続続・よいこの1日  -

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No.0

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09

28

01:04
Sun
2014

No.0579

免罪符

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前回の記事に書いた通り、私は妊婦である。
仕事はまだしている。
マタニティライフ6ヶ月目ともなると
ゆったりした服を着てはいるものの、
やはりお腹は目立ってくる。
ヘソだって出始めた。
「よし。子供を作るぞ。オー!」
と、意気込んで意図的に妊娠したのではなく
ある日気付いたら妊婦になっていた私は
体調や体型の変化に未だについていけておらず、
このお腹の出っ張り具合を実はものすごく気にしている。


外国人の友人達、特に年配の友人は皆、
「妊婦は美しいものだ。今の君はとてもキレイだ。」
と、賞賛の言葉を浴びせてくれる。
こんなにお腹が出てしまってパンツはおろか、
シャツやジャケットのボタンも止まらず洋服は片っ端から
着られなくなった上にヘソまで出かかっているのに。
しかし彼らの言葉に裏はない。
だから言われて気分が悪いわけではない。
むしろ、彼らの言葉は多大に私を励ましている。


気になるのはその他の人達の反応である。
「大分お腹が大きくなったわね」
といった類の言葉は百歩譲って許す。
毎回ご挨拶のようにこの話題から始まるのは
あまり気分のいいものではないが事実なのだから。
が、未だかつて私に触れた事のないただの知り合いから
買い物に行った店の店員に至るまで、
老若男女問わず人の出っ張ったお腹を見つけるなり
触りに来るのがなぜなのかは理解に苦しむ所である。


「妊婦の腹は触ってよし」
とはいつから世間のスタンダードになったのだろう。
触られても気にならない近しい間柄の人間は
殆ど触りもしないし話題にもしない。
毎日の事なので珍しくもなんともないからかもしれない。
かく言う私も、姉の妊娠中に彼女のお腹を触った記憶はない。
しかし外で顔を合わせる人達は、
ズカズカと近くにやってきては腹がでかいとはやし立て、
ベタベタと触って満足気に去って行くのである。


もちろん、まだ見ぬ我が子の成長ぶりが楽しみではないと言っているのではない。
ただ、妊婦にだってパーソナルスペースはあるのだと
私は思うのだがいかがなものだろうか。
06

28

01:04
Sat
2014

No.0577

草抜き考

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なかなか進まなかった庭の草抜き。
ようやく重い腰を上げて少しずつ抜いているのだが、
ようやく庭の2/3ほど終わったと思ったら
雨が降り、その雨が新しい雑草を育て始めた。

大きな草を抜くのは簡単である。
目に付く上に根元から思いきり抜ける。
しかしその根元には大概、グロテスクな幼虫が埋まっている。
小さな草を抜くのは容易ではない。
かがみこんで目を凝らし、丁寧に抜かねばならない。
しかし根元にはたいてい何もおらず、いてもダンゴムシくらいである。

そんなに気になるなら抜けばいいだけなのだが問題は、
庭の草が気に入らないのはどうやら私だけらしく、
庭の土も降る雨も次々に生えてくる草には寛容で
無神経に育て続けることである。
草にしてみても私の事など意に介さず
無邪気に色んな所から伸びてくる。
そう考えると、気に入らないと言って不機嫌な私が
何だかとっても心の狭い人間に思えてきた。

昔、ある人に
「君はいつも白か黒にしたがるけれどグレーもいいものだよ」
と言われた事がある。
あの人が今の私を見ると、きっと同じことを言うだろう。
悪気のない小さな草まで気にするなと。
苦労して抜いた所でキリがないし根元には何もいないのだからと。

それでも私は草抜きをやめられない。
小さな草は害のない素振りをしながらそのうち大きくなって、
気付いた時には根元にグロテスクな幼虫を住まわせ始める気がしてならないのだ。

疑義のあるものはクリーンにしたい。
目に付いたら抜かずにいられない。
庭の草抜きは私の人生とよく似ている。
06

04

00:14
Tue
2013

No.0574

ネコと友人

いつも行くペットショップに行った。
何年もの間、ずっとそこで寝ていた白いハリネズミが
ケージごといなくなっていた。
売り物だったけれどペットショップで大人になり
ずっと寝ていた彼が売れてしまったわけではないと
私は直感的に思った。
だから、なぜいなくなったのかは聞けなかった。
ペットショップへはネコのおやつを買いに行った。
我が家にいるのは犬とうさぎだけれど
ネコのおやつを買った。
これは餞別である。


先月、私の友人が白い子ネコを拾った。
里親を探していたのだけれど1カ月経っても見つからず、
遂に彼は今週の土曜日にその子ネコを、
捨てられた動物達を保護して里親を探す
とある施設に引き取ってもらう事にしたのである。
最後のお別れを言うために今日、
私は10日ぶりに彼の家を訪ねた。
ネコのおやつはその白ネコへの餞別なのだ。


10日見ない間にネコは少し大きくなっていた。
荒れていた目元もすっかり治り、とても元気そうである。
友人は、必死になって遊んでいるネコを見ながら
施設に送るのが本当は辛いのだと言った。
彼の友人は、もう1週間くらい一緒にいてもいいじゃないかと
助言したらしいが、彼はそうした所でどうにもならない事を知っている。
なので決心は揺らがなかった。
彼は今週の土曜日に汽車に乗り、子ネコを施設に連れて行く。


彼がこの子ネコと暮らせないのには、
それはアパート暮らしだからという事以外に大きな理由がある。
彼はALTとしてカナダからこの町にやって来た。
よって短くて1年、長くても数年で祖国に帰らねばならない。
この町にいる間は一緒に暮らせても
この町を出る時、彼はネコを連れてはいけないのだ。
彼が去る時に施設に連れて行く事もしようと思えばできるけれど
それではネコを捨てるのと同じ事。
一緒にいたいから1週間でも別れを延ばして満足した後で
施設に連れて行くのはネコを捨てるのと同じ事。
だからきっと彼は今週の土曜にお別れをする決心をしたのだろう。


1カ月もの間、寝食を共にした仲間と
たった1カ月で別れねばならない彼の悲しみは察するに余りある。
施設は遠いので車で送って行こうかという私の申し出を彼は丁重に断った。
彼は今週の土曜に汽車に乗り、子ネコを施設に連れて行く。
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