが離れやすいとか評論家のようなことを言われても
結局のところよくわからない。
ので何でもいいやと青年が自分も使ってますという炊飯器と同じものを買って帰った。

帰ってきてから一応、説明書をぱらぱらとめくっててみると、
「故障かな?と思ったら」の「ご飯が炊けない」項目には
炊飯ボタンの押し忘れ、停電に加え、「コンセントが抜けてませんか」が入っていた。
05

02

20:35
Fri
2008

No.0369

恋愛運、不明

朝、出社して一番にする私の仕事は、
皆のパソコンの電源を入れることと自分の机を布巾で拭くこと。

毎朝給湯室で机を拭いた後の布巾を洗っているのを
陰ながら見ていた(らしい)Y殿がある日、緑色の布巾をくれた。
自分も毎朝机を拭こうと思って買った布巾が2枚セットだったので一枚私にくれるとのことだった。
なぜ緑色なのかと言うとその布巾は風水布巾で、
緑色はリラックス効果があるかららしい。
何色でもいいけれども私はそれをありがたく頂戴した。
その後しばらく、お揃いで緑の風水布巾を使っていた私たちであるが
いつしか彼女は机を拭かなくなっていた。

先日、いつものように給湯室で布巾を洗っているとY殿が、
今度はピンク色の布巾を持ってやってきた。
「おはようbabarさん。布巾くたびれてるからこれ、あげます。」
なるほど、確かに私の布巾は使いすぎてヨロヨロになっている。
で、彼女はそれを見つけて私のために買ってきてくれ・・・・たわけではなく
彼女曰く、自分の布巾は大分前に誰かが持っていってしまったのか
行方知れずになり、しばらく机を拭くことができなかった、
そこで色違いの新しいのを買ってきたがこれまた2枚組みだった上に
丁度私の布巾が見る影もなくボロボロになっていたのを見かけたのでくれるとのこと。
ありがとうございますと言って私はその新しい布巾を受け取った。

「して、今回のピンクは風水的にはどのような効能が?」
念のため聞いてみると、Y殿は嬉しそうに恋愛運アップだと言った。
最近、彼氏のできたY殿にそんなものが必要かと聞くと
babarさんには必要だと思って敢えて選んだのだと言われてしまった。
・・・それは大きなお世話だが、私に一枚くれることを前提に
布巾を選んで買ってきてくれたという厚意としてありがたく頂戴致すことにする。

で、ペラペラに薄くなっていた布巾とは違い、やはり新しいものはいい。
拭き味が実にソフトですねとご機嫌にピンクの布巾で机を拭く。
が、しかしこの幸せ、そう長くは続かなかった。

例の如く給湯室で布巾を洗い、それを流しに置いて
外のシャッターを開けに行ったある朝のこと。
シャッターの鍵をチャリチャリ鳴らしながら布巾を迎えにいくと、
2~3分前に置いたはずの布巾が忽然と姿を消している。
あれれと思いながら給湯室を隈なく捜索するも見つけられなかった。
私の布巾を知らないか知らないかと聞いて周るも皆揃っていいやと首を振る。
給湯室を飛び出してトイレや営業場のゴミ箱なんかも探してみたが
結局、ピンクの布巾はどこにもなかった。
3日後、相変わらず布巾を捜していると後輩がやってきてもう諦めなさいなと肩を叩いた。
4日目の私は、自分の使い古したハンドタオルを持ってきて机を拭いたのである。

布巾がいなくなってしまったことをY殿には言ってなかったのだが
Y殿にはそれからまもなく、黒いハンドタオルを洗っているところを目撃される。
私はY殿にことの顛末を話すと、実は自分もそうなのだと寂しそうに笑った。
聞くと、Y殿は緑の時と同様にピンクも早々にいなくなってしまったのだそう。
また買ってくるからそんなに探さなくてもよろしいと去っていくY殿が振り返り、
次は何色がいいかと聞いてきたため、少し考えてこう答えた。

なくなることでその運が逃げそうなので変な色にしてください。

自席に戻り、ハンコにはざかったゴミをシャーペンでほじりながら、
変な色の布巾か。またなくなって机を拭けなくなるのはイヤだけれども
変な色の布巾に限ってなくならなかったらそれはそれでイヤだなと思った。
05

01

23:43
Thu
2008

No.0368

五月の風

どうやらわが社では風邪が流行っているらしい。
昨日は後輩のM殿が更衣室の入り口で玄関マットになっていた。
またいじゃ悪いなと思ったが踏んづけるのはもっと悪いと思い、
仕方なく声をかけてどいてもらった。
支店長は難しい顔をして黙って座り、不調に耐えていた。
機嫌が悪いのかなと思いつつハンコくださいとおずおず書類を差し出すと、
顔を上げた彼の顔があまりに土色だったため、
私にはそっちの方がよっぽど怖かった。
今日のお昼休憩に本を読んでいると、別の課の次長がやってきて
「ばばるくん、ボク帰る。」
と、埴輪のような顔をして言い、去って行った。
お大事に・・・と、声をかけたが去る前に私に遷してから行ってくださいと言いたくなった。

さて、社会人になってからというもの、
めっぽう体が丈夫になった私はここ数年、風邪らしい風邪をひいていない。
インフルエンザが社内で大流行した時に
顔の2/3をマスクで覆い、顔かマスクかわからないような
覆面社員が社内に溢れる怪しい会社になったこともあったが
私は特段何もせず、「これはセキュリティ上良くないんじゃ・・・」などと
呑気にそんなことを考えただけだった。
たとえジチョーに、はくしょんを吹っかけられても
汚ねぃな・・・と、ぐいと顔を拭えばへっちゃらなのである。

そんな私が唯一かかる病気と言えば5月病くらいか。
今年は昭和の日が火曜日だったため、
水曜日に出社すると体は月曜モードでとてもしんどい。
が、頭は平日とわかっているのでそのギャップに大変苦しんだ。
そしてもうG.W.がやって来る。
4日休んで3日出社、2日休むと次は7月まで祝日がない。
土日があるじゃないかと言われるが、土日は別なのである。
祝日のない週が続くと私はとてもツライ。

5・2・5・2・・・と、祝日のない日々を黙々とこなせるのは
私の場合、4週間が限界である。
2週間目を過ぎたあたりで集中力が途切れがちになり、
3週間目を過ぎるとあぶあぶ言い、
4週間目を過ぎると周りの人が「babarさんの様子がおかしい」と囁きあう。

連休は別にいらない。
1日だけの休日だからこそ魅力が感じられるのだ。
私にとって休日はご飯と同じで、一度にたくさんは食べられない。
ちょっとずつ再々欲しいのである。
そういう私の怠慢な心は風邪よりもはるかに厄介である。
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