続続・よいこの1日  -

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No.0

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30

22:02
Sun
2008

No.0426

行け行けドンドンの心意気

「babarさんは週末になるとbabar県内を隈なく駆け抜けている」
という情報の認知度が社内で急速な高まりを見せ、
「と、いう事はbabarくん。車の運転はさぞ上手くなった事だろうね。」
などと言われるがそれは思い違いというものである。
土煙をあげて林道を走り捲くっているわけでもなし、
いざという時には車を乗り捨てて林道を何時間も歩いているのだから。
ただの山道を走る私に車の運転技術などは不要である。

先月、珍しく東京出張があったので、
休暇を1日もらい生まれて初めて東京・横浜観光をしてきた。
東京ではおかーしゃんのいとこの家にお泊りなので
おかーしゃんのいとこの奥さん(つまり他人)であるY殿に
出張先の本社まで迎えに来てもらった。
Y殿は大変小柄で華奢な貴婦人なのに車はでかい。
いや、Y殿がちっさいから車が大きく見えるのかもしれない。
とにかくこのY殿のスゴイ所は、このでっかい車をチョイチョイと操り、
車でぎゅうぎゅうの道路を縫い、
細い路地でも狭い駐車場でも思いのままに動かすのである。

先日、珍しく県外からの来客があったので、
土日を使い生まれて初めてのbabar県観光へと連れ出した。
客人は関東出身の都会人ながら気質は野生児そのものな殿方である。
道中、私も見たことのないヲーターフォールの看板があったので
「よしいっちょ行ってみるか」と向かったところ、大変な林道だったので怖い怖いと騒いでやった。
すると客人が代わってあげると言ってくれたので運転席を明け渡したところ、
客人もやはり怖かったらしく私が運転する半分くらいのスピードでしか走れなかった。
もっとも、旅人である彼は久しぶりの運転だったにも関わらず
他人の車でしかも凸凹道という過酷な状況によくぞ耐えてくれたと思う。
結局、先が読めないため目的地への到達は諦めて再度私の運転にて引き返すことと相成った。

Y殿のようにでっかい車で車道を縫って走ったり
車幅すれすれの細い路地を飛ばしたり
車と車の間にピッタリmm単位で幅を取ってすっぽり車庫入れしたり
なんて高度な運転はとてもじゃないけど私には無理である。
しかし私には、ジムニー殿に道を譲る謙虚さと
道を引き返すか否かを手遅れになる前に判断する決断力と
ガードレールのない崖っぷち道路を対向車と渡り合いながら突き進む勇気は持っている。
それさえあれば私の山行きは今のところ、安泰なのである。
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11

24

11:05
Mon
2008

No.0425

顛末

話せば長くなるのだが、見合いをしてみた。
この見合い話はずっと前からあったもので実は先月の予定だったものである。
その先月、とある一件にて甚く憤慨した私は
この殿方とはもう見合いなどしないとヘソを曲げていたのだが
先方からの強い要請により、リトライのチャレンジを与えることとなった。

殿方は遅れてやってきた。しかも30分も。
私は幼い頃よりばーさまに
「時間を守らないやつぁいけないよ、babar。」
と、厳しく言われて育てられたもので遅刻には大変厳しい。
よって、仲人さんが言う「車が混んでた」とか「道に迷った」という言い訳は
まったくもってお話しにならないのである。
おかーしゃんの知り合いだから敢えて何も言わなかったが
まさか県外から来るわけでも山奥から来るわけでもあるまいし
同じ市内に住んでいて通勤に使う道の混み具合を知らないなんて
毎日会社に遅刻するのかと言ってやりたい気分である。
しかも待ち合わせ場所がわからず迷うなんていうのは持っての外だ。
私だったら事前に場所を調べておくことだろう。
百歩譲って交通事情や土地勘がなかった事は仕方ないと納得するにしても
間に合わないと解かった時点で連絡をよこすのが礼儀というものである。

そしてやっとやって来た殿方の第一声は

「あのー。大分待ちましたか?」

さすがにむっとしたので「あぁ、さんじゅっぷんです。」と笑顔で言ってやった。
この30分が大分なのか少々なのかは殿方に決めてもらおうじゃないか。
殿方はえへへと笑っていた。
人見知りが激しく、大人しい性格であると聞いてはいたが
侘びの一言も言えないほどに大人しいのであるならば
初対面の人間に謝らねばならないことをせぬよう心がけた方がいいと私は思う。

時間にルーズであるという欠点をカバーできるだけの人柄や話術を持たず
人見知りが激しいという欠点(?)をカバーできるだけの身のこなしを持たないのであれば
初対面において彼をカバーするものは一体何なんだろうか。
たった1回会っただけでと言われそうだが、
私は気難しい気質なのでこの殿方にあまり好感を持たなかった。
なぜかと言うと、先方の遅刻により怒った私が帰ってしまったというのが
前述した"先月、とある一件"の詳細だからである。
11

22

23:17
Sat
2008

No.0424

セシボン

せっかくの3連休だけども明日はお見合い、明後日はどうも雨らしい。
髪を切りに行こうと思っていたけどいい天気なので予定を変更して山へ行くことにした。
出掛けにおかーしゃんがみかんを3つくれたのでポッケに入れた。

さて、気がつくと山犬嶽の登山口にいたのでとりあえず登ってはみたものの
水苔の場所に辿り着くと木の葉っぱが全部落ち、
どうも荒れた感じに仕上がっていたのでつまらなくなってきてヤメヤメと言って引き返した。
登山口に咲いていた一株のコスモスも枯れて乾涸びている。
青かったり黄金色だったりと美しかった棚田も稲刈りが済んだ後はまるでタワシ。
唯一、柿と青い空だけが目を楽しませる彩という風なのでみかんを剥き剥き、それを眺めていた。
前方を見ると、先日は稲の束に阻まれて進めなかった「三体の月」への道が伸びている。
これだけ看板が出ているものなのだから一度は行っておかねばならぬだろう。

登ってみると、意外にも「三体の月」が見えるという秋葉神社はとても近かった。
朝食べたホットケーキが消化する間もないくらいに容易に着いたのである。
前回、横たわる稲の束に通せんぼされた事が一番の難関であったことを知る。

プレート

山犬嶽の頂上にもあった
"キティ山岳会"のプレートがここにも。
今回のコメントは「ここまで来るとは」。
なるほどここも一応は山の頂上か。

結局、この地で見たものは農村舞台(恐らく)と細い木を重ねただけの鳥居と
トタンで囲われた祠(?)、パイプ椅子が1脚にキティ山岳会のプレートだけである。
至る所に看板を掲げている割に全く無人。
きっと「三体の月」鑑賞会の時にはたくさん集まってくるのだろうが。

babar

 こんな真昼間に月が見えるなんてことは
 まったく期待してはなかったが、
 案の定、「三体の月」はどこにもなかった。
 しかし落胆などしていない。
 何もないことを見てきたので
 私は十分満足である。

11

09

23:57
Sun
2008

No.0423

雨ニモ負ケズ

先週のbabar新聞によると、高の瀬峡の紅葉が見ごろとか。
天気予報を見ると曇りだと書いてあったので
いささか不安はありつつも紅葉狩りに行くことを決めた。

日曜日、朝4時半頃目が覚めると雨が降っていた。
天気予報を見ると昼からは曇りと書いてあったので
出発を遅めにしようと再び寝る。
が、アラームを消し忘れていたため5時半に起床。
相変わらず雨は降っていた。
取りあえず向かっていればそのうち止むだろうとゆっくり準備をして
「eco」マークをいかに長く続けられるか大会を一人で行いながら目的地へと向かった。

出発から2時間半の後、到着するもやっぱり雨は降っている。
私の足は水溶性なのでどうも車から降りる気になれない。
帰ろうかなとも思ったが2時間半もかけてとんぼ返りでは口惜しい。
考えあぐねた末、私が取った行動は、

寝た。

果報は寝て待てである。
しかし山の上は寒い。バッグから取り出したカーディガンを着てパーカーをはおり、
マフラーでぐるぐる巻きになってミイラのように眠った。

変な夢を見て目が覚めた1時間後、車の外から
「止んどる止んどる」というおっさんの声を聞く。
喜んで外に出たら皆、傘をさしていた。誰だウソツキは。

それからしばらくすると本当にやんだので行動開始。
登ってきた道中の紅葉も立派なもんだったが歩いてさらに登ることにした。
20分くらい歩くと雨が降ってきたので慌ててその辺にあったコンクリートの陰に隠れた。
小雨になったので歩き出すとまた降ってきた。
仕方がないので来た道を駐車場へと戻る決意をする。
車の傍まで戻る頃、雨は止んでいた。

今度は下の駐車場に向かって歩いてみた。
紅葉の間から見える石灰岩が、滝が流れているように見える「滝山」とか
晴れの日は白くて雨の日は黒いという「日照磯」とかの看板を読みながら
ほほぅほほぅと山一面の紅葉を束の間、楽しむもまた降り出した。
今度は隠れるところがなかったため、パーカーのフードを被ってずんずん歩いた。
雨に向かって般若のような顔をしてみたが全然止まないので
仕方なくまた来た道を駐車場へと戻ることを決意する。
車の傍まで戻る頃、雨は止んでいた。

雨など降っていないのに売店の軒下で雨宿りするフリをしながら
これからどうしようかと考えていると、下へと伸びる遊歩道を発見する。
遊歩道は階段だった。
そしてとても急で段の幅が狭く、濡れた落ち葉で滑って危ないことこの上ない。
ビクビクしながら降りきると、赤いつり橋と平坦な川原に着いた。
ごつごつした岩が転がる渓流が見たいのでこのまま川沿いに歩こうかと思ったが
長靴は車の中なので、もう一往復する気にもなれずつり橋を揺らしただけで戻った。
幸い、この時だけは雨が降らなかった。

黒滝 売店のおばさんに
 この駐車場から上は未舗装だが
 車を回して引き返す場所はあるのか
 と尋ねるともちろんどこででも回せると言われた。
 どこででも回せるのは言いすぎだと思ったが
 車から離れると雨が降る(と思う)ので
 歩くのを諦めて車で見て周ることに決めた。

 車で周った数時間、雨らしい雨は殆ど降らなかった。
 やはり車を離れてはいけなかったのだ。
 それもそのはず、高の瀬峡は
 剣山スーパー林道の終点部分に当たるのだから。
 
 スーパー林道のかみさまに
 歩くのは遊歩道だけにしなさいよと
 戒められているような気がした。
11

03

23:50
Mon
2008

No.0422

水分補給

山歩きに欠かせないのはカメラにおやつ、そして水筒。
以前(詳細は「事件」参照のこと)、かばんの中身を谷底へ落としてからというもの
私は滝探しなどで山に入る時はカメラとタオルを首から提げ、
軍手をポケットに入れる以外はまったくの丸腰で出かけることにしている。
後は全部車の中に置いておく。
山の中で車上荒しに遭うのと何らかのアクシデントでかばんの中身を失うのとでは
圧倒的に後者の方が発生確率が高いからである。
もちろん、車の鍵はちゃんと閉めるが。

炎天下の野原を何時間も歩き回ることもあるし岩場をよじ登ってみることもあるし
うっそうとした森の中をひたすら歩くこともある。
喉は渇くが水筒は車の中なので、時には干からびてしまうんじゃないかと思うこともあるが
丸腰の山歩き中、私は困った事がない。
いや、決してその辺の水溜りとか川の水を飲んでいるわけではなく、
栄養分を蓄えるコブを背中に持っているわけでもない。
私のオアシスは歩いてやってくる。

山道を、汗を拭き吹き一人で歩いていると
同じく山歩きをしている人達がこんにちはーと声をかけてくれる。
彼らは私と違ってプロ(?)なのでちゃんとリュックに鈴をつけていたり
そのリュックの中にご飯やおやつや果物やお茶がたくさん入っており、
運良く(彼らにとっては運悪く?)同じ場所で休憩していると
「あらあなた、よかったらコレどーぞ」とその宝物を分けてくれるのである。
また、あまり訪れる人のいない丘や畑ばっかりの山なんかだと
畑の手入れに来た村人が持ってきたお茶をくれたり
畑になっているみかんを「好きなだけ持ってきなさい」と振舞ってくれることもある。
よって、私は丸腰だけれども自分の身を守る軍手とタオル、
この地にやってきた証を残すためのカメラさえ持参すればよいという
大変な強運の持ち主なのである。
ただ、私が登る山はあくまで低山なので、富士山やなんかに登らんとする人は
自分でちゃんとした装備を持って、ついでにコンパスなんかも持って行けばいいと思う。

さて、今日の私はお昼寝をしてしまったくせにお昼ご飯を食べ過ぎたので
ちょっと消化促進をしてやろうと隣町である港町へ歩いて遊びに行った。
カメラだけ携えて意気揚々と歩いていたのだが、今回ばかりはとても困った。
この町へ来るまでに色々と寄り道をして、ムダに何時間も歩き続けたため
水が飲みたくなってしまったのである。
自販機やスーパーなんかは点々とあるものの、お金がないともらえない。
「アンタ、見慣れん顔やね」とわんこの散歩をするおばさんが声をかけてくれたので
「隣町から遊びに来たのです」とご挨拶するも彼女も丸腰なのでどうにもしようがない。
くりくりとわんこの頭をなで、「またおいでなさいね」と手を振るおばさんに別れを告げたが最後、
もう後にはヤンキーのような少年少女以外にすれ違う人もいなくなった。
あの少年少女に仮にお金を貸してくれと言ったところで、
カツアゲと思われるか若しくは反対にカツアゲされるかのどちらかだろう。
むろん、カツアゲされてもお金なんか持ってないが。
飛んでみろと言われれば何十回でも飛んでやる勢いである。
カツアゲ覚悟で少年少女にお金の無心をしようかと悩みながら歩いていると
いつの間にか家の前にいた。

水筒は、町歩きをする時こそ必要である。
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