続続・よいこの1日  -

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No.0

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03

26

22:56
Sat
2011

No.0547

帰国しました。

デリーからバンコクまでエアアジア、その後タイ航空で関空へ。
というスケジュールの中で、私の懸念はエアアジアの遅延だった。
と言っても、私が今まで乗ったエアアジアで遅れた事は一度もなく、
むしろ自分が遅れて怒られながら乗せてもらった記憶しかないのだけれど。

当然の事ながら今回もエアアジアは定刻通り飛んでくれた。
問題はタイ航空のバンコクー関空便である。

なんと4時間半も遅れてくださった。

いや、遅れやがった。
いや、遅れた。

関空に着いたのは夜の11時、ここからバスに2時間半乗って我が家へ…
といきたい所だが当然バスは既になく、帰れないことが始まった。

「お帰りの足のないお客様は職員まで…」
というアナウンスが流れた。
よし、さっそく職員殿へ聞いてみよう。

職員殿へ近づくと、スーツ姿の30代半ばと見える殿方が
3人いる女性職員のうちの一人におキレ遊ばしていた。
たった3人で乗客全員の世話をせねばならないというのに
対応がどうのとか説明がどうのという、どちらかというと
我々の足を全部確保できてからゆっくりやってくれ的な用事を
一番乗りにやってきて延々と語り続ける彼は
きっとよっぽどお偉い方で、この飛行機の乗客の中で
最も重要な仕事を抱えるエコノミー客なのだろう。

気を取り直して別の職員殿に自分の行き先を伝えると、
「行ける所まで行って頂いて、タクシーか何かに乗って頂いたら8000円までなら…」
との返答だった。
いやそれは面倒だからイヤだし、行ける所まで行ったとしても8000円じゃ帰れませんよと言い、
8000円で泊れるホテルに泊まらせてもらえまいかと頼んでみた。
彼女は、おっしゃる通りですね調べますねとトランシーバでホテルの空きを聞いてくれた。
手配の途中、彼女が私から5歩程離れたので、
見られると緊張するのかしらとあっちを向いてあげる事にする。

何やら騒がしい上にトランシーバからしきりに私を呼ぶ声がするので
慌てて彼女の近くに行ってみると、
私が目を離した隙になぜか彼女は激怒サラリーマンに捕まっていた。
状況を解さないトランシーバの向こう側の人と状況を解さない激怒サラリーマンの狭間で
彼女は何ともかわいそうな境遇に立たされているので、名前を呼ばれましたがと声をかける。
「先にこっちが話しているんだからアンタはちょっと待ってろよ」
と怒りの矛先が私に向かっている隙に、女性職員は私の宿の手配を進めた。
私の宿の手配をしている途中で後からアナタがやって来たんですよと教えてあげると
ああじゃあお先にどうぞと彼は鼻をふくらませた。
が、どうも待ちきれないらしく話はまだ終わっていないのだと再び怒鳴り始めたので、
「あなたは最初、あっちの職員さんと話していたのだから
話の続きなら同じ職員さんにしてはどうですか」と提案してみた。

彼の表情がみるみる変わった。どうやら私は怒らせたらしい。
次の瞬間、彼が私に発した言葉は

"What a fuckin' MAAAAN!!!"

だった。

「いや私、男と違うし。それともマムって言ったの。いや私、ママ違うし。」
と言うと、ますます怒った激怒サラリーマンは尚も"fuckin'!fuckin'!!"と
「ファッキン(ファーストキッチンの略か?)」だか「百均」だかわからない言葉を繰り返す。
が、私が泊まるホテルの送迎バスがあと10分で出発するので出来る限り急いでと
職員殿が言ったので、彼の相手はそこまでにして私は荷物を取りに行った。

私が5歩走って荷物のターンテーブルまで急いだところで、
ターンテーブルが私に触発されて急いで動いてくれるわけでもなく、
ここで私が急げるとすればターンテーブルを走って荷物を探しに行く事くらいだろうか。

荷物を取り、外へ出る。バスなどどこにもいない。
またあの忙しい職員殿にバスに間に合わなかったなんて言って
仕事を増やすのもかわいそうだしホテルの名前も聞いているのだから
自分でタクシーを拾って行こうかなあなどと考えながら、
その辺に立っていた見覚えのあるおじさんと少し話をする。
バンコクの空港で少し話したおじさんだった。

おじさんと別れた後、近くに工事のおじさんがいたのでバス停の場所を聞いてみた。
親切に教えてくれたので取りあえず行ってみる事にする。
この状況だから多分待っててくれるハズ。

もちろん、バスは待っていた。
ボードを持ったおじさんに早く来てと急かされ、
重い荷物を持っているのに無理とつぶやきながら小走りでバスの傍へ行くと
運転手に満員でもう乗れないと言われる。
ボードのおじさんが何とか乗せてやってくれぇと運転手にお願いすると、
私を含め3人のあぶれた人達と荷物をまとめてムリヤリ乗せ、バスは発車した。
後ろの座席に座っていたおじさんが、「さっきの人、すごかったですなぁ」と
激怒サラリーマンの事と思われる人の噂話をしている。

バスの中から、バス停の方向へ歩く激怒サラリーマンを見かけた。
一番乗りで職員殿の所に行ったのに結局あんな遅くまで話していたのかと思いながら見ていると
速足で歩く彼がバスの方を見た瞬間、目が合ったような気がした。



長々書きましたが、本日帰って参りました。
上記理由により自宅へ戻るのが1日遅れましたが私は無事です。
明日からまた当分、旅日記になりますが
よろしくお付き合いくださいませ。
11

10

23:08
Wed
2010

No.0528

おつかい

「たこ焼きでもしましょうね」
と、おかーしゃんが言ったので、大喜びでやるやると答えた。
どうもタコを頂いたらしい。
我が家は頂き物でタコがやって来るとたこ焼きをするのである。

「と、いう訳だからたこ焼きひっくり返すやつ買ってきてね。」
おかーしゃんはそう言いながらお財布から105円を出し、私の手のひらに乗せた。
つまり100均に行け…と、こういう訳ですね。おかーしゃん。
丁度、PCの不調を訴えに修理屋さんに行くつもりだったので
小雨の降る中、私は105円を握りしめて外へ出る。
100均なるものにbabarを一人で行かせてはなるまいと
意気込んで追いかけてきたかのんの鼻先で玄関の扉をピシャリと閉め、
私は車に乗り込んだ。

PC屋さんでの用事を済ませ、100均へ入った私は
3種類ある千枚通しのどれにするかで大分悩んだ。
が、結局“made in Japan“の3語が決め手となり、その内の一つを買って帰った。

家に帰ると、かのんが妙に吠えている。
何事かと急いで中に入ると、何と泥棒が私の家を荒らした後だった。
と、思ったのは気のせいでこの荒らしは、実はおかーしゃんの仕業であった。
どうやらたこ焼き器が見当たらないらしい。
鍋の散乱するキッチンで悲しそうにおかーしゃんは
「姉の旦那に電話してたこ焼き器を借りてきておくれ」と言った。

たこ焼きするのにたこ焼き器がないなんて一体何を考えているのか、
たこ焼き風味のお好み焼きを作る気なのかとぶつくさ言いながら
姉pinguの旦那に電話で今から行くと伝えた。

我が家から徒歩3分の所にあるpingu宅では、
pinguは外出中、家にはpinguの旦那と寝ている小人と立っている小人がいた。
たこ焼き器を持ってすぐに帰ろうとした私をpinguの旦那が呼び止め、
このたこ焼き器は千枚通しを使ってはいけませんと言った。
そして竹串を数本私の手に握らせ、これでくるくるするんだよと諭すように言ったのである。

せっかく買ったのに…と落胆を隠せず再び自宅へ戻ると、
おかーしゃんはキャベツを切っている最中であった。
順調かと思いきや、振り返るなりおかーしゃんは衝撃的な言葉を口にした。

「たこ焼きソース買ってきて。」

どうして…どうして一度に言わないのだとカーペットを叩いて抗議したが
ソースがないこと知らなかったんだから仕方ないでしょと取り合わない。
後は!と尋ねるとしばらく考えた後、かつおぶしがないと言う。
なんだと。かつおぶし。

ウソおっしゃいと足音を立てながらキッチンに向かい、
あらゆる所におかーしゃんがちょっとずつ隠してあるかつおぶしを全部出してやった。
おかーしゃんはキレイ好きではあるが整理が下手なのである。
かつおぶしやふりかけの類はハムスター方式に隠すが
その8割はやはりハムスターよろしくそのまま忘れ去っているのである。
よって、かつおぶしを買ってきてもまた別の場所に隠すだけなので却下する。
そんなわけで、いつの間にか雨も止んでいたにも関わらず
怒りに任せて気付かず傘を持ち、近所のお店にたこ焼きソースを買いに行った。

3たび自宅に戻って来ると、おかーしゃんの顔がやけに輝いていることに気づく。
私の帰宅に気付くなりおかーしゃんは満面の笑顔で
たこ焼き器が見つかったことを告げた。

数時間後。
あまりにあちらこちらとお使いをさせられた私に気を遣い、
というのは名目で、実際はかわいい孫に一目会うために
おかーしゃんは作ったたこ焼きを手土産にして
たこ焼き器を返却すべくいそいそとpingu宅へと出かけて行った。

…はずなのにpingu家のたこ焼き器は未だに我が家のテーブルの上にある。
なぜならば、おかーしゃんはたこ焼き器を持たずに
pingu家へたこ焼き器の返却に行ったからである。
10

30

23:13
Sat
2010

No.0527

ハリ

untitled.jpg

10月27日の夜、ハリは苦しい闘病生活から解放された。
思えば我が家へ来て3年、既に大人になってからやって来た彼は
当初から脱走したりハリを立てたりと大変なやんちゃぶりであった。

そんな彼の病気は決まって水曜日に悪くなった。
なので彼が逝く日も水曜日になるのではないかと心配していたのだが
案の定、お迎えは水曜日にやってきた。

ハリが静かに息を引き取った後、ひとしきり泣いてから
そうだお通夜をしなくっちゃと立ちあがり、
ばーさんの家に寝泊まりしているおかーしゃんに電話をかけた。
おかーしゃんは1時間後に帰って来た。
二人でしばらくハリの思い出を語り、
明日はハリのためにかわいいお花を買ってくると言っておかーしゃんは帰った。
次に、以前スカイプで話をしていた時に紹介して
何度かハリと顔を合わせていたインド人の友人に電話をかけて
ハリが神様の所へ行ったことを話した。

眼が悪くなって見えなくなった時にも花のろうそくを買って川に流し、
遠いインドの地からハリの人生を神様に祈ってくれた彼も
ハリの死を悼んで一緒に悲しみ、ハリの思い出を語った。
「それで、ネジュミさんは今どこにいるの?」
と彼が聞いたので、今晩はお通夜だからまだ私の部屋にいる、
明日はお葬式だから埋めるのだと答えたところ、
おつやとおやつの違いがわからない彼は戸惑いを隠せない様子だったが
真面目に「おつや」を連呼する私に何も聞けないでいた。

捨てハリネズミ同然で私の所にやってきて
主食は虫である動物なのに一生虫を食べることもなく
移動する動物なのにケージの中に閉じ込められて
短い人生なのにハリネズミとしての生き方を全うさせてやれなかった上に
最後は病気で痛い思いをさせながら死なせてしまった事が悲しいと彼に話すと、
babarの家にやってきてネジュミさんは不幸ではなかった。
早くに死んでしまったのは、1回の人生で
あんまり幸せをたくさん取り過ぎるのはよくないので
神様が早めに彼を呼んだだけのことなのだ。
病気でいっぱい痛い思いをして我慢したのだから
次に生まれる人生はもっといいものを神様がくれるに違いない。
と、そのインド人は言っていた。

ハリは、庭にガーベラの花と一緒に埋めた。
今頃、神様にいい人生をもらって祝福されながら
どこかで生まれているといいなあと思う。
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