続続・よいこの1日  -

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No.0

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08

14

23:15
Sat
2010

No.0525

インド人達

CRW_4489.jpg

インド風景にインド人は欠かせないものである。
何せ、人口13億人の国なのだから右を見ても左を見ても、
そして上を向いても建物の窓に、下を向いても道端に転がるインド人がいる。

ここ、バラナシはガンジス川の広がる観光地であるにも関わらず
外国人は妙に珍しいらしく、突き刺さる視線を感じない時はない。
まあ、タージマハルにしろガンジス川にしろインド人観光客も集まる場所なので、
多少の外国人が四方八方から集まって来た所で
インド人比率が崩れるには至らないのだろう。

町を歩けば土産物屋の呼び込みが自分の店から遠く離れてもまだついてくる。
リキシャー達も追いかけてくる。
ついでにサイクルリキシャーも参戦してくる。

その辺に立ってチャイなどを飲んでいる殿方達はアゴを2回ほどツンツンと上げて
妙に気持ちの悪い目配せを送って来る。
ので取りあえず気付かないフリをしてそのまま通り過ぎることにする。

レストランに入れば他の客の視線を一手に引き受けることになる。
挙句の果てには座っているのはレストランの2階なのに1階の外から
インド人が我々を写メで隠し撮りしている。
かと思いきや、気付いたら気付いたでカメラ目線の写真もバッチリ撮ってくれる。

宿に帰ってもインド人の視線からは逃れられない。
向かいの窓からインド人が数人並んでずっと覗いているのである。
それも向かいだけでなく斜め上のおっさんまで窓際に腰掛けてこちらを見ている。

鉄格子の入った窓の前に椅子を置き、前のビルにいるインド人と向かい合って座っていると
動物園にいる動物の苦労がよくわかるというものである。
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08

07

12:03
Sat
2010

No.0524

ニッポン

CRW_4438.jpg

バラナシのインド人は日本語が上手である。
どこを歩いても日本人だとわかるや否や土産物屋の店員の半数は日本語で挨拶をし、
5人に1人は片言の日本語を少しだけ話し、10人に1人は日本語をほぼ完璧に話した。
親切なインド人少年のお陰で無事に宿に帰れたので、
お礼にお土産の紅茶を買ってあげることにした。
店は新しく開店させる途中らしく、ちゃんとお茶はあって営業はしているものの
ペンキだの工具だのが狭い店内に散乱している。
少年は日本語の勉強中らしく、ほんの少しだけ日本語を話した。

店に入ってすぐにやって来た彼の友達だという青年は、とっても早口ではあるが
日本語がペラペラである。彼は斜め前の洋服屋さんで働いていると言った。
「キミ、インドは初めてじゃないね。どっかで会った?」
と洋服屋の彼が言う。
私は、インドは初めてだしバラナシは数時間前に来たばかりだしキミの事も知らないと答えた。
彼は、いつか来た日本人のなんとかちゃんによく似ていたから聞いてみたのだと言った。
ひと昔前のナンパのようであるなと思った。
その後、お茶屋さんの少年がチャイを買ってくるからと出て行ってしばらく、
この胡散臭い早口の青年と会話をして時間を潰す。
会話と言っても彼の持論をひたすら聞いていただけである。
とにかく、彼はインド人は人を騙してばかりだけど自分はそういう人間ではない、
というような趣旨の話を延々と早口でしゃべり続けた。
もっとも、彼の話のどこをとっても私の心の琴線に触れる部分はなかったが。

ちょっと紅茶を買いに来ただけなのに思いの外、時間を取られてしまった。
G殿の待つ宿へ再び戻ると、アグラではあんなに暑いのが嫌でクーラーがどうのと言っていた彼は
外より暑いんじゃないかと思うような部屋の中で倒れていた…いや、眠りかかっていた。
ファンもつけずに暑いじゃないか、こんな所にいたら死んでしまうと叫び、
ファンのスイッチを入れようとするも、いくつかあるスイッチのどれを押してもファンがつかない。
どうやら停電らしい。
停電になっても自前のバッテリーでファンは回るんじゃなかったのか。
話が違う、こんな暑い部屋にいられるかいと一人で憤慨し、
外の方がマシだとG殿をまくし立てて外出することにした。

路地を出て、広い通りを歩いていると道を挟んだ向かいの店に座って
こちらに手を振っている白人殿方がいる。
立ち止まってよく見てみると、N殿であった。
何してんのとご機嫌な様子のN殿の傍に駆け寄るなり私は、
停電でファンが回らず暑くてたまらないから外に出てきたと
鼻息も荒く彼を責め立てた。
彼は落ち着いた様子で「おかしいなーそう怒んないでよ」と私を窘め、
宿の人に言ってくれと事も無げに言った。
また、まだ外は暑いからここで少し休んで行けばと提案したので
見まわすとここは布屋さんであることに気付いた。
そうそう布も欲しいんだったと思い出し、
じゃあ象の柄が入った布を買いたいからここでお買い物をすると言うと、
N殿はチャイでも飲みながらゆっくり選んで行きなさいと言い、
その辺にいる人にチャイを買いに行かせた。

「奥にいっぱいあるから彼と一緒に見ておいで」
とドアの向こうの部屋へ私だけ通され、一人の青年と中へ入った。
何か涼しいパンツでも買おうかなと呟いたG殿は
N殿に相手をしてもらって布を見ながら時間を潰す。

四方が布の棚になっていて窓のない、締め切った部屋はとっても暑い。
暑いから宿を出てきたのにこんなに暑い部屋で布選びするのは嫌だと文句を言うと、
青年は「チョットマッテ。マダハジマッタバカリダカラ」とファンを指さした。
ハジマッタバカリ…「ファンをつけたばっかりだから」と言いたいのだろうか。
この布屋の彼は名をB殿と言い、N殿の一番の友達である事を後になって知る。

箱の中から何十枚も布を出しながら彼のセールスが始まる。
その第一声は、「キミ、インドは初めてじゃないね。どっかで見た事あるよ」だった。
またもや陳腐なナンパの手口のようなセリフに思わず笑ってしまった。
どうして笑っているのと不思議そうなB殿に、私はやはりインドは初めてだと答えた。
すると「自分の友達にジュンチャンて女の子がいて、キミはその子にそっくりだ。だから
見た事があるような気がしたのかもしれない」と大方想像通りの返答を返してきた。
インド人の土産物屋の接客は大体同じ切り口から入るらしい。

が、B殿は片言ながら素晴らしい日本語で絹の見分け方や柄の説明を披露し、
しびれを切らしたG殿がもう決まったかいと部屋を覗きにくる程の時間をかけて私は布を選んだ。
結局、シルクのストールを1枚選び、ちょっとだけまけてとお願いして購入。
大分長い間、G殿を待たせているので早々に立ち去ろうと思ったが
B殿は自分が布をたたんでいる間に写真を見て欲しいとアルバムを出してきた。
仕方なくアルバムをめくって知らない人達の写真や風景写真を眺め、
3冊のアルバムをさっとめくって見終わったが何十枚も広がった布はまだ大分残っている。
客である私がこの後片付けに付き合う必要はあるのかと疑問に思い、
友達をずっと待たせているからもう行くと彼に告げ、
もうちょっと話したいと言う彼を残して部屋を出た。

部屋の外へ出ると暑さは幾分和らいでおり、
日の沈みかけている町は何となくオレンジ色っぽくなっていた。
怒ってはいなかったが当然のごとく待ちくたびれているG殿に
待たせてごめんと謝ってから布屋を後にした。
08

05

22:46
Thu
2010

No.0523

小路で迷う

CRW_4455.jpg

ちょっと前の「歩き方」には“少年”と書かれていた、
今は立派な青年である端正な顔立ちを持った色白のインド人は名前をN殿と言う。
ハーフのM嬢は彼のバイクの後ろに、我々2人はN殿が交渉してくれた
サイクルリキシャーに乗ってバラナシの街へと向かった。
宿も決まっていない我々にN殿は、M殿の部屋しか手配してないけど
よかったら君達の部屋も用意すると言ってくれたのでお言葉に甘えて
M殿の隣の部屋を取ることにした。
「あ、それとこの部屋はエアコンないけどそれでもい…」
「エアコン要りませんからその部屋お願いします!」
N殿が言い終わらないうちに力強くそう答えると、
彼は目を丸くして「あ…そう。ならよかった」と言った。

突然、部屋を用意してもらうことになったのでまだ掃除ができていないとのことで
宿の前にあるカフェで座って待ち、30分程経ってからようやくチェックイン。
N殿の話によると、停電は多いがこの宿はバッテリーがあるから
ファンや電気がまったく止まってしまうことはないとのことで安心である。

さて、まだ日は高いが昨夜は寝台列車泊だったので、
取りあえずシャワーを浴びて洗濯をし、夕方くらいまで宿でゆっくりすることにする。
M殿の部屋にはシャワーもトイレもついているが我々は共同風呂、共同トイレである。
お世辞にも清潔とは言い難いがシャワーを浴びれるだけでも有難い。

共同シャワーは、高い位置に蛇口がついているタイプのもので、
シャワーと言うよりはむしろ打たせ湯と言った感じである。
お湯は出ないが何せこの暑さなので、適温のお湯となった水が夜になっても冷めずに出てくる。
しかも申し分のない水量で、まさしくお風呂に入った!という爽快感を味わえることもあり
周りが少々汚くてもまったく問題はない。
が、2日目になると宿の人が気を利かせたのか蛇口にシャワーヘッドが取りつけられた。
このシャワーヘッドが曲者で、ちゃんとついていないもんで出てくる水の半分は
あらぬ方向へ飛んでいってしまうという事態となった。
取り外そうにも手が届かず、2日目からは仕方なく下についている蛇口を使うハメになる。

シャワーを済ませた所で私は自分の水が残り少ないことに気付き、
G殿が洗濯をしている間に水を買ってくると言い残し、一人で宿を出た。
入り組んだ路地が続く道を歩いて小さな商店を見つけ、水を買う。
店主にコーラはいらないのかと聞かれたため、コーラは要らないが
フルーツのジュースをもらうとペットボトルのマンゴージュースも購入した。

さあ宿に帰ろうと歩き出したものの、気がつくとまったく通ったことのない道にいた。
引き返してさっきの商店からやり直そうと思うも、今度はその商店さえも辿りつけなくなった。
これは…もしかしなくても道に迷っている。
ああ、3分前に通った道を覚えていないなんて私にはよくある話ではあるが
ただ水が買いたかっただけなのにこんな所で迷子だなんて冗談じゃない。
お金も殆ど持ってないし携帯電話もない。知ってる人もいない。
もう泣いてしまおうかと思いながら適当に歩いていると、
さっき宿の掃除ができるまで待っていたカフェの前に着いた。
おっと宿までもう少し、がんばれ私。
そう自分を励ますものの、宿の入り口がどんなだったか忘れてしまい、
このカフェの周辺をまたふらふらと彷徨う。

一人の土産物屋が声をかけてきた。
土産物なんて探してない、私は宿へ帰るのだと言っているのに
まったくしつこいインド人が寄ってけ寄ってけとうるさい。
暑いし宿がわからず焦っている私は腹が立ってきたので握っていた小銭を見せて、
「お金はこれしか持ってない。これで買えるものがあるなら持って来な」
と言ってみると、インド人はオウオウと言いながら遠ざかって行った。

さて、一人になってせいせいした所で相変わらず私は宿がわからない。
カフェの周辺をまた歩いていると今度はぽっちゃりした少年がやって来た。
相手にすまいと無視をして通り過ぎようとしたが、彼は
「さっきから同じ所を歩いてるけど道に迷っているんでしょう」
と、こう言った。
そうそう宿に帰りたいのに宿がわからないのだと答えると、
彼は何ていう名前の宿かと尋ねてきた。
「それは…知らない」
そうだ。宿の名前も知らないんだった。
少年はえぇぇぇーとのけ反っている。
きっとこの少年もお手上げでオウオウ言いながら遠ざかっていくだろう。

が、この少年は非常に親切で、
「わかった。じゃあどんな宿だったか何か特徴を言ってくれたら考えてあげる。」
と言ってくれたので、宿の中は水色の壁だったと答えると、
「ああ、そこなら知ってる。連れてってあげるというかそこだよ。」
と、カフェの斜め前にある四角い入口を指さした。
そうだった。カフェの斜め前だったことを忘れてた。
一緒に中へ入り、ここで間違いないかと言われ、間違いないと告げると
自分はこの宿の隣で紅茶屋さんをしているのでよかったらまた寄ってと言い、
良かった良かったと帰って行った。

宿の人は私に、次から外に出る時は必ずこれを持って行きなさいと名刺を2枚くれた。
08

01

23:02
Sun
2010

No.0522

アグラ→バラナシ

CRW_4401.jpg

アグラからバラナシへ向かう寝台列車は3段ベッドのエアコン車である。
駅へ向かうのにホテルでオートリキシャーを手配してもらうと、
荷物を乗せるとG殿と2人だけでもぎゅうぎゅうなのに
もう一人、イギリス人女性も一緒に乗っていくと言われた。
私とG殿とバックパック3つが後部座席、
そして一人分しか座席のないドライバー席にドライバーとイギリス人女性が
それぞれ密着して乗って行くこととなった。

駅に着いてホームで列車が来るのを待っていると
向こうの方に日本人のような外国人のような女性が一人で階段を降りて来るのが見えた。
彼女の名前はM殿。
日本人とスイス人のハーフで、現在はスイスの大学に通っている。
この彼女のお陰で、私のバラナシ滞在は非常に楽しいものとなったのである。

車内はエアコンがガンガンに効いていて、
清潔なシーツとお世辞にもキレイとは言い難い毛布がついていた。
インド人の乗客は3等に比べると身なりが格段に良い。
列車は約30分遅れて発車し、
灼熱のタージマハル観光で疲れていた我々は、
列車が動き出してすぐに眠りについた。

目が覚めたのは朝の5時か6時か、とにかく早朝である。
「ちゃーいちゃーい」と面倒臭そうな声でインド人がチャイを売りに来た。
2つくださいと頼むと、彼は小さなカップにティーバッグを入れ、
でっかいポットの蛇口をひねって何だか薄いミルクを勢いよく注いだ。
1杯目を受け取り、ティーバッグを揺すりながらG殿に渡すと、ある事に気づく。
それは、ティーバッグを抜いたら量が半分になるという事である。
そこで自分の分である2杯目は、受け取ったらすぐにティーバッグを抜き、
もう少し入れてちょうだいと頼んでみた。
チャイ売りは苦笑いをしつつもちゃんとミルクを足してくれた。
「えぇぇえ俺も俺も…」と慌てるG殿を見ないフリしてチャイ屋は早々に立ち去った。

M殿は確か同じ車両に乗ってた気がするから呼んできたらとG殿が言ったので、
車両内を探しに行くと確かに彼女は同じ車両に乗っていた。
毛布にくるまって音楽を聴いている彼女に、我々は向こうの席にいるから
良かったら来ませんかと誘ってみると、じゃあ荷物を片づけて後から行きますとのこと。
座席の場所を告げて先に戻ると朝食が届いていた。

M殿は、何となく気が進まないから朝食は頼んでいないが
持ってるビスケットを食べるとのことなので、
遠慮なく私とG殿はアルミホイルを開けてみる。
中身はもちろん、カレーだ。

カレーはいい。問題はカレーの具である。
このカレーに入っているのは揚げたゆで卵が2つ。以上である。
コレステロールを気にしている私としては、卵はなるべく控えたい1品である。
食べるにしても週に1個までと決めている。
それでなくとも元々ゆで卵自体、あまり好きではない。
なのに一気に2個も、しかも茹でられた上に揚げられているではないか。
打ちのめされた私を尻目にG殿は美味しそうに茹で揚げ卵カレーを平らげた。
私は、仕方なく半分だけ卵を食べてはみたものの、やはりゆで卵は気が進まないので
残った1個と半分をG殿のカレーにそっと入れておいた。

ご飯だけ残ってしまい、どうやって食べようかと考えていると、
何か果物のような絵が描かれたパッケージのペーストが付いているのを発見。
どうやっても開かない袋を執念でこじ開け、ご飯にのせてみると
何とこのペーストは梅干しのような味がした。

ゆで揚げ卵を3個半食べて大満足のG殿と、
梅干し風味ペーストで割と満足な私と、
ビスケットをつまんで平静なM殿の3人は
取りとめのない話をしながら列車に揺られて
危うく乗り過ごしそうになりつつも無事にバラナシへ到着。

ホームへ降りるとハンサムな青い目の白人青年がM殿を待ち構えていた。
彼はM殿の友人で、日本語がペラペラであった。
このどこからどうみてもヨーロッパ系に見える彼は、
日本人の奥様と東京で暮らしている、現在は里帰り中の何と生粋のインド人だったのである。
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