続続・よいこの1日  -

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No.0

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10

14

23:59
Tue
2008

No.0421

神秘の地

さて、昨日行った山犬嶽は前々から気になっていた念願の地。
そしてもう一つ、この山犬嶽と共に看板に掲げられているものがあり、
どちらかと言うと私にはこっちの方が気になる存在だった。
その名も「三体の月」。

「山犬嶽」は、"嶽"というからには山だろうと推測できる。
が、「三体の月」とは一体何だ。
案内板は山犬嶽と同じ方角の山の方を指しているから
大方、三日月が3つ並んだような形の岩か何かだろうと思っていた。
で、山犬嶽を訪れるこの機会に「三体の月」とやらの正体も暴いてやろうと決意したのだ。

山犬嶽のある上勝町という村へ行く時に私がよく利用する休憩所には
道路沿いの壁面に上勝町の見所を示したイラストがでっかく描かれている。
大体の方向をこのイラストで確認したりすることもあり、今回もこの絵を眺めて休んだ。
山犬嶽は高い山の絵で、三体の月は神社の上に三日月が3つ並んだ絵で描かれている。
この絵のあちこちには人間が走り回っていやはや楽しそうであり、
町内に散らばる名所のイメージは適当ながらこれらのイラストで大概は伝わってくるのだが、
なぜか「三体の月」だけまったくもって意味不明である。

IMG_8558.jpg
山犬嶽に到着すると、こんな看板があった。
「山犬嶽>」の先には、
他人様の家がある登り口へと続く
急な坂道がある。
一方、「三体の月 秋葉神社>」は
それと反対方向を向いている。

しかし同じ柱に掛った案内板なのだから恐らくすぐ傍にあるのだろう。
そしてきっと「秋葉神社」の中にこの「三体の月」があるのだろう。
やっぱり、「三体の月」は岩か何かなのだろう。
とりあえず山犬嶽の方が時間がかかりそうなので「三体の月」は後に回すことにする。

9時過ぎから登り始め、行きも帰りも苔の所でやたら長居をしてしまい、
登山口まで降りてきた時には13時前になっていた。
さあ次はいよいよ「三体の月」だと意気込んで看板の指し示す方を見やると、

IMG_8557.jpg
 ・・・棚田?
 まさしく棚田。
 おかしい。そんなはずはない。
 山犬嶽の登り口で見た案内地図では
 確かにこの先に道が伸びていて
 神社の絵とその傍に
 バナナをひっくり返したような形の絵が
 はっきりと書かれていたのに。
 この棚田を突っ切ってもいいのだろうか。
 でも棚田の向こうは森ですよ。

しかしよく見ると、棚田の3段目が道になっている。
多分ここを通っていくと思われるのだが、生憎かさかさの茶色い稲の束が通せんぼしている。
またごうにも足の長さが足りず、ここを通るには踏まねばならない。
かと言って、収穫後と言えども人様の田んぼの中をずかずか歩くのも何である。
田んぼの向こうに道があるかどうかも定かではないし。

色々と思案するうちに、稲が置いてあるくらいだからここは道ではないのではないかと思い出した。
田んぼの向こうにも道はなくて、「三体の月」はこっちではないのではないか。
田んぼの向こうに道があるかどうか、一応確かめてみようと
坂道を少し上がり、高い所から目を凝らしてみたが見えるのはネットだけである。
しかし案内板の>は確かに棚田の方を指している。
よくわからないので今回は諦めることにした。

ふと立ち止まる。
そう言えば、この棚田も三日月型をしているな。
田んぼの面では3体目が幅広になりすぎだけれども
段の側面だったら3体ともちゃんと三日月型だな。
しかし一村民の棚田を指してあんなにも看板を掲げるものだろうか。
そんな事をしたらもっとでっかい棚田を管理する村民が
「俺のとこは5体の月だ」、「いいや、俺のとこは6体だ」とケンカを始めることだろう。
しかも、秋葉神社がどこにもないし。

結局、すぐそこまで行ったにも関わらず「三体の月」は謎のままだった。
次回に期待。
次こそ必ず、この目で「三体の月」の正体を見るのだと固く心に誓う。

IMG_8420.jpg
インターネットは便利なツールである。
自らの目で謎を暴くと誓ったにも関わらず、
自宅に戻るとすぐにPCの電源を入れた。

どうやら秋葉神社はあの棚田の奥、
少し上がったところにあり
「三体の月」というのは
その神社から三体の月が見えたという
古い伝承なのだそうだ。
かさかさの稲に遮られたところは
やはり通り道だった。

休憩所前のイラストが
この部分だけ意味不明なわけも
これで全てわかった。

申し訳ないがやっぱり誓いは撤回。
見えません。
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10

13

22:51
Mon
2008

No.0420

念願の地

IMG_8542.jpg

田植えの時期に棚田を見に行ってからずっと気になっていた場所がある。
棚田に向かう途中、看板がそこかしこにあった山犬嶽。
色々と調べてみたところ、どうも水苔の有名な場所であるらしい。
ガソリンも安くなってきたしおかーしゃんが不在の三連休、
よし。いっちょ行ってみるか。

お出かけの日、私の朝は早い。
自宅を出発するのは朝の5時とか6時である。
どこまで行くんだと言われそうだが、別にそんな遠くじゃなくて
すんなり行けたら家から1~2時間、遠くても3時間くらいのものだ。
が、如何せん道に迷うのである。しかも寄り道つき。
ただ、今回は何度も来た村なので迷うことはないだろうと油断して7時に出発。
その上、調子に乗って別ルートを使って村に入った。
当然、迷った。

さて、ようやく村内の知っている道に出てこれた。
こうなったらこっちのもんで登山口までの道々に看板がある。
が、登山ルートを書いた看板の前で車を降りるとそこは他人様の家だった。
さすがにここに長時間車を放置するわけにも行かず、
しかしこの登山口は急な坂道の上にあるためできたらこの近辺に・・・
というかはっきり言ってこの他人様の家に停めたい。

しばらく歩き回ってみたが人気はない。
しかし生活感の十二分にあるこの家は120%廃墟ではないため
仕方なく坂道の下に停めることにした。
登り口には、「とるのは写真だけ。守れない人は来てくれなくても結構です」
ときっぱり書いてある。了解。


IMG_8425.jpgIMG_8278.jpg
山に一歩入るとゾウの鼻があった。
これだけでも来てよかったと思う。
しかし今日の目的は
ゾウではなく水苔の名所なので
とりあえず先を急ぐ事にする。

木ばっかりの茶色い景色の中を
歩いて歩いてもうくたびれて
帰りたくなってきた頃、
水苔は現れた。

岩という岩、木という木にびっしり苔が生えており、触ってみると手が沈み込むほど深くて柔らかい。
何だか動物の背中を撫でているようである。
と、前の岩が煙を吹いていた。
まさか火事?とびっくりして駆け寄ると何もない。
どうも苔が胞子を飛ばしているようだ。
喜び勇んで苔の中を走り回っていると、道に迷った。
と、いうか山頂までの道を見失った。

看板はあるけれども「〇〇番札所」とか俳句とかの立て札で役に立たない。
さっきまでは確かに「山犬嶽参道」とか「山犬嶽ハイキングコース」とか書いてあったのに。
ちなみにこの札所というのは、山犬嶽山頂まで点々と仏像があり、
ミニ八十八ヶ所巡りができるという代物、ただこういう類の企画モノは至る所に存在する。
例えば、以前行った大神子海岸とか。
こちらの方が雰囲気があって本格的だが構想としては個性がないと私は思う。
この札所を巡っていけばいつかは山頂に着くだろうと進んでみたが
どう歩いても険しい獣道へと誘導されてしまい、
一人で崖から落ちたらどうするんだと心配になって引き返した。

登山口まであと少しという所で登山者軍団4名に出くわす。
山頂に行きたい私は、ここで「こんにちは作戦」を発動することにした。
こんにちはーと話しかけると、この4名の中の1人が山犬嶽の精通者で案内役をしていた。
彼らは山頂まで行くかどうかはわからないが今から苔のところまで行くのだそう。
どうするかはわからないがせっかく来たから取りあえず一緒に行きませんかと。
作戦成功である。

苔の場所に到着し、記念撮影のカメラマン役をすると
やはり一行は山頂まで行くのは無理なので引き返すと言われた。
案内役のおじさんが山頂までの道を教えてくれた上に
別ルートから登ってきた人に山頂まで行くのかと聞いてくれた。
が、悉くみんな山頂なんてとてもとてもと言って断られる。
一体どんな険しい山なんだ。
私だってちっぽけなスニーカーだし、それでなくとも
本格的な登りなんか体力的に絶対無理だ。
だって私、ただの観光客なのだから。

そんな中、おじさんは行くかどうかわからないという中年夫妻を
30分もあれば山頂に着くと説得し、遂に私の同行者を見つけてくれた。
「迷ったら大声で叫びなさい。下におるけんね。」
と、おじさんは手を振って見送ってくれた。だからどんな険しい山なんだ。

IMG_8513.jpg
我々は登った。山頂へ。
皆が口を揃えてとてもとてもと言う
山犬嶽山頂への道は
一体どんなものかというと、
階段が多少厳しいだけの
普通の山だった。

山の頂なんだから当然のことながら、▲のてっぺんは狭い。
しばらく3人で休憩をして、何をするわけでもなく再び3人で下山することに。
下りは八十八ヶ所を辿って獣道を歩こうという話で意見が一致。
「私はゆっくりだからお若い方先にどうぞ」とひぃふぅ言いながら
木の棒を杖代わりに登ってきた奥様は下山時、
「私は滑るかもしれないからお先にどうぞ」と道を譲ってくれた。
よって、ご主人→babar→奥様の並びで降りることになる。
「滑・・・ったら我々もろともやないですか。」と、心の中でつぶやいた。
10

11

21:27
Sat
2008

No.0419

確信

10時半になったので、1回伸びをしてから席を立ち向かった先はお手洗い。
この時間はいつも、掃除嫌いでおしゃべり好きな掃除係のおばさまがいるので
自席がある2Fのお手洗いを避け、会議室や食堂がある3Fのお手洗いを使うのだが
この日はなぜかおばさまがいないらしく、清掃中の立て札がかかっていない。
キキッとドアを開けてみるとおばさまの代わりに先客がいた。

先客は誰かという詮索はあまりしない方だけれども
私が入った瞬間、先客のいる個室からブシャーッと大きなスプレー音が始まった。
私の会社にはトイレ用スプレーがお好きな方が多いので
彼女もきっとそのうちの一人だろう、スプレー音がするということは
先客はすぐに出て行くのだろうと思っていた。
だがスプレー音は鳴り止まず、それに加えて"音姫"音が重なり、
次に流水音が入り、何とも言えずやかましい不協和音がトイレを包んだ。

私は今まで、トイレ用スプレーというものは最後の仕上げに使うもの也と思い込んでいたので
この使用方法は今までの世界観を一気に覆された気分である。
そう言えば私、缶に書いてある使い方の説明を読んだことないなと思い起こした。
鳴り止まないスプレー音と"音姫"音と流水音で、落ち着かない思いを堪えていると
前の個室にいる先客がふいに咳き込んだ。
どうやらスプレーの霧にむせているらしい。
真っ白な霧の中の先客を思うと、胸が痛くなってきた。

そうか。私が早く出て行ってあげなければ彼女は出てこられないのだ。
膝を打って立ち上がり、私は個室から出た。
お互い誰だかわからないうちに、こっそりとお手洗いを後にしようと思ったのに
洗面所で手早く髪の毛を直しているとキキッとまたドアが開き、オツボネH殿が入ってきた。
「あらーぁ。お疲れサマ・・・」と、ご機嫌に話しかけてくるオツボネH殿に、
私は笑顔を引きつらせ無言で会釈をし、そのまま早足で外へ出た。

名前を呼ばれなくて良かったと胸をなでおろし、そそくさと自席に戻る。
動揺した顔で座っていると、鼻歌を歌いながら一人の貴婦人が席に戻ってきた。
はっとした。
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06

22:09
Mon
2008

No.0418

無頓着な神経質

巷では食の安全とやらが叫ばれているようだが
実は私、まったく気にならない。
では、私にいつもおいしいご飯を作ってくれるおかーしゃんはどうだろう。

先日、おかーしゃんが梅干を買ってきた。
「いけないと思って中国産はやめました。」
と、言いながらツツツと食卓に出したのは
"babar県〇〇町産"と記載のある梅干だった。
私はbabar県だろうが和歌山県だろうが福建省だろうが
大して気にしないのだが、ちょっとした意地悪心を起こして
「おかーしゃん、"産地偽造"という言葉を聞いたことがありますか。」
と尋ねてみた。
おあかーしゃんは、でも一応ここに生産地書いてあるからと口ごもっている。
かわいそうになったので、そんな屁理屈いうのはやめようと心を入れ替え、
「まあ、偽装するなら私だったら和歌山って書きたいと思うだろう。
〇〇町なんてbabar県民しか知らないような村、
リスクを冒して偽装するような妙味のある土地じゃあないですものね。」
そうフォローをするとおかーしゃんはうんうんと嬉しそうにうなずいた。
それからというもの、おかーしゃんは毎回、
この"babar県〇〇町産"の梅干を買ってくるようになる。

さて、実は私、またまた風邪をひいた。
年に1度ひくかひかないかと言うくらいに丈夫な私が
7月に倒れてまだ3ヶ月しか経っていないというのにどうも体調が悪いのだ。
10月中に1日だけもらえるお休みを私は大事に残しており、
それを消化するまでは絶対に病で倒れたりなんかはしないと心に誓ったのに
もう会社を休みたくなってしまった。
しかし、7月の1日休暇を風邪によって潰された経験を持つ私なので、
今回ばかりは這ってでも出勤する所存である。

そこで、いつもは末期になるまで薬など飲まないのだが
おかーしゃんに風邪薬を出しておくれと頼んだ。
「ハイ、これ」と手渡された瓶の風邪薬を出してみると
錠剤が仲良く2粒固まって落ちてきた。
古いんじゃないのこれと首をかしげながら黙ってそれを飲み、
一応会社に持って行こうと瓶の説明書きを読んでいると、

「消費期限 2008.08.20」

と、いう太字が目に飛び込んできた。
「おかーしゃん。今年は西暦何年でしょうか。」
震える手で瓶を握りながら尋ねると、今年であると返答が来た。
「おかーしゃん。2008年8月20日まであと何日でしょう。」
今度はそう尋ねると、風邪でbabarがバカになったと騒ぎながら
「アンタ、今は10月ですよ。8月なんてとうに過ぎてるやないの。」
と、おかーしゃんはヒステリックに言い放った。
「おかーしゃん。私、病人なのにとうに過ぎてる薬飲まされましたよ。」
そう言いながらずずいとおかーしゃんの眼前に薬瓶を掲げると、
「はぁ?2ヶ月くらいどうってことないでしょ。薬なんだから。」
と、スタコラ車に乗り込んでしまった。
私は、今日会社から帰ってきたら必ず
しばらくサボっていた冷蔵庫チェックをするのだと決意した。

食べ物の産地を気にするミーハーなおかーしゃんが言う、
"薬なんだから"の意味はイマイチ飲み込めないが
私は、消費期限の過ぎた国産の薬を飲むくらいならば
消費期限内の異国の薬の方がいい。
10

04

23:55
Sat
2008

No.0417

煩悩

所有物の放棄を試みた昨年5月(詳細は「脱皮」&「服を捨てる」参照)、
服やCDなんかを捨てたり人にあげたり、或いはリサイクルショップに売却したりした。
あの時、確かにごっそり処分してすっきりはずだったのに
長期保管に出していたクリーニングを取りに行き、収納しようとすると
ハンガーも足りなければ納める場所すらないほどに再び服が増えていた。
部屋を見渡すと、着実に色んなものが増えている。

月に何冊かずつ増える本は本棚が一杯になって先日、新しい棚を投入した。
服はあまり買わないように気をつけているものの間違いなくシーズンごとに増えている。
どこかへ行くたびに写真が増え、去年はなかったアルバムが並ぶ。
出先で必ず買うポストカードも増え、そろそろポケットレフィルを買い増さねばならない。
ゾウの置物だって徐々に増えているがこれはいいとして。
とにかくまた部屋が狭くなってきたのである。
ちょっと気に入ったモノは全て巣に貯めこんでしまうこの性質はどうやっても直らないらしい。

衣替えと共に部屋にあるものの見直しを図ろうと決意し、
雑貨屋さんで見つけたラスト1体になっていたゾウのオブジェを連れ帰るのは諦めることにした。
ゾウの置物は旅先の木彫りで十分じゃないかと自分に言い聞かせたりして。
が、私の決意とは裏腹にお洋服屋さんや宝石屋さんから
10月はお誕生月だから割引しますよと誘惑のポストカードが連日舞い込んで来るし
買いに来てくれと営業電話がかかってくるしで何とも心が揺らぐ今日この頃である。

お誕生日くらいいいじゃないかと自分を甘やかしてもいいのだが
12月が来るとクリスマスだからいいじゃないかとか思うだろうし
1月はお年玉代わりにいいじゃないかと思うだろう。
2月はバレンタインフェアで百貨店にやって来る珍しいショコラを求め、
周りが驚くほどの金額をチョコレートだけに費やす月であり、
3月は国内旅行でアドレナリンが活発になってお土産の類を買いまくる。
4月はフレッシャーに負けないようにと新しいスーツや文具を買いに行き、
5月はもはや誰も何もくれない子供の日に自分へのプレゼントを奮発するはずである。
6月は茄子日だバーゲンだと諸手を上げてお店へ走りこみ、
7月・8月は海外旅行の準備と理由をつけて関係ないものまで買い込んだ挙句、
9月は異国の通貨と免税店で金銭感覚を失うのである。
何と、あっという間に1年が経っているではないか。

で、1年かけて買い集めたものはと言えば、
バッグなんて一つのバッグを通勤するため1週間に5日同じもの、
土日は財布だけ手に持って出かけたりビニール袋を下げて近所を散歩する。
棚に並ぶゾウの置物は毎週末、ホコリをはたくのに大変な時間を要し、
何十本もあるジーパンで履くものは大抵上から3本くらいだ。
靴だって革が柔らかくなって履きなれたものを履くので、
殆ど未使用状態のものが靴屋のように靴箱に並んでおり
数え切れない本の中で本棚から何度も手に取るものは絵本か辞書くらいなものである。
下着はもはやコレクションのためだけにあるようなものだし、
季節モノのオーナメントも毎年買っては仕舞い、
翌年はまた気に入ったものを買うことを繰り返しているため
サンタさんだけでも一体何人いることか。

私には、捨てる勇気よりむしろ買わない勇気の方がどれほど必要なことだろう。
10

02

21:57
Thu
2008

No.0416

見合い話

実を言うと今度、お見合いをすることになった。

おかーしゃんにお見合いがしたいと私が言い出したのは1年以上前の事である。
当時、おかーしゃんは「探しておくワ」と言い続け、
そのうち「なかなかいいのがないのよ」と言い出し、
最後には「babarには旅行とか滝巡りとか趣味もあるし
あと何年かは気が済むまでやりたいことやって気楽に過ごしなさい」と、
何とも優しい母親面をして私を諭した。
それを真に受けた私は「なんだ、おかーしゃん。pinguがヨメに行って寂しいのかね」
などと思いつつ、お言葉に甘えてのうのうと一人遊びを続けていたのである。

が、実はおかーしゃん、見合い話を探すどころかやってくる案件を
私に知らせることなく悉く蹴っていたのであり、「いいのがない」というよりも
そもそも話を進める気自体、さらさらなかったのである。
と、いうのもどうやらおかーしゃんの腹の中では、
「おかーしゃんが進めた見合いの相手方と上手くいかなくなった時に
案件を持ち込んだおかーしゃんのせいで不幸せになったと罵られることになりはしないか」
という超保身の思いが渦巻いていた。
よって私が一人遊びに耽っているのをいいことに、やりたい事を存分にやりなさいと
大らかな母親心であるかのような物言いをして
見合い話をこのまま反古にしてやろうと企んだのだった。
社の次長はこの話を聞くとタバコの煙をもわぁと吐きながら
「babarの母上様は己が娘なのに妙にリスクを避けたがっているのは愉快だね」
と、私の見合い話が遅々として進まない理由を笑って喜んだ。

ところがこの春になって、誰かに強く頼まれたのか今度はおかーしゃんの方から
「これこれこういう話があるのだけれどもbabarは興味ないやんねぇ」と持ちかけてきた。
「興味?大アリでございます。今後、そういう話は全て進めていただきたく。」
と、私が即答したところ、おかーしゃんはせっせと作成した釣書を持って
意気揚々と見合い話を持ちかけてきた知人の所へ出かけていった。

遂に2人揃ってやる気を起こしたにも関わらずこの話は何と今月まで延び延びになってしまった。
それは、私が写真を出さなかったためである。
相手方からの、写真は気取った見合い用の写真ではなくスナップ写真の方が
騙しがなくてよいという提案により普通の写真を渡すことになった。
しかも公平を期すために交換は同時にとのこと。
が、実を言うと私には自分が写っている写真は殆どなく、近々のものだと
一昨年のお正月に振袖を着て撮ったものかその前の姉と行ったスリランカ旅行の写真、
会社の飲み会で撮った集合写真(babar:コメツブ大)くらいである。
最近の写真はないから今回の旅行でいくらか撮ってくるとおかーしゃんに約束したものの
そんな約束など日本に置き忘れて旅立った私は、結局殆ど撮らずに帰って来たもんで、
しびれを切らしたおかーしゃんは、若く見えるから昔のでいいと言いながら
私のアルバムから振袖姿の写真を一枚抜き取って持って行ったのだった。

と、こんな感じで我々サイドの準備はようやく整った。
後日、待ってましたとばかりに相手方の写真と釣書が私の手元に届いたのである。が。
封筒に入っていた、まずはハガキサイズの写真を見てみると、
確かに普段着っぽい服を着てはいるが背景はグレー一色の
見るからにどこかの写真館で撮ってきたものだった。
何だこれは抜け駆けじゃないかと思いながらツヤツヤと血色がいい殿方の写真をじっと眺めた。
次に釣書を見てみると、写真に反してこれは結構簡単なもので、
恐らく殿方のお母様が手書きでしたためた便箋2枚である。
ふむふむと読んでいると、とある箇所に目が留まった。

「〇〇会社□□課勤務 平成16年△月」・・・「迄」。

もしもしおかーしゃん。この殿方、職歴が4年前で止まっていらっしゃるようですが
現在は一体何をしておられるのでしょうか。
恐らく、殿方の母上殿が誤って書き過ぎただけだろうとは思ったが
あまりに致命的であるため、一応おかーしゃんにそう指摘しておいた。
おかーしゃんは慌てて知人に電話をかけ、どういうことだとものすごい剣幕で詰め寄っていた。
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