No.0512
忘れ物
かのんの散歩に行こうと玄関のドアを開けたのは5時半過ぎ。
玄関の飛び石に水玉模様ができているなと思うや否や、小さな雨粒が降って来た。
「もうちょっと。あと5秒だけ。」と渋るかのんに、
「早くなさい」と急かしてトイレだけ済まさせて家の中に逃げ込んだ。
「トイレを外でしたご褒美を!」と声高に叫ぶかのんを、
朝っぱらからうるさいやつだと疎ましく思いながら
鹿肉ジャーキーの袋に手を入れると、何と1本も残っていなかった。
無論、かのんは大激怒である。
今日の昼休みに買ってくるからと窘めても、
かのんは「ウソツキウソツキ」と責め立てるばかりで取りつく島もない。
元々、朝はあまり得意な方ではない私なので、イライラしながらも
かのんの言い分を聞き、何かないかと部屋を物色していると、
先日ペットショップでもらった半生タイプのドッグフードを見つけた。
ジャーキーありましたよと恐る恐る差し出したところ、
「今日は鶏肉だね」とかのんは機嫌を直し、事なきを得た。
この1件で、散歩に行かなかったにも関わらず
何だか時間に余裕のない朝になってしまった。
朝ご飯を食べながらTV番組の「おはようbabar」で天気予報を見ていると、
今日は一日中曇りだが雨は降らないと言っていた。
だから私は、今日は自転車で行こうと思い、
用意してあったバッグの中身を取り出して自転車用のバッグへと入れ替えたのである。
朝7時、玄関を開けるとスチームサウナかと思うような細かい霧雨が大量に降っていた。
ウソツキ!と心の中でリポーターを罵りながら再び玄関の扉を閉めて自室に戻り、
自転車用のバッグから中身を出して普通のバッグへと入れ替えた。
かのんが後ろから、いつものジャーキーを買ってきてくれと言っている。
そんなことをしているうちにもバスの時間は刻々と迫って来る。
毎朝必ず寄る、ローソンに行く時間は既になく、
普通に行っても遅れそうだったのでドブ川を横切るショートカットでバス停へと向かった。
私がバス停に着くのと同時にバスも到着、まったくギリギリである。
ローソンに行かなくてよかったと安心した私はそのまま少し、居眠りをした。
はっと気付くと「次はbabar駅前、終点です」と運転手さんがアナウンスしている。
私は、そろそろ降りる準備しなくてはとバッグの中の財布を探った。
が、いくら探しても財布は不在、どうやら自転車用のバッグから移し忘れたらしい。
今日出す予定の郵便封筒はちゃんと入っていたが。
仕方がないので運転手さんに「お金はない」と告げた。
運転手さんは、帰りに2回分払ってくれたらいいよと言った。
さて、バス代を工面しなければならなくなった私は、
前のデスクに座っているK殿に、「郵便を出すから1000円貸してくれ」と頼んだ。
ちょっと多い目に持っておいたらと言ってくれるK殿に、
「いや、郵便とバス以外に使う用はないので結構」と断り、
1000円を握って郵便局へと向かった。
無事に郵便を発送し終えて一息つくと、
そう言えば今朝、かのんがジャーキーを買ってこいと言っていたなと思い出した。
幸い、右手に560円あったので525円の鹿肉ジャーキーを1袋だけ買った。
買った後で帰りのバス代がなくなった事に気付いた。