続続・よいこの1日  -

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No.0

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02

10

21:55
Thu
2011

No.0546

行ってきます

突然ですが、再び旅に出ます。

2月18~20日にラオスで象のお祭りがあるとか。
数年前に高橋克典のドキュメンタリーを観て
いつかは行きたいと思っていた象祭り。

遂に憧れの国、「百万頭の象の国」へ上陸します。
では皆さま行ってきます。
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02

09

23:57
Wed
2011

No.0545

カレーの食べ方

CRW_5009.jpg

インドと言えばカレー。そして牛を食べない。
基本的にベジタリアンな彼らだが、
卵やチキンの入った料理は結構レストランにある。
魚はない。

主食はどうかと言うと、ナンは殆ど食べない。
私がよく食べたのは米とチャパティやパラタ、油で揚げたプーリーである。
ナンが一番おいしいのだが何となく高そうなイメージがある。
プーリーはパイのような感じで私はかなり気に入った。
チャパティやパラタは店によってはまずいところもあるが
大概の場合、可もなく不可もなくお腹を膨らませるには安くていい。
これらの主食をカレーにつけて食べるのである。

インド人は例え米であっても器用に指先で食べている。
よく観察してみよう。
米とカレーをぐじゃぐじゃと混ぜてからきゅっとしぼって口に入れる。
チャパティの場合はルーをチャパティですくいつつ、
具をチャパティに挟みこんで口に入れる。
米はともかく、チャパティなら簡単に真似できそうだと思える。
が、忘れてはならないのはインド人は左手を使わないので
チャパティをちぎるのも全て右手だけでやってのけるのである。

C殿に教えられながら右手だけで食べる練習をはじめた私だが
やっぱりインド人のように上手くできず、
皿は回るし爪くらいの大きさにしかちぎれなかったりするし
どうもストレスが溜まって仕方がない。
よって、すぐに嫌気がさし両手でバリバリと破き始めたりする。

右手でチャパティをちぎれなくても右利きの私は右手から食べる。
なので、食べる分にはインド人のように食べられるものなりと思っていた。
大多数の観光客も私と同じように手で食べるカレーをそう思っているだろう。
が、それは大きな、まったく大きな間違いである。
手で食べる習慣のない人々が手で食べるカレーとインド人が食べるカレーは別物である。

ある日、いつものように手で食べる練習をしていた私は案の定、
いつものように嫌気がさして両手でチャパティを破き始めた。
この日のカレーはジャガイモや豆など大き目の具がごろごろ入ったカレーである。
鼻息も荒く両手で破いたチャパティで具をすくおうとするが
具が大きすぎてすぐに転げ落ちてしまう。
これにまた腹を立ててスプーンですくって乗せては慌てて口に運ぶ私を
苦笑しながら見ていたC殿は、「こうやってこうやって…」と
右手でチャパティをちぎり、指で具をチャパティに挟みこんで
「こうやるのだよ」と言いながら私の口の中にそれを入れた。
この瞬間、私の舌に衝撃が走った。

この口に入れてもらったカレーがあまりに美味しかったからである。
同じ皿のカレーを食べているのに彼が食べているカレーはこんなに美味しくて
私の食べていたカレーは普通においしいカレーだったなんて知らなかった。
というかこんな美味しいカレーは食べたことがない。
もいっかい食べさせてくれと頼み、もう一度口に入れてもらう。
やっぱり自分で食べるのとは全然違う味がした。

自分で食べるカレーはチャパティの上にカレーを乗せて食べる。
インド人が食べるカレーはチャパティにカレーを染み込ませた上に
カレーや具を挟みこんで食べるのである。
これだけの違いではあるが、別の食べ物かというほど味が全然違う。
このカレーの美味しさを知らなかったなんて私は人生の1/3は損していると思った。

よし。何としても自力で美味しいカレーを食べるのだ。
と、決意も新たに右手練習を心に誓うが
やっぱり次のご飯の時には相変わらず腹を立てて
両手でばりばりとチャパティを破いている自分がいた。
02

08

23:28
Tue
2011

No.0544

テロ勃発

CRW_4972.jpg

バラナシのテロが起こったのは丁度このヘナをしている時である。
混乱の様子が写されているニュース映像を見ながら、
C殿は私の宿は現場のすぐ近くだから今日は帰らずにここに泊まって行けばいいと言った。
3畳ほどの部屋にお母様と妹殿とC殿とお父様と並んで寝る…?
いやいやとんでもない。私は帰る。何としても帰る。
無理を言って済まないが私は一人ででも帰ると言い、
私の決意の固さを汲んだC殿はしぶしぶ宿まで送り届けてくれた。

お母様と妹殿が乾いて固まったヘナを爪でひっかいて剥がしてくれ、
お土産にとなぜか手編みのカーディガンを頂いた。
帰りの階段でお父様に会った。
C殿と二言三言何やら話してそのままお父様は歩き去った。

テロ現場から離れた場所にあるC殿の自宅付近では特に変化は見られなかったが
私の宿のあるメインガートに近づくと、
店は全て閉まり、大勢のお巡りさんが銃をかついで歩きまわっていた。
ゴウドリヤと言う交差点の辺りでリキシャを降り、そこからは歩いて宿へ向かう。

街灯もなく真っ暗な路地には、こんな時でもやっぱりインド人はいる。
普段よりは確実に少ないがところどころ家の前に立って近所の人同士で話しているのである。
歩くのが速いC殿に数m遅れて追いかけていた私は、
屯するインド人達の目には一人で歩いていると映ったらしく
どうしたんだ大丈夫かどこへ行くんだとすれ違う人皆が声をかけてきた。

ようやく宿に到着し、広いベッドでゆっくりと眠りについたのであるが
このテロで近所に住む2歳かそこらの女の子が一人亡くなったそうである。
翌日からは頭に血の滲んだ包帯を巻いた観光客の歩く姿も見られるようになった。
02

07

23:27
Mon
2011

No.0543

ヘナ体験

IMG_5041.jpg

C殿の妹殿はヘナの名人だという話を聞き、ヘナをやってもらうことになった。
C殿の妹さんは二十歳で去年、見合い結婚をしたばかりだが
まだ学校に通っているからということで実家に住んでいる。
卒業すると旦那様の住む家へ行くのだそうだ。
リキシャーで彼の家に着くと、妹殿はアパートの入り口から顔を半分だけ覗かせて待っていた。

入れてくれたチャイを飲み、3人で話していると皿洗いに行っていたお母様が戻って来た。
外には小さい子供や貴婦人達がいて走り回ったりレースを編んだりしている。
彼らはC殿の親戚の人でたまたま遊びに来ているのだそうだ。
妹殿はC殿からお金をもらうと家を出て、しばらくしてからヘナを手に戻って来た。

腕の内側から始まり手のひらへと描き進み、
終わると今度は腕の外側から手の甲へと緻密な絵を描いていくのだが、
驚いたのは、適当な所から始めた気がしたのに、
両手両面とも指の付け根でぴったり絵が終わったことである。
このヘナアートのことを“メンディ“と言うのだと妹殿が教えてくれた。

妹殿は自分の手にももちろん施している。
自分はヘナで描くのが大好きなのだと言いながら指さした壁には
小さくハートマークと妹殿の名前が描かれていた。

約2時間を投じて私の腕に絵を描き上げた後、
余ったヘナでTVを見に来ていた少年の手のひらにも何やら描き、
私は指先をヘナで覆ってくれたが少年の指先には彼の名前を描いていた。

お母様はビニール袋に入ったお菓子?をC殿に渡した。
ざらざらと手に乗せてくれた中身は、ベビースターラーメン。
食べるとカレーの味がした。
既にヘナが始まっていて手が使えない私達のためにお母様はお皿とスプーンを用意してくれ、
それを妹さんと交互にC殿から食べさせてもらいながら作業は日が暮れるまで続いたのである。

TVは普及が進んでいるだろうが低所得者層にはまだまだ憧れの存在らしく、
C殿は最近、お母さんにプレゼントしたというTVを必死に見ていた。
そのうち、子供達やレース編みのお姉さま方もやってきてTV観賞会が始まった。
昔の日本もこんな感じでTVのある家に集まって皆で見てたのだろうなと思いながらも
私にはせっせと妹殿が描き上げて行くヘナを見ている方が楽しかった。

描き終わってもしばらくと言うか数時間は乾かさねばならないので
絵が潰れないよう気をつけながらじっと座っていなければならない。
お尻が痛くて座り直そうとしたところ、ちょっと潰れてしまって妹殿に叱られた。
日も暮れて寒くなって来たのでブランケットを貸してくれたが
手は外に出したままなので冷え症の私には辛い事この上ない。
結局、終わるまで5~6時間はかかったと思う。

妹殿は、ヘナは花嫁さんが結婚式の時に両手と両足に描いたりするもので
描いた後のヘナの色の鮮やかな赤が長く続くほど
花嫁さんが花婿さんの事を想っている証なのだと言った。

出来上がったヘナはとても鮮やかな朱色をしていた。
時間が経つと、これがだんだん暗い色に変わって行くのだそうだ。
ちなみに写真は指先が黒っぽく、絵の色もくすんでいるが
描いて1週間後くらいのものである。
そして絵は大体2週間で消え、爪だけ長く色が留まった。
丁度2カ月ほどが経った現在、爪の先に1cmほど朱色が残っている。
02

03

22:11
Thu
2011

No.0542

私の犬

CRW_5038.jpg

ある日、路地を歩いていると1匹の犬がついてきた。
肥満に悩むかのんと違い、大変スリム…というか骨と皮だけ?のようなガリガリの犬である。
肩の下あたりにハートマークを持つとてもかわいい犬であった。
特にすることもない私はその日から毎日、彼女を探してはビスケットをあげるのを楽しみとした。

町にはたくさんの犬が住んでいるのだが、彼らの生活拠点はそれぞれ決まっているらしく、
この犬は私の宿の近くの路地にいつもいた。
大体、暖かくなる昼前くらいになると路地を歩きまわり、夕方になるとどこかへ行ってしまう。

彼女にあげるビスケットは1円~3円程度で売られている10枚入りくらいの小袋で、
1袋~1袋半食べると満腹になってぷいとどこかへ走り去ってしまう。
そして翌日にまた会うと、ビスケットの人だと言いながら楽しそうについてくる。
食べるのはプレーンなビスケットだけで、豪勢にナッツ入りなんかを買おうものなら
舌打ちしながら他所をあたるからもういいと言い捨てて行ってしまうのである。

ガイドブックには狂犬病の恐れがあるので犬には気をつけろと書いてある。
前回アグラに行った時は、停電の暗闇の中で凶暴な犬に追いかけられてお尻を噛みつかれ、
腰を抜かしてひっくり返っているインド人を見かけたが、
路地のあちこちで屯するインド人達ももちろん犬には用心しているようで
ビスケットはあげてもいいが水はダメとか触っちゃだめとか色々と決まり事?がある。
数えきれない程の野良犬達と生活をするインド人には狂犬病はとても怖い病気らしく、
食事前でも手を洗わないC殿においても、犬に手を舐められたから
アルコールを貸してくれと言って除菌ジェルを使うほど犬を恐れている。

私の犬はガリガリでおいしくないからか、何もついていなかったが
たいていの犬は血を吸ってパンパンになってまだなお食いついている
ダニをたくさん連れて歩いており、なかなかヨシヨシする気にもなれないので
私は不服を述べることもなく、大勢のインド人に見守られ(見物ともいう)ながら
毎日この犬と触れ合うことのない逢瀬を楽しんだのである。
退屈になると宿を出ては犬を探し、ビスケットを買って与えるという毎日を送っていると
そのうちC殿はこの犬を見つけると宿まで連れて来てくれるようになり
売店のおじさんもビスケットを見つけやすい所に置いてくれるようになった。

帰国前、C殿に私の犬をよろしく頼みますとお願いした。
C殿は見かけたらビスケットをあげると約束をしてくれ、
その後1度ビスケットをあげたそうである。
最近はこの犬がいる界隈に行く事があまりないので会ってないが
きっとあの犬はまだ元気だと思うと根拠もなくskypeで言っていた。
もちろん、根拠はないが私も元気だと思っている。

この記事を読んだ方にお願い。
もしバラナシへ行く機会があれば
ぜひ私の犬を探して頂きたい。
この犬はメインガートに向かって右側、川沿いから1本内側の路地にいるはずなので
近くの売店で2ルピーとか5ルピーのプレーンビスケットを買って
食べさせてもらえたら幸いである。
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