続続・よいこの1日  -

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No.0

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07

24

22:39
Sun
2011

No.0569

決別

CRW_5657.jpg

さて、ムアンゴイに着いた我々は早速宿探しをはじめた。
オーストリア人はホットシャワーのロッジを希望したが
私はというと何でもいいという感じだった。

彼は、他の観光客から聞いたロッジに泊まりたいと
そこへ見に行ってみると、確かに立派で申し分のないような感じだった。
が、敷地内は静まり返っていて人っ子一人いない。
私はもう少し安い所を探すとその敷地を出た。
彼も後からついて来て、自分はbabarと同じ宿に泊まりたいから
取りあえず一緒に行くと言った。

が、何せ暑い中、荷物を背負って歩きまわる事が嫌いな私は
通り一つしかない小さな村でもやはりこの降り立った近辺から離れられず
取りあえず近くのゲストハウスへ行って部屋を見せてもらった。
水シャワーだが清潔で広い部屋、2階は50000kipで1階は40000kipとのこと。
自家発電でもしていなければ18:30~22:00の間しか電気のない村なので
私はこれで上等だと、貯水タンクをなぜ黒く塗らないのだと
宿の人に詰め寄るオーストリア人を尻目にさっさとここに決めてしまった。
オーストリア人はどうしてもホットシャワーが譲れないらしく
先ほどのロッジにもう一度いくからランチを一緒にしようと言いながら去って行った。

後ほど、近くのレストランで彼を見かけたので席に座り、
黄色い本を広げて何をしようか考えていると
オーストリア人はこの黄色い本がなぜかとっても気に入ったらしく
しきりにページをめくっては写真を撮り始めた。
あまりに感激していたので私は彼に、
自分はここが終わればあとは来た道を戻って帰るだけだから
ガイドブックはもう不要なので欲しいならあげますと言うと、
彼は日本語を全く解さないながらも
こんなに写真がたくさん載っていて地図も大きく
オールカラーのガイドブックは欧米にはないと大喜びした。

夕飯は彼の誘いでビュッフェのレストランへ。
長いテーブルにたくさんの観光客が並び、
私もそこの席の一つに座る。
前には韓国人の女性がいて、私をルアンで見かけたと言った。

夕飯を終えて宿に戻ろうと席を立つと誰かが私の名を呼んだ。
声の主は4人掛けテーブルに座っていたおじさん2人組である。
うーんと考えていると、何とルアンで日本人達とご飯を食べている時にいた
ドイツ人とイタリア人のおじさんだと思いだした。
殆ど話もしなかったのによく私の名前を覚えていたものである。
席を勧められたので座り、ビールをごちそうになった。

彼らは2日ほど前からここに来ているとのこと。
明日は洞窟に一緒に行こうと誘われた。
明日の昼にはボートで帰るつもりでいたのだが、せっかくのお誘いなので
陸路でバンコクへ帰るスケジュールを少しタイトにして
ムアンゴイでもう1泊し、洞窟に同行することを決めた。
07

03

19:43
Sun
2011

No.0567

お誘い

CRW_5594.jpg

「僕ぁ、ムアンゴイへ行くのだ」
と、オーストリア人は言った。
ムアンゴイはここ、ノーンキャウからボートで1時間の所にある村で
ボート以外でのアクセス法がない秘境なのだそうだ。
私は帰る日も近いのでノーンキャウであと2日くらい滞在した後、
また陸路でバンコクまで帰るつもりでいたのだが、
オーストリア人曰く、ノーンキャウは昨日行った洞窟以外に
見るべき所もないので一緒にムアンゴイへ行き、
1泊だけして帰ればいいと提案した。

せっかくこんなのんびりした村にいるのに忙しいのはちょっと…と
お茶を濁していたのだが彼はなかなか強引で
ムアンゴイからノーンキャウへのボートは朝発だから
スケジュール的には全然問題ない、ただ寝る所が変わるだけだと押し切った。
確かにその通りである。
黄色い本によるとムアンゴイもなかなか面白そうだし、
せっかくここまで来たのだからと時間に対する貧乏根性が湧いてきて
急きょ、彼と一緒にムアンゴイへ行くことにした。

昨日のドイツ人3人も行くらしく、
大きなバックパックを背負ってボート乗り場に現れた。
その中の一人の女性が背負っていたバックパックがあまりに大きかったので
試しに背負わせてもらったら、ひっくり返った亀のようになってどうしようもなかった。
何が入っているのか不明だが18kgもあるらしい。
背負えたとしても足が土にめり込むんじゃないかと思う。

ボートには相変わらず欧米人ばかりが押し合いへしあいで、
この小さな村のどこに潜んでいたのかと疑問に思うくらいの人数だった。
サウナで会った青年2人もいた。

長細いボートに2列になって乗り、出発する。
オーストリア人と18kgの荷物を持っていたドイツ人女性は道中、
写真を撮ろうと座席を立って反対側に行き、
傍に座っていた別の欧米人のおっさんに
舟が傾いて危ないからちゃんと席に座っててくれと幾度となく言われていた。
彼らは、指摘されたら一応は座るもののまったく反省する様子はなく、
しばらくするとまた立ちあがって写真を取り、舟を傾かせ、
おじさんに怒られるという一連の動作を1時間ずっと続けていた。
07

02

19:43
Sat
2011

No.0568

サウナ

CRW_5629.jpg

川のこちらと向こう側と通りが1本ずつしかなく
大きな橋が1本かかっているだけのこの村にもサウナがあった。
ルアンのサウナで甚く感動した私はここのサウナももちろん挑戦せねばなるまい。

店の前で夫婦らしき人の良さそうなおじさんとおばさんが
「サウナー。サウナー。マッサー。」
と客引きをしている。
マッサーとはマッサージのことらしい。
早速おじさんにサウナ入らせてと言ってみると、
ええーと驚いて慌て出し、腕を指しながら何やら言っている。
どうやら今から準備するからサウナが温まるまで時間がかかるらしい。
30~1時間後に来てくれと言いながら私の腕を掴んで時間を教えようとした。
が、私が腕に巻いていたのは時計ではなく
宿の少年がくれた、時計のフリをした布製のミサンガで、
文字盤も針も刺繍のため永遠に7時という代物だった。
おじさんはええーと驚いて頭をかかえ、自分の時計を見せて5時に来いと言った。

約束の5時に行くと、まだ十分温まっていないのでもう少し待ってと言う。
そしてその辺の草を引きちぎって、これを蒸して薬草サウナにするのであると説明した。
時間潰しにサウナを温めている様子を見せてもらうことにする。
サウナ室は高床式になっていて、その下にドラム缶が置いてある。
このドラム缶の上には長いパイプが伸びており、サウナ室の床へと繋がっている。
ドラム缶の中で草を蒸してこのパイプからサウナ室へ蒸気を入れるのである。
夕方とは言え、ドラム缶で火を焚いているおじさんは既に汗だくだった。

そろそろいい頃合いになったらしいのでサウナ室の方へ上がると
イギリス人の少年?青年?が2人いた。
彼らもまた、このラオス式サウナが気に入ったらしく
昨日に引き続き連続で来ているのだそうだ。
更衣室は一つしかないので順番に入ってサロンに着替えるのだが
サウナに隣接している更衣室もまたサウナのようだった。

ルアンのサウナは男女別に別れていたが
ここのサウナは一つしかないので混浴である。
真っ暗なサウナに3人で入り、最初は世間話をしていたが
そのうち息苦しくなって3人とも無言になった。
出たり入ったりを繰り返していると、新たにもう一人入って来た。
どうやら女性らしい。
と、思ったらさっきまで客引きをしていた奥さんだった。

奥さんもサウナが大好きらしく、ご機嫌に座っては
サウナが冷え出すと下で火をくべているご主人に向かって大声で
もっと火を強くしろ的な事を指示し、またご機嫌に座っているのであった。

1時間程サウナを楽しんで着替え、
相変わらず「マッサーは?」と誘ってくれるおばさんに
丁重な断りを述べて店を出た。

後ほど、オーストリア人にこの旨を話すと
自分も行きたかったけれど風邪気味だったから我慢したのにまったく羨ましいと
本当に悔しそうな顔をしていた。
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