続続・よいこの1日  -

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No.0

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12

30

22:01
Thu
2010

No.0535

宴の準備

CRW_5019.jpg

「今日は日曜日だから肉を食べたい」
とC殿が言い出し、B殿と私と3人でリキシャーに乗って
おいしいチキンを売っている店へと出かけることにした。
基本的にはベジタリアンである彼らだが、日曜日は肉を食べてもよい日にしているらしい。
インドは曜日によって神様があり、自分の好きな神様の曜日の日は
お酒や肉は口にしない人も多いのだとか。

30分ほど走った所で大きな通りに出ると屋台がぽつんとあり、
その屋台のチキンを求めて大勢のインド人が群がっている。
こんな遠くまでこないとチキンは手に入らないというわけではなく、
ここの店のチキンが一番おいしいのだそうだ。

当初は、B殿とC殿が買いに行くから私は宿で待つようにと言われたが
どうしても一緒に行きたいと頼み、連れて行ってもらうことにした。
店に着くと、来ているのはインド人の殿方ばかりで女性は私だけ。
店から少し離れた所でリキシャーに乗ったまま待つよう言われる。
屋台の傍へも近づかせてもらえない私は、
寒いだけで退屈になり、リキシャーの運転手が止めるのも聞かずにリキシャーを降りた。
と、すぐにB殿が飛んできて私の見張り番になった。

リキシャーの周辺を歩いていると、チキンを買いに来た一台の車が
おこぼれに与ろうとウロウロしている犬達のうちの1匹を後輪で踏んづけた。
ウギャーと叫んだ犬を見てウギャーと叫んだ所、びっくりしたB殿がウギャーと叫んだ。
どうしたんだとB殿が私を窘めているところにチキンを下げたC殿が走って戻ってきて
私とB殿をリキシャーに押し戻すや否や、リキシャーは発進した。

あんなに並んでいるのに早かったねと言うと、
暗くなっているし、チキンを買いに来ているインド人は酔っ払っている人もいるので
女の子がいたらちょっかいをだして客同士がケンカになるかもしれない、
店の人もそれを懸念して後から来た我々の分を先に焼いてくれたのだとC殿は言った。
後ろを振り返ると後輪に踏まれたさっきの犬は何と無事で、
仲間の犬に慰めてもらっていた。
3発のウギャーに驚いて店の人はますます急いでチキンを焼いたが、
1.5kg買おうと思っていたがすぐに焼き上がるチキンが足りず、
結局500gだけになったそうである。
私は強引に着いてきたことを侘びた。

帰りにもう一つお店に寄った。
鉄格子のはまった店でやはりインド人の殿方でひしめき合っている。
もちろん女性は皆無である。
その人だかりの中にB殿が強引に割って入って行き、
しばらくすると手ぶらで戻ってきた。
何を買ったのかと尋ねると、ジャケットの左右のポケットを叩いた。
ポケットにはビールが入っていた。
飲酒を良く思わない文化であるため、お酒を買うのも一苦労である。
どこででも売っているわけではなく、バーの数も少ない。
お酒屋さんは鉄格子越しにビールやウイスキーを販売し、
ラベルが見えないよう新聞紙で包んで持って帰る。
缶にはビールの文字が見えないようシールも貼られていた。
宿で頼めばもちろん買ってきてくれるが、持ってくる時も
誰が見ているわけでもないのに腕の内側に隠してそっと渡してくれる。
そう言えばヒンドゥー教の人は飲酒しないと昔、社会の時間に習った気がする。

この1件で反省したにも関わらず、その後も懲りずに夜の買い出しについて回り、
彼らは苦笑しながら連れて行ってくれたがどこへ行ってもそこに女性の姿はなく、
ちょっと離れた場所で退屈しながらじっと待っていなければならなかった。
やはり夜の買い出しは殿方に頼むのが鉄則である。
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12

29

22:00
Wed
2010

No.0533

インドで一番辛い仕事

CRW_5003.jpg

舟漕ぎ青年とB殿がチャイを買いに行っている間、
C殿とインドで一番辛い仕事は何かということについて話し合った。

私は、リキシャーの運転手が一番大変だと主張した。
人を2人も3人もたまに4人とか5人とか乗せて、
重い荷物なんかも一緒に乗せて、棒のように細い足で
自転車のペダルを踏む姿は、本当に大変そうである。
立ち漕ぎをする運転手の薄くなったズボンのお尻を見るたびに
こんなに重い荷物を乗せてすいませんと毎回申し訳ない気持ちになる。
しかも、徒歩の人が耳ホッカで歩いているのに
リキシャーの運転手はボロボロの布を頭に巻いたり
薄いマフラーでほっかむりをしているだけで、
労働環境は非常に過酷であると思う。
夏は夏で、あの暑さの中での自転車漕ぎは
例え荷物がなくても辛いであろう。

が、C殿が挙げた職業は意外なもので舟の運転手だった。
自転車は体を全部使えるからまだいいが、
舟は腕で動かすものなのでとっても疲れるからだそうだ。
流れに沿って舟を走らせる時は漕がなくても自然に進むからいいが、
流れに逆らって舟を漕ぐのは本当に大変だし、
川の水が多い時なんかはもっと力が必要になる。
その対価としての舟の代金は安すぎると思うのに
観光客は高いと言って値切ろうとする。
こんな仕事を自分だったら毎日できないと思うから
インドで一番大変な仕事は舟の運転手なのだそうだ。

舟を降りた後、舟代を払うと言ったが運転手は、
お代は不要と受け取らなかった。
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27

19:17
Mon
2010

No.0534

イルカの話

CRW_4980.jpg

舟で揺られていると時々、茶色くて大きな背中が
ぬるりと水面から上がって来ることがある。
この正体は、河イルカの背中である。

C殿曰く、このイルカの目は誰も見た事がない。
ガンガーに住むイルカは神の使いであり、
もしイルカを捕まえたとしても、
そのイルカには目がないのだそうだ。
なぜかと言うと、このイルカは水面に上がって来る時には
自分の目を川底に置いてから上がって来る。
捕まえられたら引き上げられる前に自らの目を川底に捨ててしまう。
だから、水面に上がって来たイルカにもし目があって
それを見る事ができた人は王様になれるのだと言っていた。

イルカの目を探してごらんと言われたので
よし来たとイルカの背中を追ってみたが、
見えるのはいつも背中だけで目はおろか、顔さえも拝む事はできなかった。

と、C殿が突然「babar、あっちの方を見ないで。」と言った。
何十mか先に大きな黒いものが浮かんでいて、
こちらに向かって流されて来ている。
「溺れたのか火葬場から流されたのかわからないけど
あれば大人の人間の死体だから見ない方がいい」
と言って舟漕ぎ氏に何やら話をし、舟は方向を変えて岸へと向かった。

あの黒いものはそのうち、ガンガーに住む魚やイルカの餌になるのだそうだ。
12

26

22:36
Sun
2010

No.0532

沐浴見学

CRW_4964.jpg

滞在中、バラナシの見どころは殆ど何も見ていない。
まだ足を踏み入れない内にテロがあったので、
メインガートさえ一度も行かずに過ごした。
が、舟は2回乗った。

1回目の舟を漕いでくれたのは、以前に舟漕ぎのレースで優勝したという青年。
ガンガーには、半年前に来た時にはいなかったカモメが無数にいた。
寒い時期になるとヨーロッパから渡って来るのだそうだ。
ベビースターラーメンみたいな餌も売っていて、
それを撒くと舟のまわりはものすごい人だかり…いや、鳥だかりになる。

この舟には私とデリーに迎えに来てくれた友人C殿、
C殿の友人B殿と舟漕ぎ氏の4人が乗っていた。
川の向こう岸に着くと、皆いそいそとタオルを出して服を脱ぎ始めた。
C殿は「今日は久しぶりに沐浴するけどbabarもする?」と。
やってみたい気持ちはあったものの、タオルがないことを理由に丁重にお断りした。
その時、頭に浮かんでいたのは「赤痢」の2文字だった。

彼らは楽しそうに濁った川で体を洗う。
投げ合いながら3人が使っている黄色い石鹸は2ルピーだが
汚れがよく落ちるとてもよい石鹸なのだそうだ。
私は、空中を飛び交う石鹸を目で追いながら彼らの入浴風景を見つめていた。
友人なので、さすがに写真は撮らなかったが。

石鹸は、使わない時は川底に置いておく。
水は茶色く濁って何も見えないが遠くに流されることもなく、
使う時に川底を探るとその黄色い石鹸は必ずまた現れる。
仕上げは川岸にある泥を指ですくって歯磨きだ。
そうやって体をキレイにした後、彼らは川に浸かってお祈りをする。

舟に戻って来た彼らは、プラスチックのボトルに入った液体を
一生懸命体に擦り込み始めた。
それは何かと聞くと、カレーの油だという答えが返ってきた。
沐浴の後に使うオイルは、たいていの人は高価なものは使わず、
カレーの油を使う人も多いのだそうだ。
さっきまで乾燥してカサカサと白っぽくなっていたC殿の手は
カレーの油のお陰できれいなブラウンに戻っていた。

後日、シェービングしたいなぁとつぶやく彼のアゴに
吹き出物が出ているのに気付いたので、
「その吹き出物、カミソリで剃られたら血が出そうよ」
と言ってみると、その吹き出物の正体について彼はこう言った。

「これはアレルギーだよ。こないだの沐浴で
石鹸とか油を他人と使いまわしたからこうなったんだ」

そんなことで肌荒れするのかと驚いたが、
床屋でシェービングを頼んでも、その剃刀が使い回しのものだったら
同じように吹き出物が出るのだそうだ。
雑菌だらけのガンガーの水で歯磨きまでする彼だが
実は繊細な肌の持ち主らしい。
12

25

23:45
Sat
2010

No.0531

駅にて

CRW_5005.jpg

デリーに着いて1泊し、翌日の2時発の電車に乗った。
列車のチケットは友人が用意してくれていたのだが
頼んだ旅行会社の人が間違って違う駅からのチケットにしてしまったため、
宿から徒歩で行けるデリー駅ではなく車で30分くらい走った所にある、
私以外はオールインド人という妙な駅からの出発になった。

インドの列車は難しい。
どのホームから乗るのか、先頭もお尻も見えない程長い列車の
どの車両に自分の席があるのか自力で乗らねばならなかった前回は
右往左往しながら手当たり次第に周りの人に聞いたものだった。
今回は友人がいるので安心…と思いきやそうでもなかった。

まず駅自体、旅行者は皆無のローカルな駅で
デリー駅のようにホームごとの電光掲示板がない。
友人も初めて来た駅らしく、どのホームに列車が着くのかがわからず苦労していた。
駅員に聞いてくると私と荷物を残して一人の駅員に走り寄るも
しばらく話をした後、憤慨しながら戻って来た。
どうもホームの外の窓口で聞いてこいと教えてもらえなかったらしい。
「金を出さないと働きもしない。最低だインド人なんて。」と、悪態をついた。
喉が渇いたから水が買いたいと言ってみたがホームにも駅の近辺にも売店はない。
友人は、自分も喉が渇いているから我慢して欲しいと言った。
その代わりに彼は籠に入れて売り歩いている落花生を買ってくれた。
丁寧に殻も剥いてくれたので有難く頂いたが、当然の事ながら余計に喉が渇いた。

駅員は知らんぷりなので、彼は周りで列車の到着を待っている乗客達に聞いて回ったが
誰からも明確な答えが返ってこず、私達は途方に暮れた。
乗客達が待っている列車と我々が乗りたい列車が同じでなければ
ホームが違うという事なのではないかと思うのだが、
どうしてこのホームが合っているのかどうかさえもわからないのか甚だ疑問である。
が、とにかく彼は周りの乗客との会話では何の情報も得られなかった。
半年前に私が列車で困った時はお巡りさんも駅員さんも皆、親切に教えてくれたのに
どうして現地の人といるのにこんなに困らねばならないのだろう。
プライドの高いインド人の鼻を折ってはいけないと黙ってついて来たが
この八方塞がりな様子ではどうしようもないので、
意を決して私は自分が聞くと彼に告げ、駅の出口にいるお巡りさんの所へ歩み寄った。
お巡りさんは「あっちからホームに上がるんだよ」と指さし、
後ろにいた何者かわからない、赤いセーターの殿方が「ホームは2番だ」と教えてくれた。

待ちに待った列車は2時間くらい遅れてやってきた上に、
前回と同じ3等寝台なのに列車内は古くて汚く、トイレも妙に香しいものだった。
ちなみにホームは2番ではなく1番。
バラナシに着いたのはその次の日の早朝である。
12

23

22:49
Thu
2010

No.0530

12月のインド

CRW_5033.jpg

空港へ降り立った時の私は
ハイネックのTシャツの上にウールのシャツを着て
裏がボアになっているパーカをはおり、
カシミヤのストールをマフラー代わりにぐるぐる巻いていた。
今回、使ったエアラインは中国東方航空。
関空を朝に出発し、上海で乗り継いで夜の8時半頃デリーに着く便である。
日本と上海は寒い。よってこのいでたちなのだ。
さてデリーはどうかというと、もちろんデリーも寒かった。
が、私の防寒装備にかかればデリーの寒さなんて寒さでも何でもない。

半年前の面影が殆どなくなっている立派な空港で、
迎えに来てくれているインド人の友人とやっとの思いで落ち合い、宿に向かう。
道は真っ暗だが時々、火を囲んで暖を取っている人々が数mおきに点々といる。
ゴミを燃やして焚火をしているのである。
街中でゴミを焼くなんて危なくないのかと友人に訊ねたところ、
「だって今は寒い時期だからね」と事も無げに言った。
もうしばらく行くと、インドの町の風物詩(?)である牛が見えた。
この牛の背中には麻袋のようなものが被せられていたので
あれは洋服かと再度友人に訊ねると、
「そうそう。だって牛も寒いからね。」と事も無げに言った。

バラナシはデリーほど寒くはなかった。
朝と夜は肌寒く、時々とっても寒い日もあるが
昼間はたいていの場合、半袖でもまあ大丈夫なくらいの気温である。
旅行者は、欧米人はタンクトップや半そでのTシャツ、
中国や韓国、日本などのアジア勢はロンTだったり半そでだったりまちまちだが
日が落ちると薄いダウンを着ていたり欧米人に比べるとやや厚着であった。

インド人は薄いサリーを着ている女性もいれば
その上にセーターを着ていたりウールのでっかいストールで
すっぽり体を覆っている人がいたりとこれまたまちまち。
男性もTシャツの人もいれば細いマフラーを巻いている人もいる。
女性と同じくストールでてるてる坊主のようになっている人もいる。
そして、耳ホッカを装着している男性が非常に多い。
確かに寒いが耳ホッカはちょっと行き過ぎではないかと思うが。

バラナシもデリーと同じく、朝晩は麻袋を背中に被せている牛がいる。
そしてヤギは子供服のTシャツを着て走り回っている。
しかし昼間にガンガーへ行くと、頭に小鳥を乗せて沐浴する牛がいる。

冬のインドもやはり、混沌である。
12

21

21:01
Tue
2010

No.0529

インド再訪

CRW_4968.jpg

12月3日から19日まで再びインドに行って来た。
滞在先はバラナシ。
色々回ろうかと思いきや
テロなんかもあったりで移動する気がなくなってしまったので
なんと2週間、何もせずにバラナシで過ごしてしまった。

今回は旅行記と言うより3人のインド人と一緒に過ごした2週間を
振り返るだけの日記である。
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