続続・よいこの1日  -

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No.0

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09

29

23:55
Tue
2009

No.0477

雨の日

昨日の夜は雨が降っていなかったのに怠け心が働いて
ウサギの家を掃除してやるのをサボってしまった。
明日、やればいいやと早々に寝てしまったのである。
すると今日は朝から雨が降った。
本当は毎日掃除してやらなければスノコだって傷みが早いのだが
まあ1日くらいはサボったところでウサギは怒らないし
最近は暑くないので臭いもあまりない。
が、これが2日ともなると・・・。

今日、家に帰ると、別に韻を踏みたいわけではないけれども
クサイウサギが出来上がっていた。
しかもこのクサイウサギは元々キレイ好きなヤツなので、
トイレが汚いと文句を言いながら足をダンダン慣らして地団駄を踏んでいる。
仕方がないので濡れるのを覚悟でトイレとペットシーツだけでも変えてやることにした。

スノコに挟まったフンを取り除こうとほうきでザカザカやっていると
私の腕に小さな蚊がとまった。
もちろん、黙ってばちんとやって仕留めた。
私の血を吸うなんて恐れ多い蚊である。
手に張り付いた蚊を指先でピンと弾いてからスノコのフン取りを再開した。

あらかたスノコがキレイになり、最後の一粒に苦戦していると、
私の右腕に何とナメクジがとまっているのに気づいた。
もちろん、チキャァァと声を上げて振り払った。
大変大きな声が出たので、恐らくご近所の方々は
"babarさんちの娘さんが錆びた滑車か何かを外で回した"
などと思っているのではなかろうかと思う。

とにかく、地面に叩きつけられたナメクジは慌てて逃げようと走り出した。
私の腕にとまるなんて恐れ多いナメクジは成敗せねばならない。
ほうきを投げ出して私は台所に走った。
見回したところ、塩はない。
おかーしゃんがどこかへ仕舞い込んでいるのだろう。
冷蔵庫を開けたがビールもない。が、カフェオレはあったので心が躍った。
カフェオレは後で飲むことにしてまずはナメクジだ。
ヤツは意外に足が早いのでさっさと塩を見つけて戻らねばならない。
しかし、料理に塩は不可欠だと思うのにどうしても塩の壷が見つからない。
もしや塩分の取りすぎを気にする私を気遣っておかーしゃんが封印しているのだろうか。

結局、どうしても見つからないので私は、"味塩コショウ"のボトルを持って玄関に戻った。
件のナメクジはと言うと、玄関をよじ登って家に入ろうとしている。
どうしてこのナメクジはこうも失礼なヤツなのか。
私を驚かせて不機嫌にさせた癖に私の家へ上がりこもうとしている。
家に上げる気などさらさらない私はこの失礼なお客人に向かって"味塩コショウ"を振りかけた。

コショウが入っているから効き目は薄いかと思いきや、ナメクジはあえなくツルリと落ちた。
念のため、もう2~3度、塩コショウをしてから
ウサギと、野次馬にやって来たかのんと、勝手に入ってきた数匹の蚊を連れて
私はさっさと家の中へ入り、勢いよく玄関のドアを閉めたのである。
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09

26

23:39
Sat
2009

No.0476

相棒

しまなみ海道走破に当たり、ぜひともマイチャリを連れて行きたかった。
が、軽自動車にはとてもじゃないがそのままは入らないし
車輪を外してまで持って行ったところで不慣れな組み立てを
即座にスマートにやってのける自信もない。
幸運なことに連休中のレンタサイクルは予約不可とのこと。
思い立ち旅行者の私には大変有難い措置である。

今回の旅のお供は白いクロスバイク。
サドルだけ調節し、元気よく行ってきますと走り出した。
が、よくよく考えてみるとサドルの位置が後ろすぎて、ハンドルまでの距離がものすごく遠い。
しかしここまで来て施設に戻るのも面倒なのでそのまま走ることにした。
この数百mの不精は非常に致命的だったのだが。

体に合わない自転車に乗るのは危険だし体に負担がかかるものである。
数十kmも走るとまず、お尻が痛くなってきた。
もう少し走ると腰が痛くなってきた。
片道77km、明日は同じ距離を戻ってくるのにどうにか快適に走りたい。

自転車を停めて休憩していると、サドルの後ろに小さな小箱がぶら下がっていることに気づく。
これはもしかして六角レンチが入っている?
そうかやっぱり基本的なキットは装備されているんだと心を逸らせながら
小箱を振ってみると、何の音もしなかった。もちろん、蓋もない。
つまり、箱じゃない。

多分、目印か何かなのかもしれないが何なのかよくわからなかった。
何だよ紛らわしいところにつけるんじゃないよバーロー・・・
と、心の中で悪態をつきながら次に思ったのは、
「ロードに乗ってる本気チャリダーは必ず持っているはず」
と、いうこと。そう、借りる気である。ついでに調節もやってもらう気である。
何ともいい考えだと目を輝かせてしばらくターゲットを待っていたのだが、
生憎ここに停まって休憩するのはレンタサイクルのママチャリばかりで、
本気チャリダー達はと言えば、かまいたちが起きるんじゃないか
というくらいのスピードで過ぎ去って行くのみだった。
そうか。本気チャリダーはこんな手前では停まらないのか。
仕方がないので、本気チャリダーが停まりそうなくらいの場所までこのまま行くことにする。

が、その後も本気チャリダーは上手く捕まらず、
コンビニなどで見かけても水を買ったり用事が済むとすぐに走り出す。
腰を据えて休憩している場所に辿り着く頃には自分が疲れていて
赤の他人にお願いを申し出るのも億劫になっていた。
結局、ハンドルとサドルが仲違いしたまま
私はしまなみ海道を渡りきったのである。
09

22

23:42
Tue
2009

No.0475

愛媛記

あまり雑誌を読む習慣のない私がたまたまめくった雑誌に載っていた、
翠波(すいは)高原に咲く一面のコスモスが見たくなったのと
あまりTVを観る習慣のない私がたまたま観た番組で取り上げられていた、
別子銅山の東平(とうなる)地区にある神秘的な建物が見たくなった上に、
せっかくだから以前から狙っていたしまなみ海道のチャリ走破を遂げてしまおうと
シルバーウイークを利用して愛媛県を訪れた。

翠波高原に着いたのは10時過ぎだった。
天気予報では、今日は晴れ、明日と明後日は曇りのはずだったのに
空は一面に雲が覆っていて何だか暗い。
そしてここ、翠波高原には人っ子一人いない・・・と思ったら中年の女性が3人、
たいしたことないわねと話ながら歩いていた。
そう、本当に大したことがない。
どうも来る時期が遅かったのか、コスモスは若干枯れ気味でまばら、
"一面のコスモス"なんてウソ・大げさ・紛らわしいことこの上ない。
後でよく調べるとここのコスモスの見ごろはお盆辺りらしい。
せめて天気くらい味方してくれたってバチは当たらないと思うけど・・・とがっくりしていたのだが
山の天気は変わりやすい。なんとか心と秋の空とも言うし、
待ってりゃ晴れるかもしれないとぷらぷら歩きながらしばらく時間を潰すことにした。

が、誰もいない高原で枯れかけコスモス相手に話をした所で
いくらも時間など潰せるわけがなく早々に退散。
山を降りる頃には青空が見え、ウソのように晴れてきたことは言うまでもない。
青空が見たければあまり朝早くに行くもんじゃない。

さて、別子銅山跡は、新居浜市街から見て一番手前がマイントピア別子という施設、
その奥に東平、そのまだ奥に旧別子銅山跡がある。
翠波高原から山の中を走ってきた私はこの旧別子銅山跡を一番最初に訪れた。

旧別子銅山跡は、山を登りながら集落の軌跡を辿るのだが
ここを訪れることを念頭に置いていなかった私は
ジーパンに普通のスニーカーというイデタチで相変わらずの丸腰で登り始めたのである。
それでも途中までは山というか坂道なので苦もなく歩いていた。
しかしダイヤモンド水という、黒い筒から水が噴き出している辺りで
この水をがぶ飲みした後の道はと言えば、
水さえ持っていないようなヤツは一昨日おいでと言わんばかりの本気な山道であった。

"銅山越え"を越えるとまた別の方面へと抜けられるらしいが、
車で来ているので最終的には当初の場所へ戻らねばならない。
銅山越えは魅力だが、この靴にこの服に水もない。
どちらにしても引き返さねばならないのだが問題はどこまで行くかである。
あの義経があずりながら超えた"あずり越"だって超えられたのだから
こんな山道で負けるわけにはいかないと妙な対抗心を起こし、
前方へと伸びる道に任せて歩みを続けた。

ふと時計を見やると時間は既に正午を回っている。
そもそも別子銅山に来たのは東平に行くためではなかったのかと自問し、
次の瞬間にはきびすを返してあっけなく引き返していた。

途中、通行止めに遭ったこともあり、別子銅山東平地区に着いたのは3時前。
あのTVで見た非常に神秘的な建物は貯鉱庫跡で210段の階段を降りたところにある。
わくわくしながら階段を駆け下り、大きな大きな貯鉱庫跡を見上げると・・・
眩しくて何も見えない。
貯鉱庫の方に向かって立つと、太陽が丁度斜め上に位置しているのである。
早朝の朝もやがかかった映像に感動してここに来ようと思った癖に
どうして私は昼の3時にここにいるのか。
大きな建物を見上げる時は昼過ぎて行くもんじゃない。
09

17

21:34
Thu
2009

No.0474

DM作業は嫌いではない。
一昨日、DMを送るためにカラー用紙に輪転機で印刷したものを
自席でオリオリする作業をやっていた。
と、カラー用紙の紙の粉が悪いのか輪転機のインクが悪いのかどうも鼻が痒い。
鼻が痒い痒いとイライラしながら独り言を言っていると、
隣に座っている後輩のN殿が「babarさん、お鼻が痒いのですか」とビクビクしながら尋ねてきた。
ええ、こうも長い鼻を持っているといらないものまで吸い込んでしまって往生するのだ。

翌日、今度はDMに封入する案内文書を印刷した白い紙をオリオリした。
と、白い用紙の紙の粉が悪いのか輪転機のインクが悪いのかどうも顔が痒い。
その上、オリオリする手まで痒くなってしまった。
鼻が痒い手が痒い全部痒いとイライラしながら独り言を言っていると、
隣に座っている後輩N殿が「babarさん、大丈夫ですか」とビクビクしながら気遣ってくれた。
ええ、大丈夫だけれどもとにかく痒いのだ。

今日、耳鼻科が大好きな後輩N殿に2~3日前から右耳が不調であることを話した。
以前も一度、右耳の調子が悪く耳鼻科へ行ったのだがどこにも不具合は見つからず、
強いて言えば鼻が悪いと言われただけだったので病院へ行く気はないのだが、
右耳に膜が張ったような感覚があって不快なのである。
「babarさん、それは耳閉感というらしいですよ。読み方わかりませんけど。」
と、ヤフーで検索しながら彼女は言った。そして、顔を上げてこう続けた。

「babarさん、こないだから鼻だの耳だの不調が続いてますけど
どうもお顔がお悪いようで・・・大丈夫ですか?」

顔が・・・悪い?
そんなのほっといてくれと思いながら、
「そうなのうんうんお顔が悪くてね」と頷いておいた。
09

16

23:08
Wed
2009

No.0473

怒れる日

ご機嫌に鉛筆を転がして遊んでいたところ、一本の内線電話がかかってきた。
電話の相手は誰だかわからないがとにかく事務センターの殿方で、
3回名前を聞いても聞き取れなかったので「電話が遠い」と文句を言ってから用件を聞いた。

電話の主はアレアレ言いながら通話音量を調節し、
こちらはこちらで受話音量を調節してやっと具合よくなった所で聞いてみたその用件は、
当支店のお客様から受け入れた書類に不備があり処理できないのだが、
勤務先に電話をしないよう但し書きがあって怖いので
こちらで何か用件があって電話をかけるならば不備書類の件を伝えてほしいというものだった。
かけるかどうかはわからないし私以外がかけるかもしれないので
伝えて欲しい用件があるのであればかける人がすぐ気づくように
その旨を記録しておいてくださいと頼んだところ、
電話の主が突然、おキレ遊ばした。

「我々はですね、もう2年も前から本部の支持によりこの業務やってんですよ。
不備があっても全部が全部、そっちの支店で見られるように記録やってるわけじゃないんですよ。
そりゃぁかけろと言われりゃかけますけどね。電話。
でもかけても出ないとかで意味がないんじゃないかと思って
そちらについでがあればと言ってるんじゃぁないですか。」

と。
よくわからないけれども私は怒らせてしまったらしい。
彼の怒りのお言葉を「ハァ、ハァ、、」と聞いているうちにこちらも腹が立ってきたので
「では、私が覚えていれば、かつ電話をかける機会があればお伝えしますが
何百人とお相手しているもんで確約はできかねます。それに私以外にも複数名いるもんで
その人達はそこまで把握できないと思いますので悪しからず。」
と返答したところ、
「なに。と、いうことはこちらにマニュアルどおり電話をかけろとおっしゃりたいのですね。」
と声をワナワナさせながら殿方は言った。
私は、「ええ、まあそういうことです。2年間やっている通りにあなたの仕事をしてください。」
と伝え、それじゃと言って電話を切ったのである。

ナンバーディスプレイに残った内線番号を辿って彼を調べてみると、
どうも事務センターのリーダー殿らしく、名簿の一番上に載っていた。
ああ、誰とも知らずに暴言を吐いてはいけないなと反省していると、
さっきからずっとカラーコピー機の前でイライラと立っているN次長がおもむろに
「誰だよこんなにカラーコピーだしまくってるのは。ボクのが出ないじゃないかよ。」
と、独り言を呟いた。

「あらーすいませんね。それ、私です。これからK次長が訪問先にお渡しするのでホホホ。」
そう言って立ち上がったのはbabar社最強のオツボネ様である。

「えぇえー。いやいやボク、あと1時間でもここに立ってますんでゆっくりコピーしてください。
もうこの歳になったら自分より下の者しかコピーなんてとらないので
まさかアナタ様がとってらっしゃるとは思いもよらず・・・」
と、N次長は後ずさった。
誰とも知らずに暴言を吐いてはいけないなと思った。

そう言えば高校生の頃、部活の皆でBBQをしていた折に
私がせっかく分別して置いてあったゴミ袋の燃えないごみ入れに
割り箸が捨てられていたのを発見して、
誰が見たって燃えないゴミ入れに割り箸なんて捨てた輩はどこのどいつだと騒いだ所、
「おう、それワシじゃ。悪いな」と怖い先生が背後から現れ、
先ほどの暴言に気を悪くしていないかとドキドキしながら私は、先生ならいいんですよと
笑いを引きつらせながら割り箸を燃えるゴミ入れに入れ直したことを思い出した。

ジャイアンの悪口を言っていると後ろから現れるのはいつでもジャイアンなのである。
09

15

23:49
Tue
2009

No.0472

社内放送の罠

ボルネオ日記はKKに戻った1日分が残っているけれども
とりあえずここで強制終了。

これまで、がんばる書く更新すると言いながら全くできていなかった言い訳をさせて頂くと、
実は先週の日曜日に資格試験があったからである。
社内放送で合格者インタビューなんかを見せられながら
今回は勉強しなくなってからウン十年の人やこないだ大学卒業したばかりの人まで
総勢20人ほどが我が社から受験した。

この社内放送が曲者で、ピースサインをしながら
「1日2時間、べんきょしました」
とか、
「平日は1~2時間しかできないので土日は5時間やってました」
とか、聞いただけでうへーっとなるような苦学を積んできた人達の成功事例を見せられ、
「そこまでしなければ受からないほどむつかしい試験なのだ」
と、私も含め受験予定の支店従業員全員がマインドコントロールされていた。
当然ながら継続して毎日2時間も勉強などできるわけもない我々は
どうやっても受からないものなりと腹をくくっていたのだが。

それでも熟年層のオツボネ殿たちには家事があるからと言い訳が立つ。
しかし私は。
ご飯はおかーしゃんが作ってくれるし夜の自由な時間は2時間以上ある。
TVはもともと見ないしやってできないわけでもないが冗談じゃない。
やりたい事を我慢して悶々と参考書をめくる2時間と
やりたい事を先にやってしまって心置きなく勉強する30分を秤にかけ、
私は迷わず後者を選んだ。
ただし、やりたい事に「眠る」は含まない。
これを先にやってしまうと次に気づくのは夜が明けていること間違いないからである。

しかし最初は10分とか20分しか勉強時間がとれなくとも
試験まで1ヶ月を切ると大概の人は焦り始め、やりたい事が勉強になってくる。
よって自然に勉強時間は増えるのでまったく問題はない。
とすると、我々を悩ませた「1日2時間」だの「土日に5時間」だのという社内放送は
試験1週間前とかの駆け込み時期に限っての話か、
あれやこれやと煩悩と戦いつつ1日の大半を机に向かい続けて半年や1年を過ごした空想家の話か、
間違って司法試験か何かを受けた人の話だという事になる。

とにかく試験は終わった。
結果が出るのは来月なので本当に終わったのかどうかは不明だけれども
今からどうした所で結果は変わらないので一旦終りである。

ちなみに、試験が終わった後の自己採点をして
「1点(或いは2点)足りなかった」と騒いでいる人達の言葉はたいていウソである。
仮に本当だったとしても、1点だろうが10点だろうが足りなければ不合格だ。
次の試験の時にその点数の続きからできるのであればずっと騒いでくれても構わないけれど
生憎、次回はまた0点から合格点まで積み直さねばならないので
社内放送よりもその事実こそ真摯に受け止めなければならない。
09

13

21:37
Sun
2009

No.0470

ネコの町

IMG_1490.jpg


サンダカンの町を歩いているとそこかしこにいるのがネコ。
KKでは小さな女の子が蛇を首に巻いてペットだと紹介してくれたり
サンデーマーケットでヒヨコや犬やスッポン(これは食用か)が売られていたが、
サンダカンでは野良にしろ飼い猫にしろ本当にネコが多い。
宿の近くにあるレストランでは、おこぼれに与ろうとする野良猫がたくさんいて、
たまにゴミ箱の後ろからネズミをくわえて走り去ったりもするし
通りを歩いていてもベンチの影や売り物の上でネコたちが昼寝をしている姿が目に付く。

この町のネコはかわいい。
日本にいるネコたちの多くは痛い思い出からか、どこかいじけていて
とても警戒心が強いため一緒に遊べないことが多いのだが
ここにいるネコたちは飼い猫も野良猫も大概は遊んでくれる。
しかしながら私は犬派なので取りあえず犬も探してはみた。
が、残念ながらサンダカンの市街地ではなぜか見当たらなかった。
郊外のお寺を見に行った折には、犬が大量にいた地域があるにはあったが
ガリガリに痩せた犬が日向で寝ているのは、どう見ても倒れているようにしか見えない。
挙句の果てに、何もしてないのに吠え立てられて追いかけられてしまった。
やっぱり基本はネコなのである。

今回の旅ではネコに会う度にちょっかいを出しては写真を撮っていたので
帰ってから写真を見返してみるとサルや象に負けない数のネコ写真が出てきて
一体どこに行ったのだかよくわからない旅写真になってしまったのである。
だから、サンダカンってどんな町かと聞かれると
私はきっと「とにかくネコがいっぱいいる町だ」と答えることだろう。
09

12

22:25
Sat
2009

No.0471

教会と寺

何というか1ヶ月もほったらかしにしてました・・・
旅行記、終盤近いので早急に終わらせます。

IMG_1760.jpg


相変わらず曇り空だけれどもこれはこれで好都合。
歩き回るのに快晴だと暑くていけない。

サンダカン3日目にしてもう行くところがなくなったので
ガイドブックを見ながら近場でまだ行ってない場所を探し、
聖ミカエル教会とプー・ジー・シ寺を見に行く事にした。

徒歩で聖ミカエル教会を訪れた後バス停に向かい、プー・ジー・シ寺に行きたいのだと
バスの案内所で聞くと、彼らはプー・ジー・シ寺を知らないようだった。
プー・ジー・シ寺をいくら連呼しても「ハァ・・・何て言ったのもう1回言ってくれ」と
どうにもわからない様子である。
この寺の名前は言い難い上に発音というかアクセントというか
どういう風に言えばいいのか私もよくわからないので
あまり何度も言わせないでほしいのだが、一人につき2~3回は言わせられ、
あっちで聞けこっちで聞けとバス停だけで何回プー・ジー・シ寺を言ったかわからない。
最終的に地図を見せて「プー・ジー・シ寺。」と言ったところ、
「ええ?あぁ、"チャイニーズ・テンプル"ね。ハイハイ。」とやっと納得してくれた。
そうかここの皆さまはプー・ジー・シ寺とは言わないのか。
バスに乗ると、寺の前で降ろしてくれるよう案内所の人が運転手に頼んでくれた。

プー・ジー・シ寺の看板の前でバスの運転手さんが
「チャイニーズ・テンプルはここでお降りなさい」と言って境内までの道を教えてくれた。
お礼を言ってバスを降りると看板にはいかつい文字で「普済寺(プー・ジー・シ寺)」と書いてある。
なんだやっぱりプー・ジー・シ寺じゃないかと思った。

ぽつぽつと民家が生えている道を歩き、
野犬か飼い犬かわからないがとにかくガリガリの犬に追いかけられ、
やっとの思いで寺に着くと、寺が見えないほどの急な坂道が目の前に現れた。
仕方がないので再びふーふー言いながら坂を上り、
途中で立ち止まって休憩していると後ろから半ズボンをはいたおじさんが
太陽のような笑顔で話しかけてきた。
が、どうも中国語らしく何を言っているのかわからない。
逃げ出したくなっていると「ごめんごめん中国人じゃなかったんだね」と今度は英語で言った。
韓国と日本のどっちだと聞かれたので日本であると答えると
もうすぐだからがんばれと励ましの言葉を残し、軽やかな足取りで坂道を上って行った。

中国仏教の寺だけあって赤や金で彩られた絢爛豪華な寺をゆっくり見て周り、
再びバスに乗って宿に帰ると、宿の人にどこへ行っていたのかと聞かれた。
プー・ジー・シ寺だと答えると案の定、「え。何て言ったの」と聞き返された。
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